悲鳴と煙
「悲鳴はここから聞こえたよね?」
「はい!」
廊下を小走りで駆ける紬と叶は、悲鳴が聞こえたと思われる角を曲がる。
そこには備品室と書かれた扉の前で、腰を抜かした若い女性スタッフがいた。
「大丈夫ですか!? なにがあったんですか?」
即座に駆け寄り、二人はスタッフの側で膝をつく。
女性スタッフは恐怖を前面に出した表情で、震えながら備品室内を指差した。
紬はその先を目で辿る。
しかしそこには、なにもいない。
だが、窓が割られている。
何かがいたのは確かだ。
「空き巣ですか?」
紬の問いに、女性スタッフは首を横に振った。
「お、鬼……」
「鬼?」
問い返したその直後、別の場所で悲鳴が聞こえた。
「うわあああぁっ!」
「また!?」
位置的にそう遠くはない。
考えるよりも先に身体が動いた紬は、立ち上がって声のした方へ体を向けた。
「叶お姉様はその方を連れて行ってください! 私は様子を見てきます!」
「一人じゃ危ないよ! まずは人を——」
「一刻を争う事態かもしれません! お願いします!」
紬は駆け出した。
「紬ちゃん!」
背後の叶の声に振り返ることもせず、声を頼りに廊下を駆ける。
声が聞こえたのは、食堂の方角……でも、今の時間はまだ準備中のはず……。
そんな思考を巡らせながら、すぐに食堂へ辿り着いた紬は勢い良く中へ入る。
その瞬間、鼻を突く焦げ臭さに眉をひそめた。
「……煙?」
食堂の奥。
調理室から、薄黒い煙が流れ出している。
「まさか……!」
紬は急いで調理室へ向かった。
「誰かいますか!」
中へ入ると、すぐに床へ倒れている人影が目に入った。
白衣姿の男性スタッフが、調理台の傍で倒れている。
同時に恐ろしいほどの熱気を感じる。
「……嘘……」
調理室の奥では炎が上がっていた。
調理台の一部が燃えているだけではない。既に床にも火が這っている。
赤い炎が蛇のように床を這い、じわじわとこちらへ広がっていた。
「か、火事――」
ジリリリリッ!
紬の声を掻き消すように、火災報知器が響き渡る。
すぐに逃げないと……。
そう思いながらも、横たわる男性スタッフを見捨てるわけにはいかない。
紬は即座に出口とは反対方向に駆け、男性スタッフの肩を揺らした。
「大丈夫ですか! 聞こえますか!?」
「う……うぅ」
良かった。反応はある。
でも、この状態じゃ逃げられない。
「運びますね! 失礼します!」
男性の脇へ腕を差し込み、上半身を抱えるようにして持ち上げる。
「くっ……!」
小柄な紬一人の力では、成人男性の身体をまともに持ち上げることすらできない。
この緊急事態の中での最優先事項は、一刻も早く火の手から逃れる事。
男性の膝下を床に引きずりながらも、紬は懸命に出口を目指した。
一歩。また一歩。
普通であれば、五秒もかからない距離がやけに遠く感じる。
その時だ。
シューッと、室内に聞き慣れない音が炎の中に混じっていることに気がついた。
出口へ向かいながらも、紬は視線を左へ向ける。
そこには今もなお燃え広がる炎が、業務用のコンロの周囲まで広がっていた。
その光景の一部に紬は目を見開き、固まった。
コンロへ繋がっているホースが、炎の熱に晒されて変形している。
表面は熱で溶けてしまい、裂けていた。
先程から聞こえていた何かが漏れ出る音は、そこから響いている。
紬にもそれが何を意味するのかくらいはわかった。
だが……その時にはもう遅かった。
ドォンッ!!
「……あ……」
凄まじい爆音と共に、視界が炎で埋め尽くされた。




