恨めたらどれほど楽だったか
玉藻が何故笑ったのか、新はすぐに理解できなかった。
彼女の炎は確かに叶を包んだ。
しかし現に叶は新の腕の中で、何事も無かったかのように息をしている。
「もういいよ。天華、紫苑」
玉藻の言葉に、天華と紫苑が御言から離れる。
天華に押さえられていた御言がすぐに立ち上がり、叶と新に駆け寄った。
「叶! 大丈夫?」
「うん……ちょっと熱かったくらい……」
御言が叶の頬に両手を添えて、エメラルドのような瞳を覗き込む。
叶の言う通り、何事も無かったことを確認すると次に玉藻を見上げた。
「お母さん! どういうこと!?」
「御言、そんな顔で見ないでおくれ」
玉藻の身体がどんどんと縮んでいく。
ほどなくして彼女の姿は巨大な九尾から、着物を着た美女の姿に戻った。
「すまなかったね、三人共……少しふざけただけさ」
玉藻は左手をそっと肩の辺りまで上げる。
何も言わずとも、天華が煙管を手渡す。
受け取った玉藻が煙管を咥えると、御言が声を荒げた。
「お母さん! ちゃんと説明して!」
玉藻はふぅと煙を吐いてから答えた。
「その子の中に隠されてたよ……忌々しい鬼の邪気がね」
「え……えぇ!?」
驚いた御言が叶へ、ばっと振り向く。
叶自身も、何が起きているのかわからない様子で、自分の胸元に手を当てた。
「私の中に……鬼の邪気が?」
「御言が気づかないのも無理ないさ……かなり巧妙に隠されていたが私の目は誤魔化せなかったようだね……柚木叶と言ったね? お前、最近おかしなことはなかったかい?」
「おかしなこと……あっ!」
叶は新と目を合わせる。
新もまた、同様の心当たりがあった。
「ちょっと前に私と新が襲われて……そしたら御言のお守りが守ってくれたんです。その時、嫌な感じがする煙みたいなものが出てて、あれが鬼の邪気だったって御言から教えてもらいました」
「それだね。お前さんの中にもうっすら潜んでたよ」
「う、嘘……」
「安心しな……私の狐火で邪気だけを燃やしてやったよ」
「あ、ありがとうございます!」
叶が頭を下げる。
その隣で新は胸を撫で下ろしたが、少し落ち着いた途端、次に感じたのはほんの僅かな憤りだった。
「でも、それなら最初から説明してくださいよ!」
「そうだよ! 私、本当に叶が死んじゃうと思ったんだから!」
新と御言の言葉に玉藻は悪戯気な笑みを浮かべた。
「それじゃつまらないだろう? まぁ娘の婚約を破棄された母親の意地汚い仕返しだとでも思っておくれ」
その言葉とは裏腹に、玉藻の声には明らかな優しさが込められているように感じる。
御言もそれを理解したのか、呆れたように肩をすくめた。
「もう……意地悪なんだから」
玉藻が口元に手を添えてコンコンと笑う。
御言がたまにする笑い方と同じだ。
「……まったく。あんたたちを恨めたら、どれほど楽だったかねぇ」
玉藻は独り言のように呟くと、新に視線を向けた。
「新坊、その子を不幸にしたら今度こそ焼き殺してやるからね」
「……はい。ありがとうございます」
新も深々と頭を下げる。
その様子を見届けた玉藻は、満足げに煙管を咥えた。
「……幸せになるんだよ」
その言葉に、顔を上げた新と叶は揃って頷く。
傍では御言が、二人の姿を静かに見つめていた。




