始まる前から前途多難
交流研修会当日。
五月の宿泊研修で訪れた時には鮮やかな新緑に包まれていた交流センターも、今ではすっかり秋の装いへと姿を変えていた。
赤や橙に染まった木々が敷地を囲み、頭上では色づいた枝葉が空を覆っている。
風が吹くたびに乾いた葉が舞い落ち、以前訪れた時とはまるで別の場所のように見えた。
そんな景色を見上げながら、新は紬と共に集合場所にたどり着く。
すでに、辺りには参加者と思われる生徒が七人。
それぞれが早速、他校の生徒と交流を始めていた。
「俺達が最後みたいだな」
立ち止まった新が隣の紬に声をかけると、彼女も淑女の笑顔を浮かべたまま新のすぐ隣でピタリと足を止めた。
「いいですかお兄様、たとえ道端に人が倒れていたとしても、見て見ぬふりを……いや、なんなら踏みつけてから通り過ぎてくださいね」
「お、お前は俺を外道にする気か」
半分冗談で半分本気。
妹の言葉にそう感じ取った新がゾッとしていると、正面からこちらへ向かってくる者がいた。
「相変わらず、仲が良いな」
新達に声をかけたのは、瑞穂学園の制服を着た一人の男子生徒だった。
背は新より少し高く、整えられた黒髪に人当たりの良さそうな笑みを浮かべている。
「桐生先輩」
新がその名を呼んだ。
桐生直哉。
瑞穂学園の三年生で、現在は生徒会長を務めている。
新とは中学も同じで、以前から面識がある関係だ。
「三年の代表は桐生先輩だったんですね」
「あぁ、お前達が一緒となると気が抜けんな」
「それはこっちのセリフです。生徒会長の顔に泥を塗らないよう、精進しますよ」
「何を言っている、むしろ心強さすら感じるくらいだ。それこそ、ここ最近はお前が生徒会に入ってくれればと考える日が増えたのだがな」
「俺が生徒会にですか?」
「あぁ、お前が次期生徒会長になってくれれば、俺としても安心して後を任せられるのだが……」
「はは、期待には応えられませんよ」
新が笑って断ると、桐生は「そうか」と言って少し残念そうに肩をすくめる。
受けるわけにはいかない。
やりたい、やりたくないではなく、不可能だからだ。
なぜなら、来年の今頃には新は瑞穂学園にはいないのだから。
「俺よりも適任者がいますよ。紬の才能を知らないわけじゃないでしょう?」
「……そうだな。藤宮紬、君なら次の生徒会選挙で瑞穂学園史上初の一年生にして、生徒会長の座に就くことができるかもしれんな」
「まぁ、随分と高く評価してくださっているんですね」
紬が口元に手を添えて笑う。
その時、また別の方向から声が飛んだ。
「もしかして、瑞穂学園の人?」
新達が声のした方へ振り向く。
そこには、それぞれ違う制服を着た二人の女子生徒が立っていた。
一人は肩まで伸びた明るい茶髪に、人懐っこそうな笑みを浮かべている。紺色のブレザーにチェック柄のスカートという、比較的ありふれた制服を身につけていた。
もう一人は長い黒髪を背中へ流し、どこか落ち着いた雰囲気を纏っている。品のある濃紺の制服に白い襟、胸元には細いリボンが結ばれており、一目でお嬢様学校とわかるような装いだ。
「そうですけど……」
新が答えると、茶髪の女生徒が歩み寄った。
「私、青葉ヶ丘高校三年の水瀬陽菜。私達、同じ班みたいだからさ、よろしくね」
続いて黒髪の少女も、小さく頭を下げた。
「白峰女子高校一年、白石凛です。よろしくお願いします」
「瑞穂学園二年の藤宮新です。よろしく」
愛想良く返した新を、二人のうち水瀬が「ふーん」と笑みを浮かべながら舐め回すように眺める。
そして距離を一気に詰めて、腕を組んだ。
「あんた、いい男じゃん。結構タイプかも」
「なっ……えぇ!?」
突然のことに驚きの声を上げた新の絡められた腕に、柔らかな感触が伝わる。
すると、すぐそばからギリッ! と歯を噛み締める音が聞こえた。
恐る恐る視線を向ければ、笑みを崩さない紬がこちらを見ていた。
しかし、体の前で重ねた手はプルプルと震えている。
やばい!
新がそう直感すると、その様子を見ていた桐生が咳払いをした。
「水瀬さん、白石さん、まもなく開会式が始まる。そろそろ戻ったらどうかな?」
「んーまぁ、そうだね。んじゃ藤宮、あとでね」
水瀬は新を離し、軽く手を振りながら所定の場所へ戻っていく。
すぐに白石も新達に軽く会釈をして、水瀬の後をついていった。
「……ふぅ」
解放された新は肩の力を抜く。
だがその直後、尋常ではないほどの悍ましい気配が身体を強張らせる。
もちろんその気配は、先ほどの笑顔すら消え失せ、光のない瞳で水瀬の背中を見つめる紬のものだった。
「……あの腕切り落として差し上げましょうか。二度とお兄様に触れられないように根元から綺麗に……それがいいですね。あぁ腹立たしい、お兄様にあんな馴れ馴れしく胸まで押しつけて何を考えているのでしょうあの女は? 恥じらいというものを知らないのでしょうか知りませんよね、知っていたらあんな真似できませんものね」
「つ、紬?」
新は恐る恐る声をかける。
しかし紬の口は止まらない。
「まずは右腕を処分して、残った左手で反省文を書いていただきましょう。それを千回読ませた後に左腕も切り落として、山に捨てて狐にでも持っていっていただきましょうか。いえ、狐にも迷惑ですね。でしたら燃やして灰にして川へ……もちろんお兄様と同じ街を流れる川に混ざるなど許せませんので遠い遠い人目につかない山奥の川にでも……いいですね、そうしましょう」
「紬! ストップ!」
二度目の呼びかけで、紬はようやく呪詛のような言葉を止めて、新へ笑顔を向けた。
「なんですか? お兄様?」
「……やめろよ?」
「何がですか?」
「いま口にしてたことだよ」
「冗談ですよ……まぁ、こういうこともあろうかと、手は打ってますから」
不穏な言葉に、新は嫌な予感しかしなかった。




