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クリスマスデート④


 楽しい時間というものはあっという間に過ぎるものであり、今日だって例外ではない。


 新と様々な店を見て回っているうちに、ただでさえ短い日は暮れ、夜空が稲守市を覆っている。

 栄えた駅前はクリスマスを彩るように、あちこちでイルミネーションが灯っていた。


「もうこんな時間か……」


 新が腕時計を眺める。

 その仕草に叶は寂しさを覚えた。


 ……帰りたくないな。


 今日は本当に幸せだった。

 もちろんこの時間がずっと続くわけじゃないとわかってはいたが、こんなにも満たされた一日はそう無い。

 だからこそ終わってしまうのが無性に惜しいのだ。


 それにだ。

 もっとも大切なことをやり残している。


 まだ、新に告白をしていない。

 改めて想いを伝えることを意識すると、叶の胸がどくんと大きく鳴った。


 絶対に想いを伝える。

 そう覚悟を決めて家を出てきたはずだ。

 今日だって言えるチャンスはいくらでもあった。

 でも、いざ伝えようとしても言葉が喉から上に上がらない。


 ……早く言わないと、終わっちゃう。

 叶が左肩にかけた鞄の紐をきゅっと握った時だった。


「叶、まだ時間大丈夫か?」

「え? うん、大丈夫だけど……」

「良かった。実は夕食に店を予約してるんだ。一緒に行かないか?」

「も、もちろん! それでどこに行くの?」

「ついてからのお楽しみだ」


 そう言って、新は叶の隣へ並ぶと、腕を組ませるように肘を軽く差し出した。


「着くまで目を閉じて俺に掴まっててくれ」

「目を?」

「ああ。せっかくだし、サプライズ的な?」

「……わかった」


 叶は新の腕に自分の腕を絡ませる。

 コート越しでも伝わる温もりに、早まる鼓動を感じながら叶は目を閉じた。


「いいか? 歩くぞ?」

「うん」


 新の声を頼りに、叶はゆっくりと一歩を踏み出した。


 視界を閉ざしているせいか、普段なら気にも留めない音がやけに鮮明に聞こえてくる。

 行き交う人々の話し声に、車の走る音。

 どこかの店先から流れるクリスマスソング。


 その中で叶は新の腕を抱く力を強める。

 不思議なもので、目に見えない方が近くに感じるものだ。


「今から建物に入るぞ。段差あるからな」

「わかった」


 新の言葉通り、慎重に段差を上ると外の喧騒が遠のいた。

 少し空気が変わり、暖房と思われる暖かな空気を肌に感じる。


「エレベーター乗るぞ」

「うん」


 間もなく到着を知らせる電子音が鳴り、新に導かれてエレベーターへ乗り込む。『上へ参ります』という機械的なアナウンスの後、僅かな浮遊感を覚えた。

 視覚的な情報が無いせいか、目的の階に着くまでの時間が異常に長く感じられる。

 だがそれもほどなくして、到着の電子音が再び鳴った。


『三十二階です』


 階層を知らせるアナウンスに叶はぴくりと反応した。


「三十二階?」

「ほら、行くぞ」


 再び歩き出すと、先程までとは周囲の雰囲気が明らかに変わったのを感じた。

 靴音が静かな床へ吸い込まれ、どこからか穏やかな音楽が聞こえてくる。

 ほどなくして、新の「よし」という声が聞こえた。


「叶、目を開けてもいいぞ」


 叶は期待に胸を高鳴らせながら、ゆっくりと瞼を開いた。


「わぁ……!」


 思わず声が漏れた。

 叶のエメラルドのような瞳にまず映ったのは、三十二階の大きな窓から広がる稲守市の夜景だった。

 先ほどまで歩いていた駅前は遥か下。

 建物の灯りや無数のイルミネーション、行き交う車のライトが色とりどりの光となって夜の街を埋め尽くしている。


「凄い……凄い凄い!」


 声を弾ませた叶は店内を見渡す。

 夜景を活かすための落ち着いた照明に、白いクロスの敷かれたテーブル。

 そこでは何組もの客が、夜景を眺めながら思い思いに食事を楽しんでいる。その合間を、正装した店員達が静かな足取りで行き来していた。

 

「ここって、今話題のレストランだよね!?」

「叶、気になってただろ?」

「うん! 来てみたかったの! よく予約できたね!」

 

 そこで叶はようやく正気に戻る。

 ここは最近、稲守市でも話題になっている高層階のレストラン。夜景を一望できることもあって評判は高いが、それと同時に学生が気軽に来られるような値段ではなかったはずだ。


「あ……ここって結構高い店じゃない!? どうしよう、持ち合わせ足りるかな……」

「何言ってんだよ。叶の財布を開かせるわけないだろ」

「でも……今日ほとんど出してもらっちゃってるし、悪いよ」

「ばーか、俺が連れて来たんだぞ? 全部俺の奢りだ……とかっこつけたいんだが」


 新は懐から一枚の細長い紙を取り出した。


「実は、父さんと母さんに助けてもらったんだ」


 新の手にあったのは、この店で使える食事券だった。


「ここのオーナーと知り合いらしくてさ。叶の誕生日に来たいって話したら、予約も取ってくれて、おまけにこれも貰った。だから気にすんな」

「……ありがとう」


 叶が素直に礼を言うと、二人のもとに一人の男性店員が近づいてきた。


「いらっしゃいませ、ご予約はございますか?」

「藤宮です」


 新が答えると、男性店員は予約名簿を確認した。


「お待ちしておりました藤宮様。ご案内いたします」

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