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旧稲守駅


 旧稲守駅は幼い頃、新と一緒に忍び入っては遊んでいた思い出の場所だ。

 錆びついた改札に、埃をかぶった待合室。雑草の生い茂る線路も当時の叶にとっては冒険心をくすぐる特別な場所だった。


 訪れるのは小学生以来。建物周囲の柵の切れ目からホームへ入り、ホームに上がる。

 当時から日に焼けて色褪せていたベンチは、あの頃より一層くすんだ色で残っていた。


「どうしてここに?」


 叶が尋ねると、新はホームから冬草が生い茂る線路を見下ろしたまま答えた。


「俺さ、来年の六月にここで死ぬはずだったんだ」

「え……えぇ! な、なに言ってるの?」


 叶は新の横顔を見つめる。新はいまだ線路を見下ろしたまま答えた。

 

「変なこと言ってごめん。信じられないよな」

 

 確かに昨日までの自分なら、笑って信じようとはしなかったかもしれない。

 けれど、今は違う。

 

「もしかして……御言も関係してるの?」

「知ってるのか!? 御言のこと」

「うん。昨日聞いた……御言が神様ってこと」

「そうか……なら、話は早いな。俺は本来、来年の六月にここで事故に遭って死ぬ運命だった。だけど、御言が時間を巻き戻してくれたんだ」

「御言が……」

「あぁ。俺が死ぬ未来を変えるためにな」

 

 あまりにも突拍子のない話だ。けれど、新がこんな冗談を言うはずがないことくらい、幼い頃から一緒にいる叶にはわかる。

 

「……それで、生き返った俺は来年の夏にみんなの前から消える予定だったんだ」

「え……どうして!? 嫌だっ!」


 叶は思わず新の腕を掴んだ。

 

「来年の夏って……あと半年しかないじゃん! 嫌……行かないで!」

「叶、落ち着いてくれ」

「落ち着けないよ! だって、新がいなくなるなんて……!」

 

 掴んだ腕に力がこもる。

 昨日、新に振られた時でさえ、こんな恐怖は感じなかった。

 新がいなくなる。

 その言葉が頭の中を巡るたびに、胸が締めつけられた。


「……叶。俺は『予定だった』って言ったんだ」


 その言葉に叶は力を緩めた。

 

「それって……もう消えなくていいってこと?」

「あぁ。本来俺は生き返る代わりに御言と本当に婚約してたんだ」


 御言が転校してきた日のことを思い出す。教室で堂々と新の婚約者を名乗った彼女を、当時の自分は恋敵として警戒していた。

 けれど、あれが単なる冗談ではなかったなんて。

 

「……そんな約束をしてたんだね」

「あぁ。でも、御言がその契約を解いてくれた。だからもう、俺がみんなの前からいなくなることはない」

 

 新はそう言って、ようやく表情を緩める。叶も胸を撫で下ろす。

 新を失う心配をしなくていい。

 それがどれほど嬉しいことか、言葉では言い表せない。けれど、一つだけ気になることがあった。

 

「……御言は大丈夫なの?」

「御言?」

「うん。私が言うのはおかしいけど……これじゃ御言が損してるみたいで……可哀想っていうか……」

 

 叶はそこまで言って口をつぐむ。

 御言と新の婚約が解消されて、確かな安堵が胸の内にある。

 しかし、恋敵であると共に御言はかけがえのない親友だ。彼女だけが不幸を被るような現状を手放しで喜べないのも事実だ。

 

「御言……大丈夫かな?」

「……御言には、本当に感謝してる。だからあいつとの約束は絶対に守るつもりだったんだ」

「ならどうして婚約が破棄になったの?」


 新は右頬に触れて答えた。

 

「昨日、叶が走ってどこかへ行ってしまった後さ、智也と御言にぶん殴られたんだよ。『素直になれ』って」

「それってどういうこと?」

「言葉のまんまだよ。俺さ、叶に告白されてやっとわかったんだ」


 新は叶に体を向けた。


「——俺も、叶のことがずっと好きだった」

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