完璧な妹?
「おい新、説明しろよ」
始業式の最中、隣の智也が声を潜めながら新を肘で小突いてきた。
「何がだよ」
「何がじゃねえよ。転校生だよ、転校生。お前の婚約者とかどういうことだよ」
「ちょっと訳ありでさ」
「とぼけんな。朝からいきなり美少女転校生が来て、お前の婚約者です宣言だぞ? どこのラブコメだよ」
親友の言葉にはすぐに答えず、新は横目で少し離れた位置に並ぶ御言を見る。
目が合う。
彼女はにこっと笑って、小さく手を振った。
「叶ちゃんだって怖い顔してたぞ」
「さっき屋上で御言と揉めてたよ。認めないってさ」
智也は「だろうな」と、苦笑いを浮かべた。
「だいたいお前な、叶ちゃんがいながら婚約者って……この浮気者」
「はぁ? 叶とはそんな関係じゃねぇよ」
「今は、だろ?」
「なんだよその言い方。確かに俺と叶は、ただの幼馴染よりは距離が近いかもしれない。でも、それだけだ。その距離感だって、理由があることだ」
「その理由はもちろん俺も知ってるし、だからこそ聞いてんだよ。かけがえのない存在のお前に、実は婚約者がいましたってなって『はいそうですか』とはいかないだろ?」
「それは今だけだ。叶は美人だし、なによりあの人柄だ。あいつが本気で誰かに恋をして、想いを伝えたら断れる奴なんかいないだろう。そういう存在ができたら俺がいなくても平気さ」
「お前……まじか……」
智也は、信じられないものを見るような目で新を見た。
「な、なんだよ」
「なんていうか……凄いわ……」
頭を抱えた智也は、大きな溜め息をついた。
『次に新入生を代表して、一年三組、藤宮紬さん。お願いします』
そのアナウンスが体育館に響いた瞬間、智也の肩がぴくりと跳ねた。
「おっ! 来た来た!」
さっきまで呆れ顔だった親友の声が、明らかに弾んだ。その視線は、ステージに登壇する紬へ真っすぐ向けられている。
紬はマイクが置かれた演台で足を止め、全校生徒に向かって静かに一礼した。
長い髪が肩口でわずかに揺れる。背筋は伸び、表情は柔らかい。その品性は、人の視線を集めるには十分だった。
「新入生代表、一年三組、藤宮紬です」
澄んだ声が、体育館に響いた。
「春は始まりの季節だと言われます。各々が想いを胸に、今朝の瑞穂学園の門をくぐったことでしょう。しかし、皆様も重々承知のことかと思いますが、ただ新しい場所に身を置くだけで人は成長しません。変わった環境で、自分が何を選び、何を望み、何の為に歩むのか、その取捨選択を怠れば、時間はただ過ぎていくだけです」
紬は背筋を伸ばしたまま、落ち着いた表情で続けた。
「だからこそ、この三年間は私達が自分自身の在り方を問い続ける時間になるのだと思います」
「……すげぇな」
隣で智也が、ほとんど吐息のような声で呟いた。
「あんな完璧な妹と二人で暮らしてるんだろ? いろいろ大変だな」
「大変……ねぇ……」
新は苦笑いを浮かべる。
壇上に立つ妹は、誰が見ても非の打ちどころのない新入生代表だった。
所作も、言葉選びも、表情も、隙がない。
だからこそ新は、少しだけ複雑な気持ちでその姿を見つめていた。
「皆様には、将来叶えたい夢があるでしょうか?」
紬が穏やかに、全校生徒へ問いかけた。
「明確な目標を持つ方もいれば、まだ答えを探している途中の方もいると思います。どちらであっても構いません。大切なのは、自分の心が何を望んでいるのかを他人任せにしないことです」
体育館の空気がより一層、紬の言葉に引き寄せられていく。
「私にも、夢があります」
一拍置いて、紬は続けた。
「私の夢は、この国の頂点に立つことです」
壮大過ぎる内容に、体育館内がざわついた。
しかし紬は、自分で口にしたその壮大な夢にも臆することなく、前を見据えていた。
「今はまだ、変えられないことがあります。許されないことがあります。どれほど強く願っても、今の仕組みでは叶わないことがあります」
新の苦笑いが濃くなる。
背中に、嫌な汗が流れた。
「期待を背負い、幸せの為にこの命を燃やす。この国で大切な人と、ずっと一緒にいられる未来を作るために。ですので先輩方、先生方、ご指導ご鞭撻のほどをよろしくお願いいたします」
紬は僅かに首をかしげて、微笑んだ。
「以上をもちまして、新入生代表の挨拶とさせていただきます」
紬が綺麗に一礼すると、体育館内は一瞬だけ静まり返った。
けれど、それもほんのわずかな間だけだ。
どこからともなく拍手が起こる。それはすぐに体育館全体へ広がっていき、降壇する紬を包み込んだ。
その中でも新の隣の智也は、一際大きい拍手を鳴らしていた。
「新……いやお義兄さん」
「誰がお義兄さんだ」
小声で突っ込んだその時だった。
ふと、少し離れた場所にいる叶と目が合う。拍手の音に包まれる中、叶だけがこちらを見ていた。
怒っているようにも、拗ねているようにも見える。
けれどそれ以上に、何か言いたげな目だった。




