一歩踏み出す幼馴染
昼休みになる頃には、御言はすっかりクラスの中心にいた。
「稲荷坂さんって、前はどこの学校だったの?」
「その髪、地毛? すごく綺麗」
「藤宮くんとは本当に婚約してるの?」
机の周りには、男女問わず何人ものクラスメイトが集まっている。
御言はその中心で、困った様子もなく微笑みながらひとつひとつ丁寧に受け答えしていた。
「転校初日から大人気だな」
新の前の席で智也が購買で買ったパンを齧る。
その視線は御言から、新が机の上に広げた弁当へ向けられた。
「今日も紬ちゃんの手作り弁当か?」
「そうだけど」
ぱかっと弁当箱を開ける。
白いご飯の上には、黒ごまで作られた小さな笑顔。
その隣には、丸く焼かれた卵焼き、少し焦げ目のついたウインナー、ハート型に抜かれた人参、ころんとしたミートボールが並んでいる。
彩りのためなのか、端にはミニトマトとブロッコリーも添えられていた。
早速、卵焼きを箸で口に運ぼうとした時、智也が片手を突き出した。
「待て新」
「なんだよ」
「言い値で買おう」
「自分の飯を食え」
相手にせず、新は卵焼きを口に運ぶ。
紬の料理は、どれをとっても金を取れる。
妹バカの欲目だと言われれば、否定はできない。
だとしても、この卵焼きは普通に店で出せる味だと、胸を張って言える。
「あ、新」
声と共に視界の横から影が差す。
顔を上げると、そこには弁当箱を持った叶がいた。
「叶?」
「わ、私も一緒にいい?」
「もちろん」
新が笑いかけると、叶も少しだけ安心したように表情を緩める。
すると、智也がふと「あ」と声を漏らした。
「あーそういえば俺、急用思い出した! ちょっと行ってくるわ! 叶ちゃん、ここ座って!」
「え? あ、ありがとう」
叶が戸惑いながら礼を言うと、智也は食べかけのパンを片手に立ち上がる。
その背が教室から出て行くと、智也の席に座った叶は新の机の上でランチクロスを広げた。
「二年生も成瀬君と一緒のクラスで良かったね」
「騒がしい奴だけど、いないとなんだかんだで寂しいからな」
「……私は?」
「え?」
新が顔を上げると、叶は弁当箱の蓋に手をかけたまま、顔を伏せていた。
「私が別のクラスだったら、寂しかった?」
「当たり前だろ。ずっと一緒だったんだし」
即答すると、叶は表情を崩さないようにしながらも、口元だけをわずかに緩ませて弁当箱の蓋を開けた。
「……そういうとこ」
「え? 今なんか言ったか?」
「ううん。なんでもない」
叶は昼食を口に運ぶ。
こうして一緒に昼食をとる日も限られている。
ふと、そんなことを考えてしまい、新は箸を持つ手を止めた。
「……新? どうしたの?」
「な、なんでもない!」
慌てて箸を動かす。
叶は少し不思議そうに首を傾げたが、それ以上は聞いてこない。
机の上には、紬が作った弁当と叶が持ってきた弁当が並んでいる。
ありふれた昼休み。
未来がわかってるというのは、その何でもない時間さえ貴重に思わせてくれる。
「……ねえ、新」
箸を止めた叶の声は、とても小さかった。
「ん?」
「今日、新の家、行っていい?」
「もちろん、紬も喜ぶ。というか、毎度聞いてこなくていい。合鍵持ってんだから、好きに入ってこいよ」
「そうは言っても、迷惑な時とかあったら申し訳ないし……」
「叶が来て迷惑な訳ないだろ」
「……じゃあ、たくさん行く」
叶は頬を赤らめ、嬉しさを隠しきれないように口元を緩ませる。
この笑顔を失わせたくない。
叶にも、紬にも。
自分がどうなるとしても、二人にはこんなふうに笑っていてほしい。
そう思うと、新は胸の奥に小さな熱を感じた。
「私もお昼一緒にしてもいい?」
横から声が割って入る。
顔を向けると、そこには御言が立っていた。
いつの間にクラスメイトの輪から抜けてきたのか、手に購買の袋を下げている。
「……稲荷坂さん」
叶の表情には警戒が滲み出ていた。
「叶、私もいい?」
「……なんで、私に聞くの?」
言葉の意味が理解できないのか、御言は首を傾げた。
「なんでって、叶とも一緒に食べたいから」
「え?」
「駄目?」
「駄目じゃ……ないけど」
叶がそう言うと、御言の顔がぱっと明るくなった。
「やった!」
「ちょっ、わっ!」
次の瞬間、御言は嬉しそうに叶へ抱きつくと、購買の袋を片手に下げたまま、叶と頬を擦り合わせた。
「叶~あーほんとに良い匂いする」
「稲荷坂さん、苦しい……」
そのままの体勢を暫し続けた後、御言は叶を離した。
「じゃあ私も食べよ」
ぐったりする叶をよそに、御言は無人だった新の隣の席から椅子を引っ張った。
「購買って素晴らしい場所ね。こんなにも手軽にいなり寿司が手に入るなんて」
御言は袋から一パック四個入りのいなり寿司を取り出す。
だが、一つだけではない。
二つ、三つ、四つ。
さらにもうひとつ。
新の机の上に、いなり寿司の塔が出来上がった。
新と叶は言葉を失う。
その時だった。
「いたぁぁぁぁぁっ!」
教室の出入り口から、中年の女性の声が響いた。
クラス中の視線が、一斉に出入り口へ向く。そこに立っていたのは、エプロンをつけた購買の女性職員だった。
肩で息をしながら、まっすぐ御言を指差している。
「泥棒!」
「「泥棒?」」
新と叶の声が重なる。
中年の女性は、新達の方へズカズカと距離を詰めた。
「そこの銀髪の子!」
中年の女性の言葉に、いなり寿司を口いっぱいに頬張る御言が言葉にならない言葉を返した。
「ふぁふぁひ?」
「あんた! お代、払ってないでしょ!」
御言は口の中のいなり寿司を、ごくりと飲み込んだ。
「……お代?」
「そうよお代! お金払わないで、出て行ったでしょ!」
「……お金……?」
きょとんとした御言に、新は嫌な予感がした。
「御言? お前まさか……」
「新? お金ってなに?」




