↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狐の恩返しは余命宣告でした【2nd Single MV公開中】  作者: Echo&Ink
包まれるの赤か、それとも赫か
PR
86/108

約束を交わして


 再び扉の外に出た時には、消防車のランプが辺りを照らしていた。

 新と紬が建物から出てくるや否や、叶が駆け寄ってきた。


「新! 紬ちゃん!」

「叶お姉様!」


 紬が叶に抱きつく。

 安堵からか、叶の瞳には涙が浮かんでいた。


「ごめんね……私が逸れなければ……ごめんね!」

「いいんです! お姉様も無事で良かった……」


 二人のやり取りに新は表情を和らげる。

 すると、そこに消防員二人が駆けつけてきた。


「大丈夫か!?」


 一人の消防員が声をかける。

 新は背負っていた男性職員を、ゆっくりと地面に下ろした。


「俺は大丈夫です! 妹とこの人の手当てを! 中で倒れてました! 反応はほとんどありませんが呼吸はしっかりしてます!」

「わかった! おい、運ぶぞ!」


 消防員が男性職員をタンカで運んでいく。

 その様子を見ていると、叶が辺りを見渡した。


「新……御言はどこ?」


 その言葉に新は少し言葉に詰まって、燃え盛る建物へ視線を移した。


「御言は……まだ中だ」

「え……どうして!?」


 叶の顔から血の気が引く。

 エメラルドのような瞳が、燃え上がる炎を映した。


「なんで新!? 御言に何かあったの?」

「……紬を探してる途中で別れたんだ。やることがあるって」

「やることって……」


 叶が燃え続ける建物を見つめる。

 いくら御言自身に頼まれたとはいえ、一人残してきたことへの後ろめたさは、新の胸にも確かにあった。

 

 しかし、彼女は神。

 炎の中でもけろっとしているのかもしれない。


 新が「大丈夫だ」と口にしようとした時だった。


 ——コロン。


 突如足元で、聞き覚えのある木の鈴の音が鳴った。

 視線を向けると、いつの間に現れたのか、森の精が一匹、新のズボンの裾を掴んで引っ張っていた。


「お前……」

「新? 足元に何かあるの?」


 叶には見えていない。


 森の精は何度も新の裾を引っ張る。

 そして燃え盛る建物へ顔を向けると、小さな腕を必死に伸ばした。


 あっちへ。


 そう訴えているようにしか見えなかった。


「……御言か?」


 新がその名を口にした瞬間、森の精が激しく頷く。


 胸騒ぎがした。


 御言なら大丈夫。

 そう思っていた。


 人間とは比べものにならない力を持っている。

 だからこそ、彼女の言葉を信じて先に出口へ向かった。


 けれど森の精は、こんなにも必死に何かを訴えている。

 神に近しい彼らにしか、感じ取れないものがあるのか……。

 そう思うと、胸騒ぎは嫌な予感へと変わった。

 

「まさか……御言になにかあったのか?」


 森の精が再び新の裾を引いた。

 考えるより先に、新は燃え盛る建物へ目を向ける。


 御言を、一人にしちゃ駄目だ。


 理由なんてわからない。

 ただ、どうしようもなくそう思った。


「俺、御言を連れてくるよ」

「な、何言ってるの!? 御言は心配だけど、消防士さんもいるのに、新が行く必要ないよ!」

「ごめん、今は話せないけど、俺じゃなきゃ駄目なんだ」

「そんなの納得できないよ!」

「わかってる。でも、今は俺を——」


 言葉の途中で、新の服がぎゅっと背後から引っ張られる。

 今度は森の精じゃない。今にも泣き出しそうな表情で、微かに首を横に振る紬だった。


「紬?」

「……行かないで……行かないでお兄ちゃん」

「紬、俺は戻ってくるから……」

「嫌だ!」


 紬の顔が歪んでいく。

 必死に堪えていたものが、潤んだ瞳から溢れ出した。

 

「もっと良い子になるから……わがまま言わないから……お兄ちゃん離れできるように頑張るから……紬を置いてかないで……紬はお兄ちゃんがいてくれないと嫌だよぉ……」


 人目を憚らず紬は子供のように、大声で泣き始める。

 新の胸が締めつけられた。

 

 大丈夫。ずっと一緒だと言ってやりたい。


 こんな可愛い妹の成長を、ずっと傍で見てやりたい。


 しかし新の未来は決まっている。


 それは叶わない。

 だから嘘で今を誤魔化すわけにはいかない。

 

 ――でも、自分が妹を愛していることだけは、今伝えなければならない気がする。

 

 新は紬の前にしゃがみ込み、涙で濡れた頬にそっと手を添えた。


「紬、帰ったら今度の連休は二人だけで過ごそう」

「……え?」

「あぁ、約束だ」


 紬の額に自分の額をこつんと重ね、裾を握っていた紬の手をぎゅっと握った。


「紬のしたいこと全部しよう。買い物でも、ゲームでも、どっか遊びに行くでもいい。紬が行きたいところに行って、好きなことをしよう」

「……ほんと?」

「ほんとだ」


 新は笑みを深めた。


「紬、兄ちゃんも紬が大好きだ。絶対に戻ってくる。だからちょっとだけ、ここで待っててくれ」


 額を離すと、紬はすぐに答えずに唇を噛み締めながら新を見つめている。

 顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしながらも、静かに頷いた。


「……絶対だよ」


 その言葉に新は微笑みで返して、叶を見た。


「叶、紬を頼む」

「……でも……」


 そう、離れ離れになるのは紬だけじゃない。

 叶だって、紬と同じくらい大切な存在だ。


 紬は了承した。けど自分は納得してない。

 そんな複雑な感情が表情に出た叶にも、新は優しく笑いかけた。


「叶、今度の誕生日は俺に時間くれないかな?」

「え? どうして今そんなことを……」

「俺がちゃんと帰ってくるって、叶とも約束したいから」

 

 叶は俯き、ぎゅっと両手を握り締める。

 紬ほど取り乱してはいないが、口は開きそうで開かない。

 新にもわかるほどの葛藤が、彼女の気持ちを物語っていた。


「わかった……御言をお願い」

「……ありがとう、叶」


 新は立ち上がり、二人に背を向ける。

 そして駆け出した。


「おい! 坊主! 何やってんだ!」

「馬鹿! 戻ってこい!」


 背後から消防員の叫びが聞こえる。

 しかし、新は振り返らずに燃え盛る建物へ戻って行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。