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狐の恩返しは余命宣告でした【テーマソングMV公開中】  作者: Echo&Ink
二度目の高校生活。ただし狐付き
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名は御言


 視界は再び真っ暗な空間へと戻る。

 雨が屋根を叩く音は消えた。


 けれど新の耳には、まだ残っている。

 返して、と叫ぶ紬の声が。 


 何もない暗闇の中で、ただ拳を握りしめる。

 新の目の前には、獣耳の女が立っていた。


「嫌なものを見せたね。でも、まだ序の口なんだから」

「どういうことだ?」


 獣耳の女は俯く。

 金色の瞳は悲しげに見えた。


「……あの翌日、紬が自ら命を絶ったよ」

「……は?」


 意味が、分からなかった。いや……正確には耳には入ったが、新の頭がそれを理解することを拒んでいた。


「な、なに……言ってんだよ」


 言葉を探すように獣耳の女は顔を上げない。

 その沈黙が、何よりも答えだった。


「冗談言うなよ」

「冗談なんかじゃないよ……それにそれだけじゃない」


 獣耳の女は、一度深呼吸を挟んだ。


「紬のことを知った叶も――」

「ふざけんなっ!」


 新は獣耳の女に掴みかかった。


「そんな嘘、絶対信じないぞ! なにが目的だよ!」

「……そうだよね、信じられないよね」


 獣耳の彼女は指を鳴らす。


「ごめんね、こんなことはしたくないけど」


 暗闇にひびが入り、空間は再び新たな映像に切り替わっていく。

 そこは自分の部屋だった。


 命を落とす前日に読みかけていた本が机に置かれている。

 それが皮肉にも現実味を増す。


 だが、そんなことはどうでもいい。


 部屋には紬がいた。

 喪服姿のまま、靴も脱がずに床に膝をつき、ベッドに縋りつくように伏している。


 最初は眠っているのかと思った。

 けれど、すぐにそうではないことに気がつく。

 紬の首元から広がり、シーツだけではなく床までも染めた赫が教えてくれた。


「な……んで……」


 紬は左手で真っ赤なシーツを握りしめている。

 膝元には、見慣れた包丁が落ちていた。

 いつも紬が料理を作る時に使っていたものだ。

 刃先にはシーツと同じ赫がついている。


「紬……紬……」


 呼んでも返事などあるわけない。新の言葉が届いたとしても。

 紬の顔はあまりにも安らかだ。

 色が抜けた肌で、目を開いたまま淡く微笑んでいた。


 枕元に赫を半分吸った小さな紙が置かれている。

 ふと、そこに書かれた文字が目に入った。


『許してください。お兄ちゃんの傍にいたいのです。お兄ちゃんの香りに包まれながら、紬は逝って参ります』


 死んでいるはずなのに、眩暈がした。

 足に力が入らず、新の膝が床を打つ。


「どうして……紬……どうして……」

 

 伸ばした手は、紬に触れることなく空を掻く。

 だから、温もりが残っているのかもわからない。


 そんな新の様子を見ていた獣耳の女が口を開いた。


「次、いくよ」


 獣耳の女が、また指を鳴らす。

 次は学校の屋上だった。

 雨は止み、少し明るくなった灰色の空が広がっている。


 落下防止の対策に張られたフェンス。その向こう側で、藍色の髪が揺れていた。


「叶……叶!」


 力が入らなかった身体が、急に動きだす。

 新が叶の元へ駆け出すと、後ろから獣耳の女に腕を掴まれた。


「もうわかってるでしょ? 君は干渉できない」

「離せ! 黙って見てられるか!」


 そう言いつつも、女の力は考えられない程強く、まるで巨岩に結びつけられたように振りほどけない。

 

「叶! やめろ! 戻ってこい!」


 新の叫びは届かない。

 しかし、フェンスの向こうで、灰色の空を見上げていた叶は答えるように呟いた。


「――ごめんなさい」


 そう言い残して、叶は宙へ一歩踏み出し、消えた。


「やめてくれえええええええぇぇぇぇ!」


 悲鳴交じりの叫びの後、ぐしゃりと鈍い音が確かに聞こえた。


「あ……ああ……」


 新は再び、膝から崩れ落ちる。

 周囲の光景が、また暗闇に戻ると獣耳の女は新の腕を離した。


「ごめんね。こうでもしないと、信じてもらえないだろうから……」

「なんで……なんでこんなことに……」


 新の瞳から涙が零れ始める。

 涙は一粒、また一粒と暗闇の床に弾けては消えていく。


 すると、獣耳の女が新の前でゆっくりと膝を折り、しゃがみ込んだ。


「ねぇ、新……あの二人を助けたい?」


 その言葉に、新は顔を上げた。


「そんなことできるのか!?」


 獣耳の女は「うん」と頷いて立ち上がる。

 すぐに新も立ち上がり、女の肩を掴んだ。


「頼む! 教えてくれ!」


 女は新の胸に手を当てた。


「これから新を二年生の春へ戻す。そして過去をやり直すの」

「そ、そんな事できるのか!?」

「できるよ」


 女は新の胸に当てていた手を、今度は自分の胸に当てた。


「私は神様だから」

「か、神?」


 女が「そう」と言うと、その背からは先程まで無かったものがゆらりと現れる。

 

 それは尾だった。暖かな麦色の毛並みをしていて、先だけが晴天に浮かぶ雲のように白い。


「その尻尾……狐?」

「そう、私は狐。九尾を母に持つ神なの。私の全霊力を使って新を過去に送ってあげる。そしてやり直して、この悲惨な未来を変えるの」

「なら早く俺を――」

「その代わり、条件がある」

「条件?」

「そう。歴史を変えるんだよ? なんの代償もなくできるわけがないでしょ」


 女の背後で、狐の尾がゆらりと揺れる。


「今言った通り、新は一年前の春からやり直すことができる。でも、一度失った命を完全に取り戻すことはできない」

「……どういう意味だ」

「私の全霊力を使っても、与えられるのは猶予だけなの」


 彼女は指を三本立てた。


「高校三年の夏が終われば、新は消える。余命宣告みたいなものね」

「……夏が終われば、俺は死ぬのか?」

「死ぬというよりは消えるに近いかな。人としての新は、そこで終わり」

「その後は? 俺はどうなる?」

「そう、そこからが契約の条件なの……あのね」


 女の様子が突如変わった。

 金色の瞳が泳ぎ、狐の尾もゆっくりと左右に動いている。


「夏が終わって、君が人の生涯を終えた後、その魂は私が預かる。正確には君の魂をそのまま消滅させないために、私の社に祀るの。人ではなく、神として」


 女はそこで一度、言葉を切った。

 そして、なぜか頬を赤らめる。


「それで……その……」

「なんだよ」

「えっと、新は私の……」


 女は胸元で指先を合わせる。

 狐の耳が、恥ずかしそうにぺたりと倒れた。


「わ、私の夫になってほしいの!」

「……は?」


 言葉の意味をすぐに理解できなかった。


「今、なんて?」

「だから……私の夫に、なってほしい」


 頬を真っ赤に染めたまま、女はちらりと新を見上げた。


「だ、駄目?」

「駄目っていうか……いや、待て待て待て!」


 新は思わず両手を振った。


「話の方向が急すぎるだろ! 二人を助けるとか、過去に戻るとか、残された時間は高三の夏までとか、そういう重い話だったよな!?」

「だから、その後の話をしてるの」

「そうは言ってもだな……いきなり狐の神に婿入りなんて……」


 女はむっと頬を膨らませる。


「そんなに嫌?」

「嫌とか以前に、理解が追いついてない! そもそもなんで見ず知らずの俺と結婚したって、お前にメリット無いだろ!」

「見ず知らず?」


 女は、きょとんと目を丸くした。


「あぁそっか……実は私達、初対面じゃないんだよ?」

「え? 俺に銀髪の知り合いなんていないけど……」

「……まぁかなり幼かったから覚えてないのも無理ないよ」

「そうは言っても……好きでもない奴と結婚するのは、嫌じゃないのか?」

「好きじゃない?」


 獣耳の女は突如新との距離を詰め、額を軽く小突いた。


「なに言ってるの? 私はずっと前から新に首ったけだったよ?」

 

 神様に惚れられるとか……小さい頃の俺はなにしたんだ!?

 

 必死に記憶の引き出しを漁る新をよそに、彼女は腕を組んで続けた。

 

「とにかく、私の夫婦めおととなることが条件! そういうことで契約内容をまとめるね」


 彼女は指を鳴らす。すると、一枚の和紙が宙に現れた。


「新を一年前の春へ戻す。そして三年の夏の終わりに神になって私の夫になる。異論はある?」


 少しの間が二人を包む。

 だが、然程悩むことでもない。

 脳裏に過る、紬と叶の最期を思い出せば、答えは決まっている。


「……わかった。それであの二人が救えるなら、狐の神の婿養子でもなんでもなるよ」

「やったぁ! じゃあ決まり!」


 ぱんっ! と両手を合わせた獣耳の女は顔を輝かせた。

 さっきまで頬を染めていたくせに、今は子供みたいに無邪気に笑っている。

 狐の耳がぴんと立ち、背後の尾は嬉しそうに素早く揺れていた。


「早速、契約を進めるよ! 言っとくけど、これは本当に神聖なものだから「やっぱりなし」は無しね!」


 彼女は指先で、宙を払う。

 すると、二人の間に浮かんでいた和紙が淡く光る。

 表面に墨のような文字がひとりでに浮かぶ。

 全て浮かび上がると、和紙はほどけていくように細い糸となって暗闇の中を舞う。

 やがてそれは二つに分かれ、片方は獣耳の女、もう片方は、新の胸へと飛び込んだ。


「うっ!」


 新は光が吸い込まれていく胸を押さえた。

 熱い。

 しかし、痛みや不快さはない。

 身体の奥、まるで魂そのものに何かを刻まれているような感覚だ。

 光が全て新の中に取り込まれると、その感覚も消えた。


「うん! それじゃあ行くよ! 準備はいい?」


 獣耳の女が両手を広げて、胸の前でパンと合わせた。

 暗闇の足元に、ぽつり、ぽつりと青白い炎が灯っていく。

 それが円を描くように九つ、新と獣耳の女を囲んだ。


「動かないでね! 一世一代の大秘術なんだから!」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

「なに? 集中しないといけないから手短に!」

「君の名前は!?」

「名前?」

「そうだ! 婚約者なんだろ? 名前くらい教えてくれよ!」


 炎はみるみる大きく燃え上がり、色を青から白銀へと変える。

 獣耳の女は胸の前で合わせていた両手をほどき、肩幅ほどに開いて頭上へ掲げた。


 九つの炎は火柱となり、新達を包む。

 目も開けていられない嵐のような風が渦巻く。

 荒れ狂う風と炎の中、彼女は微笑んだ。


「――御言! 私の名前は……御言!」

「御言、ありがとう! 俺、ちゃんと未来を変えるよ! 全部終わったら、また会おう!」


 そう言って、新の視界は白銀の炎だけとなった。


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