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言葉は思ってもいないときにでるもの


「いやーほんとにいい店だったな」


 レストランを後にした叶の隣で、上機嫌な新が息を吐く。

 しかし帰路を進む足元を見下ろす叶の胸の内では、寂しさと焦りがせめぎ合っていた。


 どうしよう……結局告白できてない。


 もう少し歩けば、綺麗なイルミネーションに彩られた繁華街を抜けてしまう。

 それまでに喉から一向に上がってこない言葉を、新に伝えなければならない。


 したことはないけど、告白するなら場の雰囲気も大切だよね……よ、よし!


 叶が息を吸う。その時、新が立ち止まった。


「あっ!」

「わっ! どうしたの!?」

「智也のところでケーキ買うの忘れてた」

「あ……」


 叶もすっかり忘れていた。

 昼間、智也と別れる際に、帰りにもう一度店へ寄ると約束していたのだ。


「まだ店開いてるよな?」

「うん。たぶん大丈夫だと思う」

「じゃあ戻るか」


 新が来た道へ身体を向ける。


「う、うん……」


 叶もその背中を追って歩き出した。

 また言えなかった。


 せっかく覚悟を決めたのに、吸い込んだ息は行き場をなくして、そのまま小さく吐き出される。

 けれど、まだ終わったわけじゃない。


 ケーキを買って店を出たら、言おう。

 おかしなタイミングだけど、それでも今日だけは絶対に伝えるんだ。


 そう自分に言い聞かせながら歩くこと数分。

 二人は昼間にも訪れた智也の店へと戻ってくる。


 閉店間際だというのに、限界まで安くなったケーキを求める者達の群れができていた。

 その中で、忙しなく働くトナカイの着ぐるみの姿も見える。

 中の人物が交代していなければ智也だろう。


「凄い人だな……叶、ちょっと行ってくるから待っててくれ」

「うん、気をつけてね」


 新が人混みに紛れていく。その背中を見送った叶は首元のマフラーを引き寄せる。

 右手の薬指の指輪と左の手首の腕時計の文字盤がイルミネーションの光を淡く反射させていた。

 

 ……絶対、今日言うんだから。


 決意を固め直した、その時だった。


「あれっ!? 君って!」


 突然視界の外から声をかけられる。

 叶が反射的に振り向くと、そこには四人組の若い男性がいた。


「久しぶり! なにしてんの?」


 親しげに声をかけてくる男性を前に、叶は目を瞬かせた。


 誰だろう。

 顔を見ても、まったく覚えがない。

 

 叶が困惑していると、隣にいた男が声をかけた男を肘で小突いた。


「おい、覚えられてねえじゃん」

「嘘~! 瑞穂祭で会ったじゃん!」

「瑞穂祭……?」


 そう言われ、叶は記憶を辿る。


 今年の文化祭。

 クラスの和風喫茶に、ライブ。

 

「あっ!」


 ようやく思い出した。

 四人のうち二人は叶をナンパしてきた男達だ。


「思い出した? 相変わらず可愛いね!」


 ……えぇ……今ここで?

 

 うんざりとした感情を抑えきれず、叶は苦笑いを浮かべる。

 しかしそんなことは露知らず、男達は叶の顔を覗き込むように顔を近づけた。

 

「うーわまじで激カワじゃん」

「だろ? ねぇ、この後クリスマスパーティーするんだけど君も来なよ」

「ごめんなさい、遠慮しておきます」


 即座に断るが、男達は引かない。

 それどころか更に距離を詰めてきた。


「いいじゃん、今回こそ行こうよ」

「本当に結構です。失礼します」


 叶がその場を離れようとした瞬間、男の一人が腕を掴んだ。


「そんな警戒しなくてもいいって、この前は邪魔が入ったけど今日は諦めないよ」

「は、離してください!」


 振り払おうとするが、思ったより力が強い。

 さっきまでの軽薄な態度とは違う感触に、叶の背筋を冷たいものが走った。


「は、離してったら!」


 もう一度強く腕を引く。

 けれど男の指は緩まない。


「一時間くらいでいいって。せっかくのクリスマスなんだし――」

「嫌だって言ってるでしょ!」


 思わず声を荒らげた。

 周囲を歩いていた何人かがこちらへ視線を向ける。

 それでも男達は気にした様子もなく、叶の腕を引き寄せようとした。


「いいから来いよ」

「やだ! 行かない!」

「来いって!」


 腕を引かれ、叶の身体がよろめいた次の瞬間、男の手首が横から掴まれた。

 手の主は新だった。


「新……」


 叶の言葉には答えず、新は叶の腕を掴む男を睨みつけている。

 その眼光は今まで見たどれよりも鋭く、恐ろしささえ感じた。

 

「彼氏持ちかよ。だったら最初からそう言えって話だろ。こっちは知らなかったんだから――」

「それがなんだよ? 彼氏がいるとか、いないとか……そんなの関係ねえだろ」

「はぁ? テメェがこの子を一人に……いてっ! いてててて!」


 言葉を途中で途切れさせた男の表情が歪む。

 新が掴んだ手首に、力を込めたのだ。


「い、痛えって! 離せよ!」

「先にお前が叶を離せ」

「わかった! わかったから!」


 言葉の通りに男は叶を離す。

 それを確認してから、新も掴んでいた手首を離した。


「チッ……行こうぜ」

「なんなんだよ、マジで……」


 周囲から集まる視線も相まって居心地が悪くなったのか、男達は悪態を吐きながら人混みの中へ消えていった。


 叶はその背中が見えなくなるまで見送る。

 怖かった。

 まだ掴まれていた腕に、男の指の感触が残っているような気がする。


「新、ありが――」


 お礼を言おうとした瞬間、右手を強く握られた。


「えっ?」


 そのまま新が歩き出す。


「ちょ、新!? どこ行くの?」


 返事はない。

 叶は新に手を引かれるまま人通りの多い大通りを外れていく。


 少し外れただけで先程まで耳を埋め尽くしていた人々の声も遠ざかり、人気がほとんどない路地のイルミネーションは大通りより寂しく思えた。

 そこをある程度進むと、新は足を止め叶と繋いでいた手を離した。


「あ、新? 大丈夫?」

 

 叶が顔を覗き込もうとした、その瞬間だ。

 

「わっ……!」


 叶は身体を引き寄せられる。

 気づいた時には、新の腕の中にいた。


「あ、新!?」


 頭が真っ白になる。

 頬が新の胸元に触れ、コート越しの体温が伝わってくる。


 何が起きたのかわからない。

 わかるのは、新が自分を抱きしめているということだけ。


「……ごめん」


 耳元で声がした。

 

「せっかくの誕生日なのに……怖い思いさせて、ごめんな」

「新が助けてくれたから大丈夫だよ。気にしないで」

「……なら良かった」


 叶の背中に回された腕に、僅かに力がこもる。


「叶、今言うのもおかしいけど、いつも傍にいてくれてありがとう」

「な、なに急に!」

「自分でもわからない。でも今日、何度も思ったんだ。さっきも叶が連れていかれると思ったら、凄い……むかついたんだ」

「そ、それって……」


 嫉妬?

 そう聞き返す前に、新が叶から身体を離して頬を掻きながら恥ずかしそうに笑った。


「なんか、変だな俺……さぁ帰ろうか」


 新が背を向ける。

 その瞬間、叶は咄嗟にコートの裾を掴んだ。


「ん? どした叶」

「新……昼の話だけど、欲しいものあったら言えって言ってたよね?」

「あ、あぁ。もしかして何かあったのか」


 叶は次にコートを掴んでいた手を離すと、胸の前でぎゅっと握る。

 そして顔を上げて新の目を見た。

 

「私、新の一番が欲しい! ずっと前から——大好きです! 私と付き合ってください!!」

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