翌朝
誕生日の翌日。
いつものように叶のスマートフォンは午前五時三十分を知らせる。
「ピピピピッ!」と、毎朝叶を目覚めさせる電子音が鳴る中、スマホに伸ばされた手は布団の中からではなかった。
もう、こんな時間か……。
パジャマ姿のまま、椅子に座っていた叶はアラームを止める。右手には新が作ってくれた指輪がはめられたままだ。
身体はこれ以上ないほど疲れている。
なのに眠れなかったのだ。
原因は昨夜の事件のショックではない。
その前のことだ。
叶の視線は棚に飾られたカタバミの押し花へ向けられる。
花言葉を思い出すたびに胸が痛んだ。
「……新……」
ぽつりと呟く声に返事はもちろん返ってこない。
事件の後、新とは話せず何度もスマートフォンを手に持って新とのトーク画面を開いたが、メッセージは送れなかった。
やがてカーテンの隙間から朝日が差し込み、勉強机の上に置かれている新からもらった腕時計を照らしている。
秒針が絶え間なく時を刻んでいる。今日だけは毎日欠かさなかった勉強も、できる気がしない。
……いや、もうする必要だって……。
そこまで考えて叶はぶんぶんと頭を横に振った。
「……換気でもしよ」
空気を入れ替えれば少しはマシになるかも。
そんなことを考えながら、叶は立ち上がりカーテンを開ける。
その時、エメラルドのような瞳に映ったのは、ずっと脳裏から離れてくれない顔だった。
「あ、新!?」
思わず大きな声が出てしまった。
叶の部屋の窓から腕を伸ばせば届きそうで届かない距離。
そこには隣の藤宮家の二階があり、ちょうど向かい合うように新の部屋の窓がある。
そこから新が身を乗り出していたのだ。
「か、叶! うわっ!」
突然カーテンが開いたことに驚いたのか、新の身体がぐらりと前に傾く。
叶は慌てて窓を開けた。
「ちょ、新!」
叶も必死に腕を伸ばす。
しかしそれだけでは新には届かなかった。
「お、おっとっと!」
新は慌てて窓枠を掴み、なんとか身体を支える。
叶もほっと息をついて伸ばしていた腕を引っ込めた。
「……セーフ」
「も、もう! 何してるの!? 危ないよ!」
「い、いや、まさか急にカーテンが開くとは思わなくて……」
「だとしても、どうしたの?」
「いや、実はさ……」
新は頬を人差し指で掻きながら、叶から視線を逸らした。
「昨日あの後話せなかっただろ? だから、その……ちゃんと話しておきたくてさ」
「……だったら窓からじゃなくても、メッセージとかでもよかったのに」
「紬がさ……絶対安静だって言って出してくれないんだよ。俺スタンガンで気絶させられてたし。それにメッセージじゃなくて、直接話をしたかったんだ」
何の話なのかは聞かなくてもわかる。
昨日、叶が告げた想いについてだろう。
……どうしよう。
まだ心の準備なんてできていない。
それに、改めて新の口から答えを聞くのが怖かった。
「……って思ってたんだけど……」
新は言葉を切って、ようやく明るくなってきた空を見上げた。
「叶」
「な、なに?」
「ちょっと歩かないか?」
「私は構わないけど……紬ちゃんに怒られるんじゃ」
「はは、あいつにはちゃんと謝るさ。だからさ、行こうぜ二人で」
二人で……。
やめてよ。そんなこと言われたら、期待しちゃうじゃん。
そう思ったが、口にする勇気はなかった。




