今更
叶が公園で涙を流している頃、新は人気のない繁華街の裏通りで、一人壁にもたれていた。
表通りから流れてくるクリスマスソングがやけに遠く聞こえる中、脳裏には叶の言葉が渦巻いている。
『大好きでした』
間抜けな話だ。
こんなにも長く、そして近くにいたというのに彼女の気持ちにまったく気づかず、同時に昨夜から感じていた自分の胸のつっかかりの正体もわかってしまった。
全部……今更だ。
新は俯いたまま、拳を握る。
口から僅かに漏れ出る白い息がクリスマスの喧騒へ流れていく。
今日に限って、叶を傷つけてしまった。
勇気を出して想いを伝えた彼女が最も聞きたくなかった言葉を告げ、素敵な思い出になるはずの誕生日を台無しにしてしまったのだ。
でも……これでよかったと思うしかなかった。
御言は自分の気持ちに素直になれと言ってくれたが、こればかりは今の自分には許されない。
叶の想いに応えれば、きっと今よりもっと近くなる。
もっと一緒にいたいと思うようになる。
来年も、その次の年も、隣にいてほしいと願ってしまう。
けれど、新にはその未来がない。
なら、ここで終わらせるしかない。
「……これでいいんだ」
自分に言い聞かせるように呟く。
叶なら、きっといつか自分ではない誰かを好きになれる。
その人と恋をして、結婚して、家族を作って――新には与えられない未来を歩いていける。
それでいい。
それが一番いい。
なのに。
胸の奥が、ひどく痛んだ。
「随分黄昏てんな」
ふと横から声が聞こえた。
新が振り向くと、そこにはトナカイの着ぐるみ姿から頭だけを外した智也がこちらに歩いて来ていた。
「智也」
「さっき泣きながら走って行く叶ちゃんを見かけたぞ、なにがあった?」
すぐには答えられなかった。
だが、目の前にいるのはただの友人ではない。
昔から馬鹿なことも、くだらない悩みも共有してきた親友だ。
「……叶に告白された」
「そうか」
特に驚く様子もなく、智也は新のすぐ隣で同じように壁にもたれかかった。
「それで、お前はなんて?」
「……叶とは付き合えないって……言った」
「それはどうしてだ? 別に好きな人がいるのか?」
新は小さく首を横に振る。
すると、胸の内にあった痛みが逃げ場を求めるように喉をせり上がった。
「最近、叶のことばかり考えてた。智也には前に叶が初恋でもすれば、俺がいなくても平気になるって言ったよな?」
智也は返事をしない。
耳に届いているのかどうかを確認することもなく、新は続けた。
「でも、いざ叶が他の男と一緒にいるところを想像するとかなりモヤモヤしてさ。それで叶に好きだと言われてやっと気づいた――俺……叶が好きだったんだ」
言った瞬間、目頭が熱くなった。
同時に更なる痛みが胸に押し寄せ、新が口元を歪ませていると、智也が口を開いた。
「……だったらなんで振ったんだよ」
「詳しくは言えない。でも、俺は近い未来、叶を絶対に傷つける……それがわかってて――」
――ゴッ!
言葉を紡いでいた刹那だ。
新の右頬に鈍く、重い衝撃が走った。
「ぐあっ!」
突然のことに新は尻もちをつく。
なにがなんだかわからずに右頬を押さえて顔を上げる。
左手を振り抜いたままの姿勢の智也が、怒りを前面にだした表情で新を見下ろしていた。
「ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ! なにが傷つけるだ! かっこつけてんじゃねぇぞ!」
「な、なにすんだよ!」
「お前がどんな事情抱えてるのか、俺にはわかんねぇよ! 近い未来に何があるのかも知らねぇ! でもな、それと叶ちゃんを泣かせていいかどうかは別だろうが!」
「俺だって泣かせたかったわけじゃない! ただ叶を守りたいだけなんだ!」
「守りたい? お前が守りたいのは……」
智也は新の襟を掴んで、引き寄せた。
「自分じゃねぇか!」
言葉を叩きつけられ、新は口を閉ざす。
なにも言い返せなかった。
「傷つけるから付き合えない? 叶ちゃんのために離れる? そんなの全部、お前の都合じゃねぇか!」
「違う! 俺は叶に幸せになってほしいから――」
「その幸せを決めるのは叶ちゃんだろ!」
「傷つけることがわかってて、一緒にいるのは間違ってるだろ!」
新も智也の襟を掴み返す。
しかし新よりも大柄で筋肉質の智也の身体を、僅かに揺らしただけだった。
「お前になにがわかんだよ!」
「お前の事情なんて興味ねぇ! ただな、叶ちゃんがどれだけお前を大切に思ってるかは……少なくとも今のお前よりわかるぞ! それにな!」
智也は鼻先が触れ合う程、新に顔を近づけた。
「未来で傷つけるのが怖いからって、今幸せにできる可能性まで捨てんなよ!」
――新の中で必死に積み上げてきたものが音を立てて崩れた。
叶のため。
そう言い聞かせて、押し殺してきた気持ちが一気に溢れ出し、智也の襟を掴んでいた手から力が抜けた。
「……俺」
熱くなった目元を隠すように俯く。
「叶と……一緒にいたい」
それが、どうしようもなく単純な本音だった。




