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ごめんなさいの後は、ありがとうを



 鬼との騒動の後、無事に元の身体に戻った新は御言の家族へ挨拶をした社の縁側に腰を下ろしていた。

 ぬいぐるみで両手と片足を失った感覚は残っているが、身体は何不自由なく動いている。少し妙な気分だった。


「御言……俺は大丈夫だから」


 新は隣に座る御言を見る。

 彼女は新の右腕を両腕で抱え込み、肩へ頭を預けたまま離れようとしない。

 頭の上の狐の耳はぺたりと垂れていた。


「……ごめんね」

「大丈夫だって言ってるだろ? ほら、この通り」


 左手を開いては閉じるを何度か繰り返す。

 御言は顔を上げたが、その表情にはいつもの明るさはない。


「でも、私が連れてきたせいで……」

「それと今回の件は関係無いだろ? それに灯ちゃんも無事だったんだし、それでいいさ」

「よくないよ! 新、もうちょっとで殺されちゃうところだったんだよ!?」

 

 右腕を抱く御言の力が強まる。

 そして、再び新の肩に額を押し当てた。


「次死んじゃったら……もう戻ってこれないんだよ?」

「御言……」


 二人を包む沈黙を誤魔化すように、新は御言の頭を優しく撫でる。

 掌が銀色の髪の上を滑るたびに、御言の腰元に生えた狐の尾も小さく揺れた。


「御言、俺から提案があるんだ」

「なに?」

「これからはごめんなさいの後はありがとうの話をしよう」


 御言は新の肩から額を離して、新の顔を見つめた。


「ありがとうの話?」

「あぁ。ごめんなさいって言った分、次はありがとうって感謝の気持ちを伝えるんだ。じゃあ俺から」


 新は御言の頭を撫でながら目を合わせた。


「御言、俺を助けてくれてありがとう。もう一度、叶や紬、両親や友達と過ごせる時間をくれてありがとう……ほら、次は御言の番」


 新が御言の頭から手を離すと、彼女は少し間を空けて顔を伏せて口を開いた。


「新……私と一緒にいてくれてありがとう」

「うん」

「怖い思いしたのに怒らないでいてくれて、ありがとう」

「うん」

「灯を守ってくれて、ありがとう」

「あっそれは違うわ」

「なんで!?」


 予想外の返答に御言は再び顔を上げる。

 新は後頭部を掻きながら、苦笑いを浮かべた。

 

「見ただろあの姿。守ったというより、千切られて弄ばれてただけでさ」

「そんなことないよ! 新がああやって時間を稼いでくれたから、私や紫苑お姉ちゃんが間に合ったんだよ。もしあの場に新が居なかったら灯は……」

「だったら俺だって謝らなきゃならない。俺が灯ちゃんと祭に行かなければ、鬼に会うこともなかったんだからな」


 新の言葉に御言は頬を膨らませた。

 

「新は悪くない!」

「じゃあ、御言も悪くない」

「私は……むぅ」

 

 これ以上は何を言っても平行線だと悟った御言は口を尖らせる。

 そして安堵と憤りが入り混じったその表情で、どうしようもない感情をぶつけるように新へ抱き着いた。


「うわっ! 御言!」

「新はそうやってもぅ! もうもうもう! でもありがと!」

「ははは……それじゃあ、そろそろ戻らないとな」

「え……もうそんな時間!?」


 御言が新から離れたその時、社の扉が開く。

 中からは玉藻、天華、そして月乃の三人が姿を見せた。

 三人が新達の方へ歩み寄る。

 まず口を開いたのは玉藻だった。


「新、身体はどうだい?」

「問題ありません」

「それは良かった。今回は本当に迷惑をかけたね」


 玉藻はそう言って、月乃に視線を向けた。


「ほら、お前も言うことがあるだろう?」

 

 月乃は一歩前に出る。その瞳には涙が溜まっていた。

 人間界にいたところを天華に見つかり、連れ戻されて新に身体を返した後は社の中で、こってりと絞られていたようだ。


「ごめんなさい……私のせいで、危うく取り返しのつかないことになるとこだった……本当にごめんなさい……」


 下を向く月乃が口にした言葉は震えている。

 新はゆっくりと彼女の前まで歩き出した。


「月乃ちゃん、顔上げて」


 月乃は躊躇いながら顔を上げる。

 涙で濡れた瞳と、新の視線が真っ直ぐに重なった。


「きっと玉藻さんと天華さんに嫌と言うほど叱られただろうから、俺からは別のことを言うね」


 新は少し屈んで月乃と視線の高さを合わせた。


「俺が御言の隣にいていい男なのか。御言を幸せにできる男なのか。月乃ちゃん自身の目で確かめてほしい」

「新……」


 背後で御言が小さく名前を呼ぶ。

 新は月乃を見つめながら続けた。

 

「正直に言う。月乃ちゃんが言った通り、俺は御言のことが好きかどうかは今はわからない。でも、今はそれでもいいって言ってくれる御言の気持ちには応えたいって思いはあるんだ」


 月乃は拳をきゅっと握る。

 涙で濡れていたその瞳は新の背後の御言を映した。


「御言姉ちゃんは……本当にいいの?」

「うん、私は自分の選択を後悔してない。むしろ新と過ごせて、本当に幸せだよ」


 御言の優しい声色に、月乃は少し間を空けて「わかった」と返した。

 

「……私からはもう何も言わない。でも新」

「なに?」

「御言姉ちゃんをもっと見てあげてほしい」

「ああ、わかった」


 新が迷うことなく頷くと、月乃は袖で乱暴に涙を拭う。

 すると、その様子を見ていた御言が新の隣まで歩み寄り、膝を折って月乃の頭を撫でた。


「月乃、ありがとうね」


 月乃は涙を拭いながら「ごめんなさい」と何度も呟く。

 その様子を黙って見守っていた天華が口を開いた。


「新君、長女として私からもお礼を言わせて。皆がまだあなたに心を開いたわけじゃないけど、妹達の無礼を心から謝罪するわ」


 天華が静かに頭を下げると、新は立ち上がって慌てて声を上げた。

 

「ちょ、天華さん! 頭上げてください! 俺は皆さんが俺のことを警戒するのも当然だと思ってますから」


 天華はゆっくりと顔を上げる。

 

「あら、私達の態度が想像出来たと?」

「い、いや……そこまでではないですけど……俺にも妹がいて、その妹がいきなりどこの馬の骨ともわからない男と結婚するって言い出したら、俺も警戒しますし」


 新がそう言うと、天華は僅かに目元を和らげた。


「だとしても、私達のあなたを見る目が変わったのも事実よ。私の可愛い妹を危険を顧みず助けてくれて、本当にありがとう」

「ど、どういたしまして……」


 照れくさそうな新は視線を彷徨わせる。

 その視線が御言へ向いた時、彼女は優しい笑みを浮かべた。

 すると、その様子を眺めていた玉藻が愉快そうに煙管を口元へ運んだ。


「さてと……遅れちまったが今日は私達の祭。新しい顔も揃えて、そろそろ宴でもしようじゃないか」


 玉藻が楽しげにそう告げたが、新はすぐに口を開けなかった。

 神の世界の宴。興味がないわけではない。きっと人間の世界とは違う料理や酒が並び、見たこともない華やかで幻想的な光景なのだろう。


 それに今なら、先ほどまで自分へ険しい視線を向けていた御言の家族とも、少し打ち解けて言葉を交わせる気もする。


 今後の付き合いを考えれば、すぐに首を縦に振るべきだが……。


「……すいません。せっかくですが、俺は遠慮しておきます」


 新がそう言うと、玉藻の眼が細められた。


「ほう……それはなぜだい?」


 その問いには、月乃を撫でていた御言が立ち上がって答えた。

 

「ごめんねお母さん、実はね……」

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