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祭囃子の中で靡く銀髪



 稲守祭当日。

 他県からも多くの観光客が訪れ、稲荷ヶ丘神社へと続く道は、多くの人々で埋め尽くされていた。

 

 参道には色とりどりの屋台が立ち並び、辺りには祭囃子と楽しげな声が絶え間なく響いている。

 その人混みから少し離れた待ち合わせ場所で、黒色の甚平を身に纏った新は一人、御言が来るのを待っていた。


 スマートフォンで時刻を確認する。

 約束の時間まではまだ少しある。


「ちょっと早く来すぎたか」


 そう呟いた直後だった。


「新ー!」


 聞き慣れた声に顔を上げる。

 人混みの向こうから、御言がこちらへ手を振りながら駆け寄ってきていた。


「お待たせ! 待った?」

「いや、俺も今来たとこ……」


 そう言った新は一瞬、ほんの一瞬だが、目の前に立つ御言から目を離せなくなった。

 

 橙色を基調とした浴衣に紫色の帯を結び、頬と唇には薄く紅が差している。

 初めて出会った日の彼女を思い出させるような装いだ。


「あっ! 新、私に見惚れてる!」

 

 御言は新を指差し、にやりと得意げな笑みを浮かべた。


「……悪いかよ」

「えっ?」

「似合ってるし、綺麗だと思った。それだけ」


 予想していなかった返事だったのか、御言は一瞬固まると、新から視線を逸らして人差し指で頬を掻いた。


「な、なんか真っ直ぐ言われるとそれはそれで照れるな……」

「昨日自分で言ってただろ? とびきり可愛い私とみたいな」

「むっ! なんか余裕そうだね!」


 頬を膨らませた御言は新の右手に左手の指を絡ませた。


「お、おい御言……」

「なーに? 私達、一応婚約してるんだからこれぐらいいいでしょ?」

「そ、それは……」

「ほら、行こ」

 

 二人はそのまま人の波へと混ざり、稲荷ヶ丘神社へ続く参道を並んで歩き始めた。


 道の両脇には焼きそばやたこ焼き、かき氷といった露店が所狭しと並び、威勢のいい掛け声が飛び交っている。

 昨日の前夜祭以上の人出に、繋いだ手を離せばすぐに逸れてしまいそうだ。


「新! あれ食べよう!」


 御言が指差した先では、香ばしい醤油の匂いを漂わせながら焼きとうもろこしが並べられている。

 

「来て早々かよ」

「お祭りなんだから食べなきゃ損でしょ!」

「昨日も散々食ってただろ」

「昨日は昨日、今日は今日! すいませーん!」


 手を離し、少し小走りで店主に声をかけた御言に呆れながらも、新は御言と共に露店へ向かう。

 

 御言は受けとった焼きとうもろこしをあっという間に平らげると、すぐに違う場所を指差した。


「新! 次あれやりたい!」


 その先には射的がある。

 新の返事も待つことなく、御言は店主に料金を渡し、弾を受け取る。


 狙いを定め、引き金を引く。

 コルクの弾は標的を吹き飛ばし、景品台からはあっという間に目ぼしいものが消えていった。


「お、お嬢ちゃん上手いねぇ……」


 露店の店主が引き攣った笑みを浮かべる。


「ふふん! これくらい朝飯前!」


 得意げに胸を張る御言の腕には、菓子やぬいぐるみが山のように抱えられている。

 その瞳は再び別のものへと向いた。


「あっ! 新これ持ってて!」


 景品を新に押し付けた御言は駆け出す。

 今度は金魚掬いだった。


「大人一人!」


 料金を払ってポイを受け取った御言は、迷わず生簀に泳ぐ金魚の下にポイを潜り込ませる。


 一匹……二匹。


 五匹……十匹と。


 二十匹……三十匹。

 

 瞬く間に一杯の椀に入りきらないほどの金魚が掬い上げられ、生簀は殆ど空になった。


「た、頼む……これ以上は……」


 顔を青ざめさせた金魚掬い屋の店主に、御言は悪戯っ気のある笑みを浮かべた。


「この紙が破れるまでいいんでしょ?」


 そう言って御言は残った数匹も全て掬い上げる。

 周囲には店主の悲鳴が響き渡った。


「ち、ちくしょー! もう店じまいだー!」


 頭を抱えた店主に満足したのか、御言は掬った金魚の内、一匹だけを残して他は全て生簀に返した。


「この子だけ連れてくね」


 ホッとした店主に背を向けた二人はその後もいくつかの露店を楽しんだ後、一度人混みを離れ、参道沿いに設けられた休憩広場へと足を運ぶ。


 新の隣で御言は綿飴を頬張り、幸せそうに頬を緩ませていた。


「ん〜、おいしい!」

「ほんとよく食うな」

「別にいいでしょ? 今日は私達に捧げられた祭なんだから」


 そう言って、御言はまた一口綿飴を頬張る。

 しばらくして、不意に御言が新の方を向いた。


「ねぇ、新」

「ん?」

「楽しいね!」


 満面の笑みが祭の灯りに照らされる。

 金色の瞳を細めた御言は心の底から嬉しそうに笑っていた。


「……そうだな」


 新も釣られて微笑んだその時だった。

 

「失礼、藤宮新君かな?」

「え?」


 不意に名前を呼ばれ、新は声のした方へ振り返る。


 そこには、祭の場には少し不釣り合いなスーツ姿で眼鏡をかけた男が立っていた。

 どこかで見たことのある顔だ。


「そうですけど……」

「突然声をかけてすまない。私を覚えているかね? 青潟勇だ」


 その名を聞いて、新はようやくその既視感の正体に気付いた。


「青潟のお父さんですか」

「青潟?」


 隣の御言の眼が警戒の色を帯びる。

 彼女がそれ以上何か言い出す前に、新は浅く頭を下げた。


「お久しぶりです」

「こちらこそ。大きくなったな新君、前会ったのは六年前だったかな?」

「そうですね。それでご用件は?」


 新が尋ねると、勇は一度御言へ視線を向けた後、再び新を見据えた。


「綾乃のことだ。先日の件は全て聞いた。柚木さんにしたことも」

「……そうですか」

「まずは、ビジネスパートナー青潟コーポレーションの代表としてではなく、一人の父親として謝らせてほしい」


 勇はそう言うと、周囲の目も憚らず深く頭を下げた。

 

「本当にすまなかった。娘は本当に愚かなことをした」

「ちょ! 頭を上げてください!」

 

 新がそう言うと、勇は少し間を空けてからゆっくり頭を上げた。

 

「お気遣い、感謝する。娘はもう君や柚木さんに近付くこともない」

「……青潟は今、どうしてるんですか?」

「私の監視下で大人しくさせている。君のご両親と柚木さんの温情で、警察沙汰にはならずに済んだが……本人には、自分がどれほど愚かなことをしたのか考えさせているところだ」

「……そうですか」


 新はそれだけ返すと、僅かに視線を落とす。

 しばらくの沈黙の後、もう一度勇を見た。


「俺に謝る必要はないですよ。謝るなら、叶に謝ってください」


 新は静かにそう告げる。

 隣の御言も鼻息を荒くして頷いた。

 

「もちろんだ。訳あって私はしばらくはこの近辺にいる。せめてもの罪滅ぼしに困ったことがあったら言ってくれ、私に出来ることならいくらでも力を貸す」


 勇はもう一度だけ新へ頭を下げ、「では失礼する」と言ってその場を後にする。

 遠ざかっていく背中を見送り、新は小さく息を吐いて御言を見た。


「……行くか、御言」

「うん!」


 二人は再び肩を並べ、祭の賑わいへと戻っていった。

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