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前夜祭

 

 稲守祭を翌日に控えた、八月三十日の夕暮れ。

 稲荷ヶ丘神社へと続く参道には、本祭を待ちきれないように多くの人達が集まっていた。

 

 正式な祭事が行われるのは明日だが、当日の成功を願って催される前夜祭。

 露店で買った麦茶を飲む新の隣では、智也がこの世の終わりとでも言わんばかりに涙を流していた。


「う、うぅ……」

「智也、せっかくの前夜祭だぞ? 辛気臭い顔すんなよ」

「だってよぉ……」

「しょうがないだろ。紬のスケジュールが空いてなかったんだから。奉納舞の選抜にも選ばれたし、応援してやれよ」

「応援はしてる! めちゃくちゃしてる! けどよぉ」


 智也は涙を拭いながら、参道を並んで歩く男女へ恨めしそうな視線を向けた。


「今年こそは紬ちゃんと一緒にって思って、めちゃくちゃシミュレーションしてたんだよぉ」

「……また、来年頑張れよ」

「お前去年も一昨年も同じこと言ってたぞ……あぁ畜生!」


 智也は頭を抱えて天を仰ぐ。

 しばらくそのまま嘆いていたが、やがて大きく息を吐いた。


「……もういい。今日は帰る」

「せっかく来たのに?」

「紬ちゃんのいない前夜祭なんて、俺には眩しすぎるんだよ……」

「意味わかんねぇよ」


 がっくりと肩を下げた智也は、力なく手を振りながら人混みの向こうへと消えていった。


「ったく……」


 新が呆れながらその背中を見送る。

 すると、聞き慣れた声が背後から飛んできた。


「新ー!」


 振り返れば、そこには御言がいた。

 右手にたこ焼き、左手には綿飴とりんご飴を抱え、満面の笑みを浮かべている。


「見て見て! いっぱい買ってきた!」

「御言……祭りは明日だぞ? 今日からそんなに食って大丈夫なのか?」

「何言ってるの? 前夜祭だってお祭りでしょ?」

「そういう問題か?」

「それに、明日は明日で食べればいいじゃん!」


 そう言うと、御言は左手の綿飴とりんご飴を新へ差し出した。


「ごめん新、ちょっと持ってて」

「えっ?」


 新の返事も待たずに御言は二つを押し付けると、空いた手で爪楊枝を持ち、たこ焼きに刺して頬張る。

 焼き立てで熱かったのか、はふはふと口元に手を当てた。


「あ、あふい……」


 それでもしっかりと咀嚼をして味わった御言は、美味しそうに頬を緩める。

 すると、御言はもう一つのたこ焼きに爪楊枝を刺すと、今度は新の口元へ近づけた。


「はい新、あーん」

「お、俺は……」

「いいからいいから! 口開けて!」


 御言に急かされ、新は仕方なく口を開く。

 そこへ御言がたこ焼きを運び入れた。


「あっつ!」


 先程の御言と同じように口元に手を当て、はふはふと口内を冷ます新。

 その姿を見て、御言は楽しそうに笑った。


「あはは! でも美味しいでしょ?」

「確かに美味いけれども……」


 まだ残る熱さに顔をしかめる新を見て、御言はくすくすと笑う。

 それから、ふと思い出したように新の顔を覗き込んだ。


「ねぇ、新」

「ん?」

「明日はさ、一緒にいようね」

「明日?」

「ほら、この前言ってたでしょ? 瑞穂祭で一緒に回れなかった分、埋め合わせするって」

「まぁ確かに」


 そう答えた新に、御言はすっと顔を近づけた。


「とびっきりに可愛くなった私とのデート。期待しててね」

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