幕間 祭囃子の外れでは
稲荷ヶ丘神社の本殿の裏口からは、茂みと低木に囲まれた獣道が伸びている。
その先を少し進むと、ただ解体を待つだけの離れが建っていた。
祭囃子も届かない、暗闇に続く扉を一人の男が開く。月明かりが差し込み、室内が僅かに照らされた。
床には崩れた壁土や木屑が細かな砂のように積もっている。しかし、その中に不自然なほど汚れの少ない場所がいくつかあった。
なにかの足跡だ。
大きさは常人の域を超え、親指から母指球の跡がしっかり残っていることから素足だと推測できる。
男は離れの中へ入る。
二、三歩歩いたところで月明かりが届かない暗闇から声が聞こえた。
「収穫は?」
男は立ち止まって答えた。
「あなたの機嫌が少し良くなる程度には」
「ほう……だとしたら、方法が見つかったのだな?」
男は「そこまでは」と言いながら肩をすくめた。
「しかし、おおよその方向性は決まりましたよ。もちろん私とあなた、双方にメリットがある形で」
「そうでなければ貴様をここで引き裂いてやるところだ」
「私がいなくなれば、あなたの計画も白紙に戻りますよ」
「ふん、下等種族のくせに口だけは達者だな」
闇の中から声の主が一歩近づいてくる。
ギシッ、と古びた床板が軋んだ。
男の鼓動が僅かに速まる。
本能が訴えていた。今すぐここから逃げ出せ、と。
しかし、それを顔に出すわけにはいかない。
乱れかけた呼吸を悟られぬよう、男はゆっくりと息を吐いた。
「なんの気まぐれか知りませんが、あの娘はこっちの世界で人間の男と一緒にいました」
「ほう……一体何者だ?」
「普通の男の子ですよ。小さい頃から知っていますが」
「なぜ一人の下等種族に奴が……いや、奴らは種族の差など理解できなかったな」
「ですが、こちらにとっては都合が良いのは間違いない。長年尻尾すらつかめなかった存在に繋がる道が出来た」
男がそう言うと、再び床板が軋む。
差し込んだ月明かりが、その異様な足先を僅かに照らした。
「ならば今すぐその者を捕えよう」
「待ってください。今日は稲守祭、九尾とその娘、そして訪れている神々全てをいっぺんに相手するつもりですか?」
足先がぴたりと止まる。
グルルと唸り声が聞こえると、男は続けた。
「今日はあくまで情報収集。神々の方へ放ったあなたの同胞達も、隠れて情報を持ち帰った一体を除いて、戻ってきませんでした。あわよくば餌にありつき、力を増して戻れば御の字だったのでしょうが……昔ほどの力は無いとはいえ、神は神。より慎重に、確実に進めましょう」
少しの沈黙の後、暗闇から「ふん」と鼻を鳴らす音が聞こえると、足先は再び闇の中へ戻っていく。
悲願のためとはいえ、数少ない同胞を失って心中穏やかではないだろう。
ここは言葉を間違えば、この場で八つ裂きにされるのは自分だ。
「私は今後も全力で協力させていただきます」
「……あの時、九尾に焼かれた同胞の恨みを晴らす。この地から忌々しい稲荷の名を消し去り……再び、我らの繁栄を取り戻す」
闇の中の声が途切れると、男は頭を下げた。
「この青潟勇。必ずやこの地をあるべき姿へ戻せるよう、尽力させていただきます」




