煙は瞬く間に
瞬く間に施設内には煙が充満し、当然中にいた者は次々と屋外へ避難する。
新と御言も例外ではなく、バルコニーに設けられていた非常階段を使い、施設の外へと避難した。
すでに建物の前には参加者や職員達が集まり、辺りは騒然としている。
それぞれが安堵の表情を浮かべる中、新は建物を見つめている御言に声をかけた。
「御言、大丈夫か?」
「うん、平気……」
建物から視線を逸らさない御言の目は、火災よりも別のなにかを警戒しているように見えた。
「新、御言!」
突如、背後から女性の声が聞こえる。
振り返ると、叶がこちらへ駆けて来ていた。
御言が「叶! 良かった!」と安堵の表情を浮かべる。
新も「怪我は無いか?」と声をかけた。
一方で息を切らした叶の表情は一切晴れない。
胸の前で拳をギュッと握り、新を真っ直ぐ見据えた。
「紬ちゃんが……紬ちゃんがいないの!」
「……え?」
血の気が引いた新は周囲を見渡す。
他の学校の参加者は全員いる。
だが叶の言う通り、紬の姿だけが見当たらない。
「藤宮」
再び視界の外から新を呼ぶ声が聞こえる。
振り向くと、桐生がこちらへ駆けて来ていた。
「桐生先輩!」
「良かった、無事だったんだな……」
「先輩! 紬は!? 紬を見ませんでしたか?」
「一緒じゃないのか!? お前の妹のことだから一緒にいると……」
「そんな……じゃあ紬はまだ……」
新はこの間にも煙で濃くなっていく建物へ振り返る。
先程までは見えなかったが、今は所々から赤い火柱が見えていた。
熱いものを見ているのに、胸の内が冷たい。
あの中に妹が取り残されているとは、思いたくなかった。
「おい! また一人出て来たぞ!」
避難した者のうち、一人がそう声をあげる。
新は反射的に出入り口を見た。
不安が一瞬で希望へと変わる。
煙のなかから現れたのは、女性のシルエットだ。
「紬……」
小さく呟く新の目に映ったのは……この施設の女性スタッフだった。
芽生えた希望に大きな影がかかった傍で、叶が口を開いた。
「私、報知器が鳴る直前まで紬ちゃんと一緒にいたの!」
「本当か!? どのあたりで逸れた!?」
「えっと……食堂へ向かう途中の廊下で……」
ドォンッ!
叶の言葉の途中で、建物から爆発音が聞こえた。
一部の窓が割れ、そこから炎が燃え上がっている。
このままだと、建物全体が火だるまになるのも時間の問題だ。
「……紬」
もう、待っているなんて出来ない。
決意を固めた新は辺りを見渡す。
森から帰って来た時に、靴に着いた土を洗うための水道が入り口近くにあった。
新はすぐに駆け出す。
背後で、察した叶が叫んだ。
「待って新! 私も行く!」
叶も足を前に出す。
しかしその背後から桐生が腕を掴んだ。
「行っちゃ駄目だ! 藤宮、お前も戻ってこい! さっきから、あんな爆発があちこちで起きている! 火の回りも尋常じゃなく早い!」
桐生の言葉を気にも留めず、新は水道の傍に置いてあったバケツに張ってあった水を頭から被った。
「桐生先輩、叶を絶対に離さないでください」
「なっ!? やめろ! 俺は上級生としてお前達を守らなければ……」
「なら妹の紬を守るのは兄である俺の役目です。それに世界でたった一人の大切な妹のためなら、兄貴は火の中、水の中どこにだって行けるんです」
「藤宮……!」
桐生が言葉を失う。
その隙に新は空になったバケツを放り出すと、御言が隣に立った。
「新、私なら一緒に行ってもいいよね?」
「御言……」
「私なら力になれる……神様が一緒なら心強いでしょ?」
少しだけ得意げに笑う御言。
確かに彼女がいてくれるのなら、これ以上頼りになることはない。
「……あぁ、頼む」
新が小さく頷くと、二人は同時に駆け出す。
そんな二人に辺りはどよめいた。
「新、御言!」
叶の悲鳴にも似た声が背中に飛んでくる。
それでも新と御言は振り返らずに、黒煙の渦巻く施設内へ飛び込んだ。




