祭りに向けて
祭りが行われるのは、瑞穂学園から東に徒歩十分程度の距離にある、稲荷ヶ丘神社。
普段は静かな境内も、この時期ばかりは別だ。
参道には祭り提灯が並び始め、境内では氏子や町の人達が慌ただしく準備に追われていた。
その中には新と智也の姿もあった。
「新、そっちもうちょい上げてくれ」
「このくらいか?」
「おう、そのまま!」
祭り提灯を吊るすため、二人は境内の端で紐を張っていた。
毎年祭りの手伝いに参加している新にとっては慣れた作業だ。
その少し離れた場所では、御言が境内を見渡していた。
「……ふふ」
不意に聞こえた御言の笑い声に、新は手を止めた。
「御言? どうした?」
「いや~楽しみだなって」
御言がそう答えると、智也がタオルで汗を拭いながら口を開いた。
「御言ちゃん、稲守祭は初めてなのか?」
「ううん。お祭り自体は第一回から見てる……はっ!」
「ば、馬鹿っ!」
口を滑らせた御言は慌てて口を塞ぎ、新も思わず声を上げる。
しかし、智也の耳には届いてしまっていた。
「第一回? 今年で九十九回目だよな?」
「えっ? あー……その……」
御言の視線が宙を彷徨う。
どう誤魔化すべきか答えが見つからないらしい。
しかし助け船は思わぬところから現れた。
「……あっ!」
突如智也の視線が、御言の後方へ向けられる。
その視線を新と御言が辿ると、境内の一角で二十人近い女性達が列を作っていた。
中には、叶と紬の姿もある。
二人は周囲の者達に合わせ、ゆっくりと腕を伸ばし、足を運んでいく。
祭り当日に奉納する舞の練習をしているようだった。
「つ、紬ちゃん!」
智也の声が裏返る。
先程の御言の失言を誤魔化す好機とばかりに、新はすかさず口を開いた。
「紬も今年からようやく参加だ。ずっと憧れてたから、気合入ってるよ」
「俺も……俺もずっと楽しみだった!」
智也の瞳は既に潤んでいた。
「いやぁ~初めての参加なのに、上手だなぁ……」
「小さい時からずっと見てきたからな。ある程度振り付けは頭に入ってるんだろう」
「俺、本番のあの綺麗な衣装で紬ちゃんの舞を見たら、心臓止まる気がする」
新が苦笑すると、次にその視線が捉えたのは叶だった。
周囲に合わせて一歩踏み出し、滑らかに腕を広げる。
長い藍色の髪が動きに合わせて揺れ、夏の日差しを受けて微かに艶めいていた。
「叶ちゃんは、ほんと何をやっても絵になるよなぁ」
「去年は練習の時点でガチガチだったけど、今年は少し余裕もできたんだろうな」
新が何気なく答えると、今度は御言が尋ねた。
「ねえ新? 奉納舞に出られる人は九人だよね? でも、あそこには二十人くらいいない?」
「あれはまだ志願者全員で練習しているだけ。あの中から選抜された者が本番の舞台に上がれるんだ」
「へー知らなかった!」
新の説明を聞き、御言は改めて舞の練習へ目を向けた。
「へぇ~……じゃあ、叶と紬もまだ出られるって決まったわけじゃないんだ」
「まぁ俺が思うに大丈夫だとは思うけどな。叶は去年初参加で選抜されたし、紬だって今の時点でかなりのもんだ」
新の言葉に力強く反応したのは、智也だった。
「当たり前だろ! 紬ちゃんが選ばれないわけない! 選ばれなかったら稲守祭は今年で最後になる」
「お前は何をする気だよ」
物騒な発言に、新が呆れた視線を向ける。
しかし智也は至って真剣だった。
「そ、そうだ新……実は聞きたい事があるんだけどさ」
「なんだ?」
「稲守祭当日、少しでもいいから紬ちゃんに会える時間ないかな?」
「……まさかお前、告るのか?」
「ちげーよ! いや、正確にはまだというか……ともかく! せっかくの稲守祭だし、今年は紬ちゃんもより一層頑張ってるじゃん? 俺もいい加減勇気を出してというか……」
「図体はでかいくせに、紬のこととなると繊細になるよなお前」
「普段はがさつだって言いたいのかよ」
智也が新を睨むと、やり取りを眺めていた御言が小さく吹き出した。
「智也は本当に紬が好きなんだね」
「ま、まぁな……」
恥ずかしそうに頬を掻いた智也は新へ向き直った。
「それでどうなんだよ新」
「時間ならたぶん作れると思うぞ。ただ、すでにスケジュールが埋まってたら諦めろよ」
「わ、分かってるって!」
「頑張ってね、智也」
「お、おう!」
御言の声援を受け、智也はもう一度だけ紬へ視線を向ける。
その横で新は小さく笑うと、再び提灯の紐へ手を伸ばした。




