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大盛況の理由は?


「次の組入れていいよー!」


 開店からまだ一時間も経っていない。

 それなのに叶達、二年一組の和風喫茶の前には、すでに長い列ができていた。


「二名様、ご案内しまーす!」


 注文を取り、提供をして、会計へ案内する。

 単純な作業だが、目が回るほど忙しい。

 それに衣装の和服が足の稼働域を狭めていて動きづらい。


「柚木さん、これ四番テーブル!」

「うん!」


 それでも、休む間もなく叶は店内を駆け回る。

 予想以上の来客に、クラスメイト全員は嬉しい悲鳴を上げている。


「これ、私達ぶっちぎりで売り上げ一位じゃない?」

「浮かれるのは後! はいこれ、三番テーブル!」

「バックヤードの男子! 提供する順番、気を付けてね!」


 瑞穂祭はそこらの高校の文化祭とは違う。

 これを目当てに、他の街からわざわざ足を運ぶ人もいるくらいの一大イベントだ。


 だが、それを踏まえてもこの混みようは異常だ。


 ただ、理由はすぐに察しがついた。


「あの銀髪の子、すごく可愛くない?」

「青い髪の子も美人だよな」

「二人とも和服似合いすぎでしょ」


 すれ違いざま、そんな声が聞こえてくる。

 客のほとんどから向けられる視線と目を合わせないように、叶は仕事をこなす。

 

 どうやら御言と自分が、和風喫茶の看板娘として扱われているらしい。


「あっ! 稲荷坂さん摘み食いしてる!」


 一緒にホールを回っていた女子生徒が御言を指差すと、御言は慌てて口を塞いだ。

 

「してないよ!」

「口の中でモゴモゴしてるのはなに!」

「ちょっと味見を……」

「それを摘み食いって言うの! ていうか、摘み食いにしては食べ過ぎじゃない!? もう、お団子無いじゃない! 家庭科室行ってストック取ってきて! じゃないと、お昼ご飯に作った稲荷寿司没収だよ!」

「わわわっ! ごめんなさーい!」


 台本でもあったようなやり取りで、御言は教室を飛び出して行った。


「全くもう……御言ったら」


 叶が苦笑いを浮かべた時だった。

 

「ねぇそこの青髪の子! ちょっと来てよ!」

 

 背後に近い位置から、誰かが叶を呼んだ。

 振り返った先には、水だけが置かれた客席に座った二人組の若い男が叶に手招きをしていた。


「は、はい!」


 注文かと思い、数歩の距離でも叶は早足で男達のもとへ向かった。


「お伺いします!」

「あ、注文とかじゃないんだけどさ、君が凄く可愛くて声かけちゃった」

「このあと時間ある? 文化祭終わったら、ご飯でもどう?」


 あー、今か。


 幼い頃から整った容姿を持った叶にとって、これが初めてのナンパではない。

 だからこそ、相手を刺激しない断り方も知っている。


「すみません。今は業務中ですので、そういうのは……」


 叶は営業用の笑顔を崩さず、軽く頭を下げた。


「じゃあ、終わるまで待ってるよ」

「連絡先だけでも教えてくれない?」


 しかし、二人は引く様子を見せない。

 

 い、忙しいのに〜!


 笑顔を保ちつつも、心で叶は叫んだ。

 

「申し訳ありませんが、お断りします」


 今度は少しだけ語気を強める。

 それでも男達は顔を見合わせ、面白がるように笑った。


「そんな固いこと言わないでさ」

「高校生でしょ? 大学生の知り合いいた方が楽しいって」

「いえ、ですから……」

「――申し訳ありません。生徒への過度な干渉は禁止されております」


 突如聞き慣れた声が、叶と男達の間に割って入る。

 声の出所へ視線を向けると、共に校内を見て回っていた紬と新がこちらに歩み寄って来ていた。


「彼女は既にお断りしています。これ以上、営業を妨げるようでしたら、直ちに教師を呼び、ご退場いただくことになりますが、よろしいでしょうか?」

「うわ! 君も可愛いね!」


 忠告は全く届いていないのか、男達の標的が叶から紬に移った。


「どう? 俺達こう見えて結構金持ってるんだ。好きな物買ってあげるから、遊ばない? なんなら街にでも行こうか」

「いえ、結構です」


 紬は微笑んだまま拒絶する。

 しかし男は引かない。


「そう言わずに」

「結構です」

「硬い事言わずに――」

「結構です」


 笑顔のまま三度断る紬。

 それでもなお食い下がろうとする男達に、新が小さく息を吐いた。


「その辺でやめておいた方がいいですよ」

「あ?」


 男の一人が苛立ったように、新へ顔を向けた。


「お前には用はねえよ。それともなに? 文句あんの?」


 男の一人が新に詰め寄る。

 店内は異様な空気に包まれた。


 客もクラスメイト達も手を止め、固唾を呑んで成り行きを見守っている。

 けれど、新は一歩も退かなかった。


「文句というより、忠告しているだけです」

 

 新はそう言って、視線を男から外した。


「あんまり悪目立ちすると、あれが黙っちゃいないので」

「あれ?」

 

 男達が新の視線を辿る。

 そこには、バックヤードから般若のような形相を覗かせた智也が男達を睨んでいた。


「お客さんよぉ……」


 智也はゆっくりと近づいて、新に詰め寄った男のすぐ目の前で止まる。

 ただでさえ体格の良い彼が間近まで迫ると、それだけで相当な威圧感があった。


「あ、えっと……その……」

 

 先ほどまでの勢いを失い、男は後ずさった。

 連れの男も立ち上がり、出口へ向かおうとする。すると智也は二人の間へ割って入り、「逃がさん」と言わんばかりに両腕をそれぞれの肩へ回した。


「そんなに遊び相手が欲しいんなら、俺が遊んでやるよ……」


 ドスの効いた声と共に、智也の腕に力がこもる。


「い、いえ! 結構ですぅ!」

「失礼しましたぁ!」


 二人は慌てて智也の腕から抜け出すと、逃げるように教室を出ていく。

 それを確認した智也は、ようやく般若のような表情を解いた。


「ったく。人が忙しい時に面倒かけやがって」


 張り詰めていた店内の空気も、元に戻っていく。

 叶は胸を撫で下ろすと、新達のもとへ歩み寄った。


「紬ちゃん、新、ありがとう。でも、どうしてここに?」


 叶の問いに紬が答えた。

 

「たまたま近くを通りかかり、覗いてみたら騒ぎになっていたものですから」


 紬がそう言うと、新が肩をすくめた。

 

「ま、俺達が行かなくても智也がなんとかしてくれただろうがな」

「ふふ……確かにMVPは成瀬君だね。ありがと」

「い、いや……べつに……」


 感謝されるとは思っていなかったのか、頬を掻く智也に紬も笑いかけた。


「成瀬先輩、頼もしかったです」

「ひょっ!」


 智也の口から、言葉にならない声が漏れた。


「そ、そそそそんななななこと!」

「どうしたのですか? 成瀬先輩」


 紬が首を傾げると、智也の目から涙が溢れ始めた。


「俺……生きてて良かった……」


 意味のわからないことを言い始めた智也に、新が呆れて溜め息をついた。


「あほ……ほら紬、次行くぞ。外の出店で綿飴食いたいんだろ?」

「お、お兄様……!」


 紬は誤魔化すように、咳払いを一つ挟んだ。


「私とお兄様は後ほど、またお邪魔しますね。今度は客として」

「わかった。お礼にサービスするね」

「まぁ! 楽しみです!」

「紬、あまり食い過ぎるなよ? 太――」

「お兄様、今日は口が軽すぎではありませんか?」


 口角は上げつつも、目が全く笑っていない紬の迫力に、新は口を閉ざす。

 紬は叶達に向き直り、頭を下げた。


「では叶お姉様、成瀬先輩、また後程」


 新と紬が、教室を出ていく。

 

 紬が新になにかを言って笑っている。その姿に、叶が羨ましさを感じた時だった。

 

「柚木さーん! ご案内おねがーい!」


 受付から叶を呼ぶ声が聞こえた。

 

「はーい!」


 返事をして叶は受付に向かう。

 そして次の客に、浅い会釈をした。


「お待たせしました。こちらへ――」

「ずいぶん楽しそうね」


 言葉が遮られ、叶から笑顔が消える。

 目の前にいたのは、背中まで伸びた茶髪を緩く巻いた女だ。


 彼女は敵意の籠った瞳で、ただ真っ直ぐ、叶を見据えていた。

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