迷子
空がやや夕に暮れ始めた頃、新達は稲守駅前に着く。
駅前は帰宅ラッシュの時間もあってか大勢の人が行き交っていた。
制服姿の学生達。
スーツ姿で足早に歩く会社員。
買い物袋を提げた主婦や、塾へ向かう小学生。
駅前のロータリーにはバスが並び、横断歩道の信号が変わるたびに、人の流れが大きく動いていく。
この中から佐奈の母親を探すのは、骨が折れそうだ。
「佐奈? お母さん、見える?」
御言と手を繋いだ佐奈は人差し指を咥えながら、人混みを見渡した。
「……いた! あそこ!」
佐奈が指差した先には、不安を全面に出した表情を右や左へと動かす青いワンピース姿の女性がいた。
「ママッ!」
佐奈が叫ぶと、青いワンピース姿の女性が弾かれたようにこちらを向いた。
「佐奈!」
ほとんど悲鳴に近い声と共に、女性は人混みをかき分けるように駆け寄ると、その場にしゃがみ込み、飛び込んで来た佐奈を強く抱きしめた。
「どこに行ってたの……! どれだけ探したと思って……!」
「ごめんなさい!」
佐奈は母親の胸に顔を埋める。
母親は何かを言いかけたが、結局それ以上叱ることはせず、娘の小さな背中を、何度も何度も撫でる。
そして立ち上がると、新と御言へ何度も頭を下げた。
「本当にありがとうございます!」
御言は「いえいえ」と笑う。
新は軽く頭を下げる。
心細さが一気に消えたのか、佐奈は母親の手を握りながら、新達に向かって大きく手を振った。
「お兄ちゃん! お姉ちゃん! ありがとう!」
「もう迷子になるなよ」
「うん!」
新の言葉に佐奈は元気よく頷いた。
母親はもう一度だけ深く頭を下げると、佐奈の手をしっかり握ったまま、人混みの中へ歩いていく。
その背中を見送ると、胸の中が温かさで満たされた。
「すぐ見つかってよかったな」
「そだね」
満足そうに微笑む御言に、つられて新の口角も上がる。
「さて、俺達も帰るか」
新が踵を返した時だった。
「……ん?」
新は足を止める。
人混みの向こう。
駅前の植え込みのそばに、一人の女の子が立っていた。
歳は佐奈と同じくらいだろうか。
淡い黄色のワンピースを着て、髪を左右二つに結んでいる。
女の子は胸の前で右手を握りしめ、不安そうに辺りを見回していた。
「なぁ御言、あの子も迷子じゃないか?」
「……新にも見えたんだ」
「そりゃあんだけ不安そうにしてたらな。それにしても薄情だな。誰も声をかけないなんて」
少女のすぐ横を学生達が通り過ぎても、会社員がすれ違っても、誰一人として足を止めようとしない。
まるで、そこに女の子などいないかのように人の流れだけが続いていた。
「御言、あの子も声をかけてみよう」
新が少女へ一歩踏み出した時だ。
「待って!」
背後から新の腕を御言が掴んだ。
「ど、どうしたんだよ?」
「……あの子は普通の人間じゃない」
御言の声は、今まで聞いたことがないほど真剣なものだった。
「何言ってんだよ? どう見たって人間だろ」
「それが厄介なの」
「なんだよそれ……俺、ほっとけねぇよ」
新がそう言うと、御言は目を丸くして、微笑んだ。
「……そだね。じゃあ一緒に行こう? 説明するより、見た方が早いから」
御言が少女の方へ歩き出す。
そのすぐ横を新も続いた。
距離が近づくにつれて、妙な違和感が強くなっていった。
人混みは相変わらず流れている。
けれど誰も、少女にぶつからない。
少女が新達に気づく。
大きな瞳。
不安そうに震える唇。
胸の前で握られた小さな手。
やはり、どう見ても普通の迷子にしか見えない。
「どうしたの?」
御言が声をかける。
少女はか細い声で答えた。
「お母さんが私を置いて帰ってこないの」
「それでここまで探しに来たの?」
少女は「うん」と小さく頷いた。
「一緒に寝ていたはずなのに、起きたらいなくて……」
今にも泣き出しそうな少女に、新は膝をついて目線を合わせた。
「きっと買い物に行ってるんだよ。もしかしたらもう帰って来ているかもしれないよ?」
「ほんと?」
「うん。一度帰ってみよう。俺達が一緒にいてあげるから」
「……わかった」
新は立ち上がり、先程の御言を真似するように少女に手を差し出した。
「お家はどの辺り?」
少女は駅前の通りから外れた細い路地を指差す。
その先には光が届いていない、薄暗い路地があった。
「よし、じゃあ行こうか」
「うん」
新と少女が歩き出す。
その側で御言が静かに続く。
どこか様子のおかしい御言に、新はほんの少し違和感を抱いた。




