火照った身体に宿る影
瑞穂祭二日目。
初日と変わらない忙しさがひと段落した午前の部と午後の部の合間の休憩時間。
午前中、クラスの代表として瑞穂祭の一般来場者受付に駆り出されていた新は、野外の出店で購入した大量の飲み物が入った袋を片手に、二年一組の教室へ戻る。
廊下を埋めていた長い列は消え、教室内では午前に店を回したクラスメイト達がぐったりしていた。
「みんなお疲れ。これ、差し入れ」
新が飲み物の入った袋を差し出すと、クラスが湧いた。
「うぉー! 藤宮最高!」
「喉カラカラだったから助かるー!」
「私、オレンジジュース!」
たちまち袋の周囲に人が集まり、飲み物が次々と持っていかれる。
「新!」
その人混みを掻き分けるように、智也が駆け寄ってきた。
「智也! どうした?」
智也は新の肩に腕を回した。
「俺、この後……自由時間なんだけどさ」
「あぁ、知ってる」
「それでその……」
周囲のクラスメイトに聞こえないよう、智也は新に耳打ちをした。
「紬ちゃんは……空いて――」
「あいつは瑞穂祭閉会式までスケジュールびっちりだぞ」
「だよなぁ……紬ちゃん頑張ってたし、せめて本番は楽しめてるといいなぁ……」
大丈夫だ、昨日一緒に回ったときに、人気のないところで、綿あめやりんご飴を両手に頬張るくらいには楽しんでたから。
そこまで話す必要はないと判断し、新は愛想笑いだけを返した。すると智也は「そういえば」と呟き、新をじろりと睨んだ。
「お前、叶ちゃんや御言ちゃんとは回らないのかよ?」
「スケジュールが合わなくてな、二人の自由時間は今日だけ。俺は今日も最終日も、仕事が入ってる」
「来年は絶対に回ってやれよ。表には出さないだろうが、きっと二人とも回りたかったと思うぞ」
「……そうだな、最後の瑞穂祭だもんな」
新がそう言うと、智也は袋からスポーツドリンクを一本抜き取って、一気に半分ほど飲み干した。
「しかし、今回の瑞穂祭の売り上げ一位は貰ったな。愛想のいい叶ちゃんと、客との距離が近い御言ちゃんの存在が大きいな……まぁ御言ちゃんは客と一緒に団子食ってたけど」
「何してんだよ、あいつ」
呆れながら教室内へ目を向ける。
飲み物を受け取ったクラスメイト達が思い思いの場所で休憩する中、一番の功労者である叶と御言が見当たらない。
「それで、二人は?」
「ああ、さっきまでいたんだけどな。なんか叶ちゃんが疲れたみたいで、御言ちゃんと屋上に行ったぞ」
「体調でも悪いのか?」
「そこまではわからないけど……」
新は「そうか」と軽い相槌を打つ。
そして袋から二本のスポーツドリンクを取り出し、残りを智也へ渡した。
「ちょっと行ってくる。午後の部が始まるまでには戻るよ」
「おう」
新は飲み物を持って屋上へ向かった。
四階建ての校舎のうち、二年生のエリアは三階。
階段を上がり、四階より更に上、屋上へ続く踊り場へ差しかかる。
扉を開くと、屋上の縁に置かれたベンチに和服を着た二人組が座っていた。
彼女達は同時に新に気がつく。
先に口を開いたのは御言だった。
「新、どうしたの?」
「智也にここにいるって聞いてな」
新は両手に持ったスポーツドリンクを、顔の横まで軽く掲げてみせた。
「二人とも、お疲れ様」
そう言って飲み物を二人に差し出す。
「わぁ! ありがと新!」
「ありがと」
スポーツドリンクを受け取った二人のうち、顔を輝かせた御言がそれを頬に当てた。
「はぁ……ちべたい」
気持ちよさそうに目を細める御言の隣で、叶は受け取ったスポーツドリンクをぼんやりと見つめていた。
「叶?」
新の声に、一拍遅れてから叶は顔を上げた。
「……え? あぁ、ごめんね!」
「随分疲れてるみたいだな」
「うん……ちょっとだけね。でも大丈夫! まだまだいけるよ!」
叶は元気を証明するように、胸の前で拳を握ってみせる。
しかしそれが虚勢だと、新にはすぐわかったが、問いかける前に御言が口を挟んだ。
「大丈夫じゃないでしょ。昨日の午後から様子がおかしいし、何を聞いても大丈夫としか言わないんだよ」
「御言は心配しすぎなの。ずっと忙しかったんだから、疲れるのは普通でしょ?」
平然を装う叶を、御言はじっと見つめた。
「……叶、私に話せないこと?」
責めるような声ではない。
ただ御言は、少し寂しそうな表情を浮かべる。
叶は慌てて、手をぶんぶんと振った。
「違うよ御言! 御言に話せないとか、そういうわけじゃなくて……」
言葉に詰まった叶は、再び視線を下げた。
「……私自身の問題なの」
「叶自身の問題……?」
新が聞き返すと、叶はそれ以上答えず立ち上がった。
「そろそろ戻ろう? 午後の準備もしなくちゃ」
「叶――」
「本当に大丈夫だから」
新の言葉を遮り、叶は屋上の扉へ向かう。
その背中を、御言と新は心配そうに見つめていた。




