私、伝えたの
「紬……大丈夫?」
新と叶をこっそりと尾行していた御言は、紬を背負いながら藤宮家への道を進んでいた。
「まったく、ああなるのは想像できたでしょ?」
「うーん……うぅ……」
魘される紬に御言は苦笑いを浮かべる。
こうなった理由は至ってシンプル。幸せそうにデートする新と叶の姿に耐えきれなくなった紬は、突如電源が落ちたロボットのように倒れたのだ。
「お兄様が……お兄様が指輪を作って……叶お姉様と腕を組んで……私が行きたかったレストランへ……はっ!」
意識を取り戻した紬は、背負われたまま辺りをキョロキョロと見回した。
「こ、ここは!?」
「気がついた? 今帰ってる途中」
「帰ってる?」
紬は数秒ほど瞬きを繰り返す。
それも束の間、彼女は背負われたまま足をバタつかせた。
「御言お姉様! 戻りましょう!」
「え、え!?」
「まだお兄様たちのデートは終わっていません! この後何が起きるかわかりません! お兄様は鈍感ですが、立派な男性です! 何かの拍子で聖なる夜を性なる夜へ……ぐふっ!」
「紬、やめよ? 自分で自分を追い詰めるの」
「だ、大丈夫です……。それにもう歩けます……助かりました」
御言は半信半疑ながらも足を止め、その場にしゃがんで紬を下ろす。
地面に足をつけた紬はコートの裾を整えると、御言の隣に並んだ。
「帰ったらお兄様と叶お姉様から事細かに聞く必要がありますね」
「それは私も気になるかも」
そう言って御言は目を細める。
次会った時、二人の関係はきっと変わっているだろう。
受け入れる覚悟はできている。
——そう、それこそが……。
「あら?」
不意に紬が声を漏らす。
その視線は、道路を挟んだ先にある小さな公園へ向けられていた。
「どうしたの?」
御言も足を止め、紬の視線を追う。
明かりがぼんやりと灯る公園。
遊具の向こう、通りから少し離れたベンチに一人の女性が座っていた。
「う……ひっぐ……」
彼女は泣いていた。それが誰なのか、御言はすぐに理解する。
今日時間をかけて巻いた特徴的な藍色の髪が、すぐに教えてくれたからだ。
「か、叶!?」
「叶お姉様!」
すぐさま二人は叶に駆け寄る。
コートの袖口で涙を拭い続ける彼女にまずは御言が尋ねた。
「何があったの!?」
「み、御言? 紬ちゃん?」
近くまで来てようやく二人に気づいた叶は、更に涙を溢れさせた。
「うぅ……うぅぅ……」
「何があったの叶! 新は!?」
「……駄目だった」
そう言って叶は涙を拭い続ける。
右手の薬指には指輪、左手首の腕時計が灯りを淡く反射させていた。
「私、新に好きって伝えたの……でも、『叶とは付き合えない』って……言われちゃった……」
口にすると、余計に辛くなったのだろう。
叶は、子供のように激しく泣きじゃくった。
「嫌だよぉ……私、耐えられないよぉ! 新のそばにいたいよぉ!」
「叶お姉様……」
先程二人を見て倒れるほど嫉妬していた紬だが、今は眉を下げて叶の目の前でしゃがみ込んだ。
「う……ひっぐ……うぅぅぅ」
叶の涙は止まらない。
その様子を、黙って見つめていた御言は身体の脇に下ろしていた手を静かに拳に変えた。
「――馬鹿」
小さく呟いて、御言は走り出す。
「御言お姉様!」
紬の声を背に受けつつも、御言は足を止めずに公園を飛び出した。




