弾けて、消える
神域の社の端、周囲からは隠れるように低木や茂みに囲まれた一角で、御言は新と共に木製のベンチに腰を下ろして夜空を見上げていた。
――ドンッ。
夜空に青白い大輪が咲く。
少し遅れて赤、紫、金。
新へ贈った舞で打ち上げた狐火の花は、今も絶えず夜空を彩り続けている。
「まさか、こんな景色が見られるなんてな」
花火を見上げながら新が呟く。
その言葉が嬉しくて、御言も笑みを浮かべた。
「ふふ。気に入ってくれた?」
「ああ、たぶん一生忘れない」
「……そっか」
胸の内が満たされていく。
正直なところ、新を良く思ってない姉妹達があの舞に付き合ってくれるとは思わなかった。
結果として新に素敵な思い出を送る事ができた。
それだけを考えれば月乃の愚行も無駄ではなかったのかもしれない。
……ってだめだめ! そんな不謹慎なこと考えたら!
御言は大きく首を横に振る。
その靡く銀髪が視界に入ったのか、新が御言を見た。
「御言? どうした?」
「え? あぁいや! なんでもないよ!」
「そうか? ならいいけど……」
新は再び夜空を見上げる。
御言もほっと息を吐いて、同じように花火へ視線を戻そうとした時だった。
「でもさ、御言は凄いよな」
「凄い?」
「あぁ、あんな恐ろしい鬼に臆せず堂々としててさ」
「あの時は新と灯が危なくて、私も余裕なかったし……」
「それでもだよ」
新は花火を見上げたまま、心地良さそうに深呼吸をした。
「なんか俺さ、御言が傍にいてくれると凄い安心するんだよ」
「な、なーに急に?」
「なんでだろーな。綺麗なもの見せてもらって、ちょっとロマンチストになってるのかも」
新はニタリと笑うと、御言はふふんと鼻を鳴らして誇らしげに腕を組んだ。
「まぁ私は神様だからね!」
「いやまぁ、それもあるんだろうけどさ……なんて言うんだろうな……」
腕を組んだ新は、うーんと悩みながら言葉を探した。
「俺さ、御言のことが普通に好きなんだと思う」
「……ほへ?」
想像もしなかった言葉に、御言は間の抜けた声しか出せなかった。
「あ、新? それって……どういう意味?」
「言葉のままだよ」
「そうじゃなくて! なんていうかその……」
御言は頬を赤らめながら、言いづらそうに視線を泳がせた。
「その『好き』って……どういう好き?」
「どういうって……」
新は少し考え込み、やがて何か閃いたように手を叩いた。
「ああ。叶とか紬と同じ感じかな」
「は?」
煩かった胸の鼓動が一瞬で静まり、御言の表情が固まった。
「叶と……紬?」
「ああ。二人とも俺にとって大切だし、一緒にいると落ち着くんだ。御言もいつの間にか、そういう存在になってたっていうか……」
御言はすぐ言葉を返さない。
その反応が気になったのか、新は視線を御言へ移した。
「御言?」
――ドンッ!
夜空に大輪の花火が咲く。
淡い光に照らされながら、御言はがくりと肩を落とした。
「……新って、本当に新だよね」
「どういうことだよ?」
「ううん。なんでもない……」
なんでこの人は、そこだけは期待通りにならないのだろう。
長年傍にいた叶は、いったい何度こんな気持ちを味わってきたのだろうか。
今なら少しだけ、彼女の苦労がわかる気がした。
「……叶って、凄いなぁ」
「ん? なんで急に叶?」
「新には一生わからなくていいよーだ!」
ぷいっと顔を背けた御言に、新が困ったように眉を下げた。
「なんなんだよ……」
新は小さく息を吐くと、それ以上追及することなく再び夜空を見上げる。
――ドンッ。
また花が咲き、夜空を照らす。
「御言」
「なに?」
「こんな綺麗な光景を見せてくれて、ありがとう」
「……どういたしまして」
そう返した御言は膝の上で重ねていた指先に、そっと力を込める。
けれどそれもほんの一瞬。
夜空を見上げる新の横顔を見つめた。
そう……新は新のままでいい。
鈍感で、優しくて、恋心なんて今はわからなくていい。
でも今は……今だけは……。
欲張っていいのかな。
御言はそっと新の横顔に顔を近づける。
あと少し。
ほんの少し身を寄せれば、その頬に唇が触れる。
新はまだ気づかない。
このままいけば慌てふためく彼を見られる。
このまま……このまま……。
けれど、御言はそこで動きを止めて距離を戻して夜空を見上げた。
胸の奥に残ったほんの少しの未練ごと、花火が弾けた。




