炎に包まれた先は
「叶!」
九尾の前に出た叶を新が追う。
「じっとしてな、新坊」
玉藻がきっと睨む。すると今度は叶と新を隔てるように青白い炎が地から燃え上がった。
「ぐっ!」
凄まじい熱風に新は両腕で顔を覆う。
激しく燃え上がる炎を通して、微かに見える叶が振り返った。
「新!」
「小娘……なにか文句があるんだろう?」
玉藻がそう言うと、叶は再び玉藻へ身体を向け、ゆっくりと歩み寄っていく。
エメラルドのような瞳の中を、巨大な九尾の狐が埋め尽くしていく。
ほどなくして、叶の足が止まった。
「……怖いかい?」
頭上から降ってきた問いかけに、叶は玉藻を見据えたまま小さく首を横に振った。
「怖くありません」
「そうかい……それで、なにが言いたい?」
「家族は……仲良くなきゃいけません! よくはわかりませんが、親なら約束を破っちゃだめだと思います!」
思いもよらぬ言葉に、玉藻の眉間に皺が寄った。
「小娘が随分と生意気な口を利くじゃないか」
「生意気なのはわかっています。でも、どうしても伝えたいんです!」
叶は一歩も引かずに言葉を続けた。
「御言が新のことを好きなのは、誰よりもわかってるつもりです! こうして私が原因で、家族同士が揉めてるのは本当に申し訳ないと思っています! それでも……よくわかりませんが……家族で交わした約束があるのなら、それだけは絶対に守るべきだと思いますっ!」
叶の声が境内に響き渡る。
そして彼女は胸元に手を添えて、悲しげに続けた。
「私には……もう、お父さんもお母さんもいません。だから約束を交わすことはできません。ありがとうもごめんなさいも仏壇の前でしか伝えられません」
「では、娘を当て馬にされた妾の腹の虫はどう収める?」
「あなたの望みは……私の命ですか?」
「それはお前次第かもね」
「……わかりました」
叶は胸元に添えていた手をぎゅっと握りしめる。
「それで御言と新を許してくれるなら……私は受け入れます」
「ほぅ……自分の命を失ってもいいと?」
「……私次第なら……死ぬつもりはありません」
叶は炎の向こうにいる新へ再び振り返った。
「やっと……夢が叶ったんだもん」
叶が穏やかに微笑む。
しかし耳を疑った新は、声を張り上げた。
「叶! 何言ってんだ! やめろ!」
叶は答えず、玉藻へ向き直った。
「……お願いします」
覚悟を決めた叶に、玉藻はその巨大な瞳を細めた。
「……いいだろう。見せてもらおうじゃないか」
その言葉と同時に、九本の尾が大きく広がった。
まずい……!
新の背筋に悪寒が走る。
尾の先端に青白い炎が灯り、徐々に膨れ上がっていく。
「叶! 駄目だ! 逃げろっ!」
しかし叶は動かない。
「お母さん! やめてぇぇぇ!」
御言の悲鳴が境内に響き渡る。
——しかし二人の叫びも虚しく、叶の足元から青白い炎が噴き上がり、彼女の身体を包んだ。
「叶ぇぇぇ!」
叫びと共に新は炎の壁へ駆け出す。
理性も打開策もない。
もちろん焼けつくような熱気が肌を襲う。
「やめな、新坊!」
玉藻の声とともに炎の勢いが増し、新は後方へ押し戻された。
「ふざけんな! 叶を返せ!」
喉が張り裂けんばかりに叫ぶ。
叶に好きだと伝えたばかりなのだ。
これから一緒に歩いていこうと約束したばかりなのだ。
こんなところで、失ってたまるか。
「紫苑!」
玉藻が御言を押さえていた二人のうち、紫苑を呼ぶ。
彼女はすぐさま御言から離れ、目にも留まらぬ速さで今度は新を地面に押さえ込んだ。
「ぐっ……は、離せっ!」
「大人しくしなさい……すぐ終わるわ」
「頼むよ紫苑さん……やめろ……やめてくれ……」
この間にも、炎は叶を燃やしている。
新の瞳からは、堪えきれぬ絶望と無力感が雫となって頬を伝う。
そして……紫苑の言っていた通りに、ほどなくして叶を包んでいた炎と新の目の前の炎が消えた。
辺りには静寂が戻る。
新の目に映ったのは信じられない光景だった。
「……叶……」
九尾の前の叶は何事もなかったかのように立っていたのだ。
両足でしっかりと石畳を踏みしめ、服が焼けた様子もなく、露わになった肌にも傷一つ見当たらない。
「叶!」
叫ぶと同時に紫苑が新から離れる。
新は咄嗟に立ち上がり、叶へ駆け出した。
「新!」
振り返った叶を勢いよく抱きしめる。
「よかった……本当によかった……!」
腕の中にいる叶からは温もりも、聞こえてくる呼吸も確かに感じる。
「でも……どうして……」
次に当然の疑問が新の口から出ると、玉藻が高らかに笑い始めた。
「あっはっは! 済まなかったね、三人とも」




