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エンディング

 そうやって、彼は己の結末に到達した。

 騎士として民衆を護り、勇者として魔王を打ち倒し、救世主として栄光を得て。

 ──本当に護りたかったものは何一つとして護れぬままに、世界しか救えなかった騎士となって結末に至った。

 後世──世界神の運営期において、六度目の創世神話の行にはこう記される。



〝六に、天穹に祝福された兵士が愛を喪い、仲間と共に平穏を授ける救世主となった。〟



 来たる七度目の周期。

 緩やかな繁栄と発展。いくつもの文明の興りと滅亡。

 これまでの周期の人類が辿ってきた道を時にはなぞりながら、しかし今期の人々は、長い時をかけて、ある一つの成果(神格)を生み出し、人間最後の一人がその生を終えた。


「吸血鬼が人間の血を最も好むのは、それが歴史と時間の味そのものだからだ」


 神殿。

 石造りに見えつつ、その実、高度な情報体で構築された施設に、白い影があった。

 そこは創世の(やしろ)

 宇宙空間に類似した異次元──これもまた今期の人類が生み出した空間だが──そこに、ぽつんと浮かぶ方舟。

 物理法則を超越した技術で製造されたそこは、宇宙も星も滅び去った終末期に至った現在、世界最後の領域となっていた。


「ではなぜ吸血鬼が不老長寿か分かるか? ──その本質は、単なる生体記録媒体に過ぎないからだ。我──真王アイザックこそは世界が生み出しその始まりの一。血を啜るのは、その時代の進捗具合を参照するための行為に過ぎん。ま、時が経つにつれ、嗜好だとか生態だとかいう誤解が広まっていったのは無理からんことだろうよ」


 この時代まで生き延びた、「不死者」は、歩きながら気まぐれな昔話を語り続ける。

 唯一、耳を傾けている聴衆へ向けて。


「魔王化やレベルシステムは、五の時代の人間どもが残した文明の『副産物』だ。この神殿と同じよ。あれらは六の天穹の時代だけのルールだった。実際、終わってみるとシステム自体が時代遅れで、世界神の周期に入った途端、自動停止しただろう?」


 すなわち、人間は少しずつ、世界のルールにも干渉できるようになっていたということ。

 それに応じて神々も干渉の方法を変え、あらゆる時代に存在してきた。


「全ては次の循環のためだ……我輩の忘れかけていたお役目も、そろそろ完遂といった頃合か。──それで」


 アイザックは足を止める。

 昔を懐かしんでのことか、その衣装はかつて魔王と名乗っていた時代と同じ貴族服だった。存外、経てきた時代の中で最も気に入った一着だったのかもしれない。気まぐれである可能性もあるが。


「貴様はどうするつもりだ。終局にして八つ目の神格──破壊神よ?」


 神殿最奥。

 祭壇のような広々とした空間の突き当たりには、腰まで銀の髪を伸ばした男性がいた。

 白衣を思わせる外套服をまとっており、学者然とした雰囲気がある。年齢は比較的、三十代ほどに見えるが、そこで時が停まったような端麗な容貌だ。


 アイザックに振り返った眼差しは、超越的な(いろ)を宿している。そこにあるのは、人間としての視点ではなかった。


「……創世への下地は整った。後は役目を果たすだけだ……という言葉を求めていないような質問だな、吸血鬼」


 その声音もまた、人ならざる響きを伴うもの。

 全能の座に就いた者特有の超絶した気配。一言一句、一音にさえも概念的な重みが宿り、歴史の浅い存在では、視線を向けられただけで押し潰されるだろう。


「今さら何に着手したところで、我輩は貴様を止める術など持たん。ただ、こうして旧世界最後の観衆となったのなら、それなりに見ごたえのある展開が欲しいと思ったまでよ」


 そうだろう? と観測者は言う。


「予定調和に終結する物語は傑作だ。だが面白いだけの見世物など興ざめだ。演者には劇を支えたぶんの()()()が支払われて然るべきだろう。最後の一筆を記すのは誰だって構わん。だが、その過程に手を入れられるのは、常、舞台に立っている者だけの特権だ」


「……、」


即興(アドリブ)を入れる余地はまだあるのではないか?」


「……空白がまだ残っているとでも?」


「それを創り出すために、貴様はその座を喜んで引き受けたのではなかったのか?」


 観客は、享楽に笑った。


「──アインハルト」


 ……それはとうに意味を持たない名。

 この世界神の周期において、空白よりも無意味な名詞(おと)だ。

 ここにる神格(カレ)にとっても、遥か遠いかつての呼び名の一つに過ぎない。


「……お前に言われるまでもないよ、吸血王」


 目を伏せた彼から発されたのは、なんの神威も感じられないただの言葉。

 すなわち、意味など持たず、世界にとって何の益もない雑音に過ぎない。


「一度でも忘れたことがあったと思うのか。数百年、数千年、幾万年の年月が過ぎても……この()にはある名前が刻まれ、いつも頭の奥で反響していた」


「ふ……そうか。どうやら見くびっていたようだ。ならばとっとと全能の力を振るい、新世界に奴の魂でもなんでも──」


「何を言ってる。このまま新たな世界に踏み出せるわけないだろう」


「……ン?」


 首を傾げるアイザックに、彼は答えてやる。


「彼女の魂はもうこの世界、この時間軸のどこにもいない……神威の加護と三柱の加護を介在して、ようやく異界からの魂をこの世に留められていたんだ。全能神が全能足りえるのは、自分の支配界域だけだ。下手に外の世界へ手を伸ばせば、他の統括者に睨まれる」


「……上位世界もそんな面倒な理に縛られているものなのか? ならばどうやって奴の魂は招かれた?」


「冥府と転生の神格が、途方もない時間をかけて拾い上げたらしい。まさしく奇跡だ。異界の境界にまで迷い込んでくるとなると、向こうでは相当酷い終わりを迎えたんだろうな」


「……となると──」


 ああ、と全能者は頷いた。



「──時を巻いて戻す。そして彼女が神威の加護を失う前に……決着(ケリ)をつける」



 今や時間の遡行も、世界の仕組みも思うがままだ。

 彼が指を弾けば、それだけで新たな理は新生の息吹をあげて興るだろう。しかし、


「……正気か?」


 アイザックは、半目で問い返した。


「そんな手間を取るくらいなら、今の貴様が直接赴けばいいではないか。どうせ新世するのだ、多少の歴史の()()があったところで問題あるまい?」


「その誤差一つで、いくつの世界線に亀裂が走ると思う? 世界神が紡いだいくつもの奇跡を虚無に葬り去ることになりかねない」


 神は、すぐ背後に広がる壁を見上げた。歯車を始め、あらゆる事象の演算を可能とする機械仕掛けの構造物がそこにはあった。

 この時代の知性体が編み上げた成果物。

 それは創世の神へ捧げられし、これまでの歴史を記した編み物だ。


「この領域が安定しているのは、七度と続いた周期の積み重ねの結果だ。ここは全ての終点、万象の終止符。この身が自由に出歩ける唯一の範囲で、新世界の始点となる場所だ」


 構造体の端。そこには注視しなければ気付かないほどの、小さい()()がある。

 もう此方の世界の者では観測することも、見つけ出すこともできない不明の空白。

 だが空白であるからこそ、その構造体は「完全」と見なされた。

 それが今の世界に付け加えられるだろう、『概要』だと。


「それにな、吸血鬼。あの世界、あの時代の彼らや彼女でないといけない絶対的な理由がある」


「……? なんだ、それは?」


「──彼女とは式の一つも挙げてないんだぞ。こんな未練を抱えて創世なんか出来るか」


 その時、確実に、吸血鬼は呆然とした。

 なんて、実に、下らない。


「……は。ハハッ! はははははハハは!! 正気ではない、正気ではないなこの狂神め!! それでこそ我らを統べる神だ、ははははは──」


「こんな神格を選び、造り上げたのはお前たちだ。この世界が出した『結論』に、なにか文句があるか?」


「勝てないカウンターやめろォ!! この世界の住人に言える反対意見などないわっ! もしそれが言える者がいたとしたら──ああ、それこそ異界からの賓客に他ならんなッ!!」


 もはや傍観者は腹を抱えて転げ回りそうな勢いだった。

 終点の手前、どうにか品位だけは保ったようだが。


「しかし、たった一人のためだけに、一周期にやり直し(リトライ)を強制させるとはな……この時代で足掻いた者らは、さぞ無念だろう」


「いや、彼らもここにある『空欄』を気にしていたようだから。終末期の人々の人間性を甘く見ない方がいい。どんな悪人もびっくりするほど聖人だ」


「あぁー……愚かさと天才性が紙一重で両立する人材だらけだったものな。神の貴様にさえも、『同僚』と馴れ馴れしく接していた連中に、そんな配慮は無用か」


 結論は下された。

 吸血鬼の片手の指先が、砕けて灰となり始める。


「……話が終わるなりこれか。貴様、今まで我輩をあえて生かしていたな?」


「『出演料』に一つ開示してやる、真祖の王。記録媒体のお前が死ぬ時、その世界は袋小路に陥っているか、新たな可能性世界へ生まれ変わる時かのどちらかだよ」


「──ハ。ならば此度は、後者であることを願……おう……──」


 それを最後に、観客はいなくなった。

 ここからは神のみぞ知る世界。新たな幕が上がる時だ。


 ♰


……静かだな。

……創世前の時とは、こんなものか。



 だがこんな時も、どこからかいくつもの視線、眼差し、高次からの気配を感じている。

 それらは異界にありながら「目」だけを飛ばせる超越者たちだろうか。観察するような、期待しているような波長もある。どのような形で此方を認識しているかまでは辿りようがないが、いずれにしても、


「黙って見ていろ──」


 手出しできる者も、邪魔だてできる者も、此処にはいない。

 総ての神秘は彼にひれ伏し、全能者として認め、万象を成すだろう。


 時間の遡行。

 それに行使(つか)うのは、時間神の権能だ。


 座標の固定。……運命神。

 記憶の転送。……転生神。

 境界の維持。……冥府神。

 自我の定義。……精霊神。

 存在の証明。……天穹神。

 因果の運営。……世界神。

 そして。



「創世輪廻・破界構築。

 ──Ender:破壊と創(アインス=)世の統括神(デストラクト)



 神命(コマンド)が下される。青の神光が総てを満たす。

 世界は其の降臨と采配を歓迎する。


 時が逆行と再演算を開始した。

 座標が運命を再定義し始める。

 記憶が選別され時空を越える。

 境界が乱れず矛盾を許容する。

 自我が消失せず形は保たれる。

 存在が確立し過去に証明する。

 因果が配置され全て完了した。


 光あれ(Task END.)

 万象は神の御心のままに。


 天穹歴四七四年──

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