二回目の復唱は
叶が取り調べを終えたころには、すでに日付が変わろうとしていた。
聖夜に起きた事件は青潟綾乃、それにたぶらかされた数人の男達の犯行として処理されるだろう。
状況が状況ということで、パトカーで家に送られた叶が玄関を開ける。すると、家で待っていた御言がすぐに駆け寄り、手を叶の背に回した。
「叶っ!」
「御言、ただいま」
御言の体温を感じると、ふっと張りつめていたものが解けた叶も御言の背に腕を回した。
「大丈夫? どこか変じゃない?」
「うん。私は平気」
「良かった……疲れたでしょ? お茶淹れたけど飲む?」
「……そうだね。いただこうかな」
リビングに向かい、ソファに腰を下ろす。
どっと疲れが押し寄せる。そこに御言が緑茶を淹れた湯呑を差し出した。
「ありがとう」
早速一口飲む。
緑茶の熱が疲労感をじんわりと溶かしていくように全身に広がっていくのを感じると、御言が左隣に腰掛けた。
「散々な日になっちゃったね……」
「……うん。御言と紬ちゃんが助けを呼んでくれて助かった」
「紬が新の位置情報をすぐ特定してくれたおかげだよ」
「……そうなんだ」
叶は湯呑を持ったまま膝の上に置くと、微かに立ち昇る湯気を眺めながら続けた。
「あのね御言、変なこと言ってもいい?」
「いいよ。聞かせて?」
「捕まってた時、胸のあたりがとっても強く光ったの。それで青潟さん達が苦しみ始めて……あれはなんだったんだろうって思ったら、胸ポケットにこれを入れてたの忘れてたんだ」
叶は胸ポケットからあるものを取り出す。
御言から貰ったお守りだった。
「私が作ったお守り……」
「うん、これが光ったら青潟さん達から変な煙みたいなのが出たの」
「……そっか」
短く答えた御言は深呼吸を挟んだ。
「渡した時も言ったけど……そのお守りには特別なまじないをかけてるの。邪気から叶達を守ってくれるように」
「邪気? じゃああれは邪気だったの?」
「そう。人は誰しも邪な感情を持っている。嫉妬、妬み、憎しみ、欲望。あいつらはそこに付け込んで惑わしてくる」
「あいつらって?」
「……鬼よ」
にわかには信じがたい単語を口にした御言の表情は、嘘を言っているようには見えなかった。
同時に叶の脳裏にある記憶が蘇る。
交流研修会の夜、建物が火事になる前に廊下で腰を抜かしていた職員は確かに言っていた。
――『鬼』と。
「もしかしてだけど……交流研修会の時にいたのも……」
「そう。その時と同じ鬼」
「……どうしてわかるの?」
叶が尋ねると、御言の綺麗な銀の髪が目元にかかった。
「私はね……人間じゃないの」
「ど、どういうこと?」
「……見せた方が早いね」
御言は右手を叶の目の前に持ち上げる。
掌は天井の方へ向け、軽く握る。そしてすぐに開くと、その掌の上にはガスコンロのように青白い炎がボッ! と灯った。
「わっ! 火!?」
驚く叶を余所に、御言は視線を下げたまま口を開いた。
「私は神なの。わけあって……これまで新と一緒にいたんだ」
「か、神様!?」
御言は「そう」と言って、炎を握り潰すように消した。
「正確には狐の神様。ほら、こんな感じ」
御言が軽く目を閉じる。
すると、銀色の髪の間から二つの狐耳がぴょこんと現れた。さらに背後からは、ふさふさとした大きな尻尾が伸びてくる。
「えええっ!? み、耳!? 尻尾まで!?」
「うん。今まで黙っててごめんね」
叶はしばらく御言の獣の耳や尾を交互に見つめる。
確かに驚いた。今だって半分くらい夢を見ているような気分だ。
それでも、次に湧いた感情は叶を笑顔にさせた。
「ということは、御言が私達を助けてくれたんだね」
「それは違うよ! そもそも私のせいで叶達が危険な目に……」
そこまで言いかけて、御言は口を閉じた。
獣の耳と尻尾は、力なくソファに垂れ下がっている。
「……どういうこと?」
「鬼が狙っているのは私なの。だから、私と一緒にいる叶や新まで巻き込まれて……」
御言は膝の上で両手を握りしめた。
「交流研修会の時だってそう。私がいなければ、あんなことにはならなかったかもしれない……」
御言の声が震える。
叶はそんな彼女を見つめ、手に持っていたお守りへ視線を向けた。
「それでも、今日これのおかげで助かったのは事実だよ」
叶はお守りを御言の前に差し出した。
「御言が私達を守ろうと思って作ってくれたんでしょ?」
「そうだけど……」
「だったら、やっぱり御言が助けてくれたんだよ」
「でも、叶に怖い思いを……」
「確かに怖かったけど、私こうして御言が淹れてくれたお茶を飲んでホッとしてるよ」
「だ、だけど……」
「もう……御言らしくないなぁ」
叶は湯呑をテーブルに置くと、御言の手をそっと握った。
「御言! 復唱!」
「え、えぇ!?」
どこか覚えのあるやり取りに戸惑う御言の瞳を、叶はまっすぐ見つめた。
「私、稲荷坂御言は悪くない!」
「わ、私、稲荷坂御言は悪くない……」
「むしろ新と叶を助けて感謝してほしいくらい!」
「そ、そんなこと!」
「復唱!」
「……むしろ新と叶を助けて感謝してほしいくらい!」
叶がニコッと笑う。
「うん! 私は本当に感謝してるよ! ありがと御言!」
「……叶」
「だから、もう自分を責めないで。神様でも人間でも、御言は私の大切な親友だよ」
御言は唇をきゅっと結ぶ。
金色の瞳から一筋の涙がこぼれた。
「……ありがとう、叶」
「こちらこそ」
叶が握った手に少しだけ力を込めると、御言は堪えきれなくなったように叶の肩へ額を預けた。




