瑞穂学園の文化祭
瑞穂学園の高校二年は忙しい。
新学期早々宿泊研修があり、終わればすぐに文化祭の準備が始まる。
通称、瑞穂祭。
年に一度の大イベントに、白い半袖シャツを基調とした涼しげな夏服姿の新達も確かに熱を帯びていた。
「じゃあ二年一組の出し物は和風喫茶で決まり〜」
黒板に書かれた様々な催し物の候補。
その中で和風喫茶の文字を、担任の杉江が丸で囲む。
帰りのホームルームまで長引いた議題が決まったところで、放課後を知らせる鐘が学園中に響いた。
「じゃあ早速明日から準備始めるからなー」
杉江が教室を後にし、生徒達が帰り支度を始める。
新も鞄を机の上に置く。すると、銀髪を揺らしながら御言が近づいてきた。
「新、和風喫茶だよ和風喫茶! 学校に茶屋ができるんだよ!」
御言は興奮を抑えきれない様子で、新の机に両手をついた。
「私、茶を点てるの得意なの! 極上の茶に、もちもちのお団子……あぁ、想像しただけで涎が……」
「言っとくけど、御言はお団子を食べる側じゃなくて、提供する側だからな?」
呆れた様子の新の言葉に、御言の顔に戦慄が走った。
「……そんな殺生な!」
「殺生もなにも、当たり前だろ……」
「せっかく私が極上のお茶を点てるのに、お団子一つ口にできないなんて……」
御言は信じられないとばかりに頭を押さえ、よろよろと後ずさる。
そこに叶の声が加わった。
「大丈夫だよ御言、準備期間の試作品や当日の休憩時間とか食べられる時間はあるから、一緒に食べよ」
「か、叶ぇ!」
御言は感極まった声を上げると、叶の胸へ勢いよく飛び込んだ。
「わっ! ちょ、御言!」
「叶ぇ~叶は神様だぁ~」
神はお前だろ。
心の中でつっこんだ新をよそに、叶は抱き着く御言の肩に優しく手を添えた。
「わ、わかったから……少し離れて」
「あっ、ちょっと待って。丁度いいから、叶の匂いを……あぁ、たまらん」
「前から思ってたけど、そこまで嗅がれると恥ずかしいよ!」
頬を染めた叶が御言を引き剥がそうとする。
しかし御言はびくともしない。それどころか、逃がすまいと叶の胸元へさらに頬を擦り寄せた。
「あ、いたいた〜叶〜」
突如、教室の出入り口からおっとりと間延びした、どこか気だるげな声が聞こえてきた。
呼ばれた叶は入り口へ振り返る。
新と御言もつられて同じ方を見ると、そこにはショートボブの女子生徒がいた。
胸元のリボンはわずかに緩み、眠たげな目元も相まって、全体的にどこか力の抜けた印象を受ける。
「麻ちゃん!」
「うーい、ちょいとお邪魔するよ〜」
叶が呼んだ麻という女子生徒は、手を振りながらゆっくりとこちらへ近づいてくる。
彼女は二年四組、紅林麻。中学と高校一年の時は同じクラスで、叶と親交が深い生徒だ。
「おっ! 君が噂の転校生だねぇ〜」
麻が御言を見るなり、にへらぁっと緩い表情で近づいた。
「私、四組の紅林麻〜よろしくね〜」
「稲荷坂御言だよ。よろしくね麻」
愛想よく返した御言を、麻は品定めでもするように眺めた。
「ふむふむ……君が藤宮君の婚約者かぁ〜噂に違わないどえれぇ美少女だぁ〜」
「えへへ、ありがとう」
「でもごめんねぇ……」
麻は叶の肩に腕を回した。
「私は叶の味方なんだぁ」
「ちょ、ちょっと麻ちゃん!」
叶が赤面して慌てふためいた。
「味方って、御言と叶……なにか競い合ってるのか?」
新の問いかけに御言、叶、麻の三人は時が止まったように固まった。
「……にゃはは……相変わらずだね、藤宮」
「なにが?」
「なにがって……ねぇ、叶?」
「いいから麻ちゃん! 用事があってきたんでしょ!」
「あ、そうだった」
麻は叶の肩に回した腕を離した。
「実は叶にお願いがあって来たんだぁ」
「珍しい。麻ちゃんから私にお願いなんて」
「いやーこれは叶にしかお願いできないことなんだぁ〜」
そう言って麻は、叶に向かって両手を合わせた。
「今年の瑞穂祭、有志ライブでボーカルとして出てくれないかな?」
「……へ?」
一拍置いて、叶は手をぶんぶんと振った。
「む、むむむ無理だよ! ステージに立って歌うなんて!」
「そこを頼むよ〜ほら、藤宮からもなんか言ってくれよ〜」
「お、俺?」
突然話を振られた新が自分を指差す。麻は新の目の前に来てそっと耳打ちをした。
「藤宮から言ってくれたら叶も、断らないと思うからさぁ……」
「そんなこと言っても、無理にやらせることないだろ」
「そこをなんとかぁ〜ボーカルがいなくてほんとに困ってるんだよ〜」
引かない麻に新は溜め息をついて、叶を見た。
「叶、出てみたらどうだ?」
「あ、新まで……私の歌なんか誰も聞かないよ」
叶がそう言うと、麻が叶の目の前まで距離をぐいっと詰めた。
「なーに言ってんの! 叶、めちゃくちゃ歌上手いじゃん!」
「そんなことないよ……」
叶はいまいち乗り気じゃない。
その様子が、新にはどこか引っかかった。
本当に嫌なら叶は、はっきりと「ごめんね」と断る人間だ。
しかし今の叶は、嫌がっているというよりも一歩踏み出す勇気が出ない。興味はある。
新にはそのように見えた。
「叶、俺は見てみたいな」
「新が?」
「あぁ。もし叶が嫌じゃなければ、いいんじゃないか? 俺も、叶の歌声は凄く綺麗だと思うし、御言だって見たいだろ?」
「当たり前じゃない! 最前列で見る!」
「そ、そう言ってもらえるのは嬉しいけど……」
この隙を逃さないと言わんばかりに、麻がにへらぁっと笑った。
「流石藤宮。なぁ叶〜いいだろ?」
少し間が空く。
叶は視線を逸らしたまま、小さく頷いた。
「あ、新と御言がそう言うなら……考えてみようかな……」




