決意の夜
夕食を終え、入浴を済ませた叶と御言は就寝の準備を整える。
パジャマに着替えた二人がリビングで暫しの談笑の時間を過ごすと、叶は時計を見て立ち上がった。
「さてと……そろそろ寝ようか」
「えー! もっと話してたいー!」
「夜更かしはだーめ。それにしばらく一緒に過ごすんだから、明日もいっぱい話せるでしょ」
叶が諭すと御言は名残惜しそうに頬を膨らませる。
そんな様子に叶はクスッと笑って、背を向けた。
「さてと……御言は二階のお父さんとお母さんの寝室を使って? 大きなベッドがあるから」
そう言って叶が二階に繋がる階段の方へ身体を向ける。
すると、背後で御言が勢い良く立ち上がった。
「えっ! 叶と一緒の部屋じゃないの!?」
叶は再び御言へ向き直った。
「私は自分の部屋で寝るよ?」
「なら私も叶の部屋がいい! 前に泊まった時は叶の部屋にお布団敷いたじゃん!」
「あれは急だったから……」
「私は叶と一緒に寝たいよ! ねーお願い〜!」
両手を組んであざとく目を輝かせる御言に、叶は口角をやや上げたまま小さく息を吐いた。
「わかったよ。じゃあ布団敷こうか」
「やったぁ!」
就寝前とは思えないテンションの御言と共に自室へ向かう。
まぁこんなことになるかもしれないと、昨日慌てて洗っておいて良かった。そう安堵を覚えながら、叶は布団を敷いた。
「じゃあ消すよー」
「はーい!」
室内灯のスイッチを押す。
一瞬で暗闇に包まれた空間で、叶は御言に注意を払いながら歩を進め、ゆっくりとベッドに潜り込んだ。
「おやすみ御言」
「おやすみ」
就寝の挨拶を交わし、室内は静寂に包まれる。
しかしそれも束の間、暗い室内で御言が口を開いた。
「叶、寝た?」
「まだ起きてるよ」
「私、眠れない」
「ふふ、だと思った」
叶が笑うと、御言の影がモゾモゾと動き始める。
立ち上がった彼女は叶の布団に潜り込んだ。
「み、御言?」
「えへへ、一緒に寝よーよ」
「私はいいけど……狭くない?」
「こっちの方がいい。叶が近くてあったかい」
互いの顔を見つめ合いながら、御言は叶の頬に手を添えた。
「叶も、もうすぐ17歳か……」
「何言ってるの? 御言だって同い年でしょ?」
「あ、そうだった」
「もう、しっかりしてよ。お母さんじゃないんだから」
ひとしきり笑い合うと再び部屋に静けさが戻る。
カーテンの隙間から差し込む月明かりだけが、薄暗い室内を照らす中で、御言は叶の頬から手を離して暗い天井を眺めた。
「でも、本当に早いなぁ」
「何が?」
「時間が経つの。叶と再会したのだって、つい最近みたいな感じがするのに」
「確かにね」
叶も天井へ視線を向けた。
「私もあっという間に感じちゃった」
「冬休みが終わったら三学期だよ? それが終わったら、私達も三年生かぁ」
高校生活も残り一年と少し。
そう考えると、今まで漠然と遠くに感じていた卒業という言葉が急に現実味を帯びてくる。
そして……同時に進路という言葉もだ。
「御言は……卒業したらどうするの?」
「……何も決めてないよ。叶は?」
「私は就職の予定。家計的に大学は流石に行けそうにないから」
「そうなんだ……」
一拍置いて、御言は天井を見つめたまま続けた。
「新は……大学かな」
「……どうなんだろう」
新は秀才だ。
卒業後は国内でも有数の大学へ進学したとしても、何ら不思議ではない。
でも……もしそうなった時は、新はこの街を離れるかもしれない。
そう思うだけで、胸がどうしようもなく苦しくなった。
「叶、もし新がこの街を離れるってなったら、どうするの?」
「私は……」
胸の内を見透かしたような御言の言葉に、叶は写真を飾ってある棚へ顔を向ける。
カーテンの隙間から僅かに差し込まれた月明かりが、カタバミの押し花を照らしていた。
「……昔ね、私が両親を亡くして少し経った頃、新があの花をくれたの」
御言は叶と同じ方向へ視線を向けた。
「あの花って……そこに飾ってあるやつ?」
「うん。別に特別な日に貰ったわけじゃないんだけどね。道端に咲いてたのを、新が急に摘んでくれたの」
「へぇ……新らしいというか、なんというか」
「だよね」
今でも、あの日のことはよく覚えている。
小さな手に握られた黄色い花。
それを差し出した照れ臭そうな新の顔。
きっと、落ち込んでいた叶を少しでも元気づけたかったのだろう。
「後になって知ったんだけどね。カタバミには『あなたとともに』って意味があるんだって」
「あなたと、ともに……」
御言が静かに繰り返すと、叶はカタバミを見つめたまま布団をきゅっと握った。
「もちろん、新はそんなこと知らなかったと思うよ。子供だったし……でも、とっても嬉しかった」
叶はしばらくカタバミを眺めていたが、どこか不安気な表情で布団を鼻の辺りまで被った。
「だからね、私の勝手な思い込みってわかってるんだけど、新はずっとそばにいてくれる……心のどこかでそう思っちゃってるんだ……そんな保証なんてないのにね」
今まで考えないようにしていたことが、卒業を意識するにつれてだんだん無視できない存在となって、叶の胸の中で急激に膨らんできている。
「新には新の人生がある。進学するかもしれないし、この街を出るかもしれない。いつか……私の知らない誰かを好きになるかもしれない」
最後の言葉は、口にするだけで胸が痛んだ。
……それは嫌だ。
御言にだって負けたくない。
私は……新の一番になりたい。
いつか、新の隣で笑うのが自分じゃなくなる。
そんな未来を想像しただけで、こんなにも苦しいのに。
何もしないまま、後悔するのはもっと苦しいはずだ。
……それなら、たとえ今まで通りではいられなくなっても。
それでも新の隣にいたい。一番の存在になりたい。
「……御言、私決めた」
「……聞かせて?」
すでに叶の胸の内は御言に伝わっているのかもしれない。
しかし、ちゃんと言葉として彼女には聞いてほしかった。
「私、ずっと新の傍にいたい。卒業して新がこの街を離れるなら、私もついてく……だから、今の関係を終わらせる」
口にした瞬間、胸の奥にあった曖昧な想いが、はっきりと形を持った。
もう、燻ったままではいられない。
いつまでも新が隣にいてくれると、勝手に信じているだけでは駄目だ。
叶は小さく息を吸う。
そして、御言をまっすぐ見つめた。
「――私、新に告白する」
「……そっか」
御言の瞳はとても優しく細められていた。




