奉納舞
稲荷ヶ丘神社の境内には、奉納舞をひと目見ようと大勢の人達が集まっていた。
その人混みの後方、神域から戻ってきた新と御言は隣り合って立ち、まだ囃子方しかいない舞台を見据えていた。
「間に合ってよかったぁ……」
隣で御言がほっとしたように胸を撫で下ろす。
先程まで現れていた狐の耳と尾はもちろん今は見えない。
そんな彼女に、新は少し申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
「ごめんな、せっかく誘ってもらったのに」
「気にしないで。私もこっちを優先するつもりだったんだよ。なにせ、叶と紬の晴れ舞台だもの」
「そっか……ありがとう」
新の礼に御言はにこっと笑って返すと、周囲の見物客を眺めた。
「それにしても、今年は特に多いね」
「だな」
新も辺りを見回す。
すると、最前列の座席に見知った顔を見つけて笑みを浮かべた。
「智也の奴、祭が始まると同時に張り込んでたみたいだぞ」
「ふふ……紬ちゃんが出てきたら、泣きだしそうだね」
「いや、なんならもう目が潤んでないか?」
新の言葉に、御言が最前列へ目を凝らすと「ほんとだ」と笑いながら答えたその時だった。
――ドン。
腹の底まで響く太鼓の音が鳴り響いた。
辺りを満たしていた喧騒が一斉に消える。
その場にいた者全ての視線が舞台へ向けられた。
「始まった!」
御言が目を輝かせると、舞台の奥から白衣と緋袴に身を包んだ九人の女性達がゆっくりと姿を現す。
その中には叶と紬の姿もある。
凛とした佇まいの紬は白衣と緋袴がよく似合っており、今年高校一年生とは思えないほどの気品を漂わせている。
一方の叶も、薄く紅を引いた唇と整えられた藍色の髪が相まって、普段の柔らかな印象とは違う美しさがあった。
普段よりもどこか大人びて見える二人の姿に、御言が思わず感嘆の声を漏らした。
「わぁ……! 二人とも綺麗!」
「そうだな」
九人の巫女が配置に着くと、静まり返った舞台に神楽鈴の音がしゃらんと響く。
巫女達が扇を開くと笛が静かに奏でられ、その音色に合わせるように巫女達が舞い始める。やがて、そこへ太鼓の音も加わった。
巫女達は一歩踏み出し、袖を翻す。
扇を胸元へ引き寄せたかと思えば、今度は夜空へ捧げるように高く掲げる。
派手さこそないものの、一つ一つの所作は指先まで美しい。
境内を埋め尽くすほどの見物客達も、今では誰一人として声を上げずにその舞に見入っている。
「ほんとに……何度見ても素敵」
目を細める御言に、なぜか新が少し誇らしげに口角を上げた。
「知ってるだろ? 見どころはこれからだぞ」
新がそう言った直後だ。
ヒュルルルル……と甲高い音を響かせながら光が空へ昇って、ドンッ! と弾けた。
辺りから「おぉ!」と、いくつもの歓声が上がる。
しかしそれだけでは終わらない。
続けざまに幾つもの光が夜空へ駆け上がった。
また一つ、二つ……すぐに数は数えられなくなる。
色とりどりの花が途切れることなく、夜空に咲き乱れた。
儚く、美しい光に照らされながら巫女達は舞を続ける。
巫女の白い袖は夜空の花の色を吸い込み、淡く映す。
何度見ても、息を呑む神秘的な光景だ。それは間違いない。
だが、新の瞳には去年までとは違う感情が宿っていた。
妹である紬が初参加だから? いつもと違う稲守祭だから?
それとも……来年はもう見られないからだろうか?
名残惜しさと共にそんな考えが一瞬、脳裏をよぎる。
その間にも、九人の巫女の舞はフィナーレへと向かっていた。
叶が身体を翻せば藍色の髪がふわりと揺れ、紬が扇を掲げれば白い袖が大きく夜風を孕む。
二人だけではない。
今も尚上がり続ける夜空の花の光を浴びながら、九人全員の動きがぴたりと重なり、一つの大きな演舞を作り上げていた。
そして、火薬が弾ける音が止む。
夜空に静けさと暗闇が戻ると、巫女達は一斉に扇を天へ掲げた。
その動きに合わせるように、再び一筋の灯りが夜空へ昇る。
笛も太鼓も神楽鈴の音も全て消えた。
聞こえるのはヒュルルルルと、まるで空を昇る竜のような灯りの音だけ。
それも夜空に溶けて消える。
次の瞬間だ。
――ドンッッッ!!
今までとはくらべものにならない程の大きな花が夜空に咲き、締めの太鼓が響いた。
夜の花に照らされながら、九人の巫女がこの地の神へ感謝を捧げ、人々の心を打つ。
それが、稲守祭の奉納舞なのだ。
舞が終わり、九人の巫女達が綺麗な所作で頭を下げる。
見物客達からは割れんばかりの拍手が送られる。
新も強く手を叩く。
その隣で御言が口を開いた。
「新」
「ん?」
「この後、もう少しだけ時間くれないかな?」




