話が違う
「ここが神様の世界……」
神界では新の隣を歩く叶が、辺りを見渡してそう呟く。
以前は稲守祭で賑わっていた通りは、今は人間界と変わらない冷たい風が吹くだけで、他の神の姿は見当たらない。
「別にいいんだよ? 気を使わなくて」
その少し前を歩いていた御言が振り返る。
歩を進めながら、新が小さく首を横に振った。
「そうはいかない。特に俺は筋を通すべきだと思う」
「……そう」
短く返した御言は再び前を向いた。
やがて新達は石段へたどり着く。登れば御言の家族と出会った社へ通ずる道だ。
「この上に御言の家族が?」
石段を見上げた叶が尋ねると、御言が「うん、もう揃ってるはず」と返して石段を登り始める。
そのすぐ後ろを新と叶も続く。
怖いほどに静かな中、石段を登り終えると社がすぐ見える。
前と同じように、空には異様なほど大きな月が辺りを照らしている。
そして社には御言が言った通り、彼女の家族が揃っていた。
「みんなお待たせ」
御言が声をかける。
社の大きな扉の前には、一人の女性が腰を下ろしている。
月明かりを受けて輝く長い白銀の髪に、艶やかな着物。
すらりと伸ばした脚を組み、手にした煙管から細い煙を燻らせている。
御言の母親、玉藻だ。
そこから左右に分かれるように長女の天華、次女の紫苑、四女の小鈴、五女の緋依、六女の月乃、七女の千代、八女の鈴音、そして末っ子の灯が並んでいた。
「御言……家族全員集めて何の用だい?」
玉藻の問いかけに、御言はちらりと新へ視線を向けた。
「……新から話があるんだって」
玉藻は答えない。周りの姉妹達も新を真っ直ぐ見据えていた。
「新……」
隣の叶が不安げな声を漏らす。
新は小さく深呼吸をして、御言の隣まで進んだ。
「お久しぶりです。玉藻さん、そして皆さん。ご存知かもしれませんが、まずは謝らせてください」
声を返す者は誰一人としていない。
その中で新は深々と頭を下げた。
「今回、御言と婚約を結んでおきながら、それを破ることになりました。本当に申し訳ありません!」
言葉の直後、叶も小走りで新の隣へ駆け寄り、同じように頭を下げた。
「ゆ、柚木叶です! 御言の友人で……新の恋人です! この度は……申し訳ありませんでした!」
「……言いたいことはそれだけかい?」
ここでやっと玉藻が口を開く。
身体の芯から底冷えするような、冷たさを感じた。
叶と付き合うにあたって、新には避けては通れない道がある。
それは御言との婚約を破棄したけじめだ。
「……俺は、叶が好きです。幼い頃からずっと一緒にいて、これから先も隣にいてほしいと思っています」
顔を上げた新は、玉藻を真っ直ぐに見据えた。
「もちろん、御言への感謝を忘れたわけじゃありません。御言がいなければ、今こうして生きていることもあり得ませんでした」
玉藻は煙管を口元へ運ぶ。細く吐き出された煙が、冷たい風に流されていった。
「……だからなんだい? 謝れば済むと思ってるわけじゃないだろうね?」
「もちろんです。罰が希望であれば、喜んで受けます」
「そうかい……」
短く答えた玉藻は立ち上がると、煙管を天華に渡した。
「なら、罰として新坊をたぶらかしたその女を貰おうじゃないか」
「なっ!?」
想定外の言葉に新は一歩前に出る。
「ま、待ってください! 叶は関係ありません! 罰なら俺が!」
「黙りな。あんたに選ぶ権利があると思ってるのかい? あんたは私の可愛い娘との約束を反故にしたんだ。その上、別の女と結ばれたいなんて随分と虫のいい話じゃないか」
「そ、それは……」
新は言い返せなかった。
玉藻の言葉は間違っていないからだ。
「お母さん!」
口を挟んで御言が前に出た。
「話が違う! 新と叶は……!」
「黙りな御言。今は私と新坊が話してるんだ……」
御言を一蹴した玉藻の姿が、みるみるうちに変貌していく。
「な、なんだ……!?」
突然、玉藻の全身から白銀の光が溢れ出した。
足元から吹き上がった風が着物の裾を激しく揺らし、艶やかな金の瞳の瞳孔が縦長に変わっていく。
やがて、その頭上から獣の耳が伸び、長い髪が白銀の毛並みへと変わり始めた。
「お母さん! やめて!」
御言が叫ぶ。
玉藻は返事をしないまま姿を変えていく。
身体はみるみると大きくなり、腰元から尾が伸びていった。
尾の数は九本。
気がつけば新達の目の前には社よりも大きな九尾の狐がぐるると唸り声を上げていた。
「娘よ……こちらへ来い。従わなくば恋人を目の前で食い千切ってやる」
九尾となった玉藻の金の瞳が真っ直ぐ叶を射抜く。
もちろん叶はすぐには動けない。すると彼女の前に御言が立った。
「お母さん! 約束したでしょ!? 新と叶には手を出さないで!」
「……御言、私は世界で一番娘が大事なんだ。それは母親として当然だろう?」
「……新、叶! 逃げて!」
御言が両手をパンと鳴らす。
辺りには青白い炎が玉藻達を隔てるように走った。
しかし直後、四女の小鈴が指を鳴らす。御言が隔てた炎は弾けるように消えた。
その一瞬の隙に天華と紫苑が飛び出す。そして御言を掴んで石畳へ押し倒した。
「きゃっ!」
「御言、無駄な力を使うのはやめなさい」
「それが何を意味するか、わかってるでしょ?」
「離して! なんでこんなことするの!?」
御言は必死に身をよじるが、天華と紫苑の手はびくともしない。その二人のうち、天華が痛ましげに眉を寄せた。
「今のあなたじゃ、私達にさえ敵わないのよ」
「そんなの……わかってるよ!」
御言は石畳に頬を押しつけられたまま叫ぶ。
なにが起きているのか、理解できなかった新だが、御言が求めない事態が起きているのは間違いなかった。
「御言!」
自分ができることなんてない。冷静であって、無情な思考が新の足を御言へ進ませてくれない。
そんな時、地面を蹴ったのは隣の叶だった。
「――駄目ぇ!」




