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ある騎士の旅路②

(服は……まぁ、動きやすいものでいいか。いつ召集命令がくるか分からないんだし……)


 公爵として相応しい着飾った服か、着慣れた騎士団の制服かで最後まで迷ったが、結局選択したのは制服だった。


 正直、悠然と貴族の格好をするのは慣れない……というより、しっくりこない。

 こうして一介の騎士としての服をまとう方が、性に合う。

 そちらの方が、まだ嘘をついているような感覚が薄いからだろうか。


(……どんな()、なのだろう)


 婚約の話を聞いてから、幾度も巡らせた思いがまた繰り返される。

 ほんものの貴族の、伯爵令嬢。

 偶然と仮初でこの地位にいる己とは違う、別世界の住人。

 三柱の神々からの寵愛を受けた聖女──そんな相手の婚約相手どころか、果たして話し相手の役さえ務まるのか。


 様々な不安を抱えつつも、騎士制服という鎧はどんな困難にも立ち向かわせる勇気をくれる。一つ、深呼吸をしてから、彼は彼女が待つという庭園に向かった。


(少し、遅れたかな……)


 機嫌を損ねていたらどうしよう、などという尽きない懸念が頭を掠める中──

 薔薇園の少し奥まった場所へ、進んでいく。

 魔力の反応がそちらから感じられたからだ。とても清らかで、かつ強い気配だ。神々の加護がそうしているのか、彼女自身、それなりに鍛えているのかまでは分からなかったが。


「──、」


 そして。

 見る。

 芝生の広がる土地に、建てられた石製のガゼボの中。

 そこに備え付けられた椅子に腰かけ、片手より少し大きいくらいの一冊の書物を読む姿。


 夜のように深みのある漆黒で、長く艶やかな髪。

 真白のドレスは波状の装飾で彩られ、淑やかさと華やかさを両立していた。一言で言うなら、


 ──人の姿(カタチ)をした華が座っている。


 なんて、

 美しい。


 数瞬、呼気を忘れて魅入った。その時、不意に彼女が顔をあげた。


(……う、わ……)


 目が、合う。合ってしまう。

 紅玉のような輝きを持つ瞳に、見据えられる。

 まるで竜に睨まれた羽虫だ。動けない。


 恐ろしいほど完璧に削り出され、配置されたかのような目鼻と口。小さい鼻梁は人形じみて、頬の輪郭から首にかけての線は陶器のように繊細だ。「貴族」になってから学んだ語彙を以ってしても、せいぜいアインが思い浮かんだ例えは、神がその手で創ったかのような美貌、という在り来たりな表現だけだった。


「……きみ、が……」


 なんと、声を掛けていいのか分からない。

 いやそもそも自分のような者が声を掛けていいのかさえも、分からない。


「……あー、」


 可憐な唇が動き、歌うような声が聞こえた。

 こほん、と拳を口元に寄せ、小さな咳払いをする。そんな些細な動きさえ、まるで生きた彫像のようだ。

 閉じた聖典を脇に置いて、すっと優雅に彼女が起立した。


(あ……、)


 その時、アインハルトの内に、一斉に不安の波が押し寄せた。

 もしかしてもう何かダメだったろうか。

 何か失敗したかもしれない。何か気に障るような事をしでかしたかもしれない。


 まずい。

 いや何がって──とにかくマズい!!

 焦燥感に駆られ、つい、


「ッき──君!!」


「ぅえ!?」


 ──完全に失敗した。

 いきなり大声を出されたら令嬢でなくとも驚く。猫だって跳びあがるだろう。

 アインハルトの呼びかけに驚愕した彼女は、ガゼボから踏み出しかけた足を段差で滑らせ、転びそうになる。


「……!!」


 瞬間的に彼女の前に飛び出した。

 幸い、運動神経だけは優れていたのが不幸中の幸いか。

 まるで、空から落ちてきたようだった。そんな彼女の身を抱き留め、支えて停まる。

 体重は、まったく感じなかった。

 それに何より、細い。小さい。背は一六〇よりはあるだろうが、それにしたって、こんな、


(……可愛い……)


 見上げてきたその貌と、至近距離で見つめ合う。

 大きく見開かれた赤い瞳。紅潮した頬。甘い香りと、さらさらした絹のような黒髪。

 妖精か、精霊か。その類を捕まえた気分だった。


──ギュッと抱き締めて、キス!!


 従者の声が脳内に響き渡り、不意に正気に返った。

 抱き締めはした。ほぼ事故だが。

 ここからキス……?


(いやいやいや)


 できるか。できてたまるか。

 こんな美しい子に口付けとか、畏れ多すぎる──!


「す……すまない。驚かせた。大丈夫……?」


「あ……は、はい」


 ひとまず。

 何事もなかったかのように仕切り直し、そっと彼女の身を解放した。

 我ながら白々しい。


「名乗り遅れました……ヴァイス・フローレンスと申します」


 対する向こうも、見事な切り返しだった。

 一瞬前の時間がまるごと消えてなくなったかのような、完璧な挨拶だ。ドレスの裾をつまみ、頭を垂れる様は、どこからどう見ても不測の事態に慣れた一流すぎる令嬢だった。


「ヴァイス……」


 しかし正直、それよりも。


「……そうか、君が……お、俺の、婚約者っていう……」


 はっきりした事実に、天にも昇りそうな心地だった。

 アインは、己がかつてない緊張にあるのが分かった。婚約者。そう、この理想すぎる相手が、婚約者にして未来の結婚相手なのだ!


 かつてない高揚感。味わったこともない幸福感。

 そのままに、言葉が溢れる。


「……あっ、俺はアインハルト。アインでいい。いや、ぜひそう呼んでほしい。呼び方から親しみを込めていこう。うん。込めてほしい。ぜひ」


「え、あ」


「そういえば怪我はなかったか? 本当にすまない……あまりにも美しい御令嬢だったから、つい逸ってしまった。……気を悪くしたなら、俺のことは忘れてもらえると……」


「そ、そんなことはありませんよ? そう思い詰めないでください、ええ」


「……ありがとう。君の女神様のような寛容さに最大の賛辞を」


 なんて優しいんだ!

 彼の従者が今の彼を見れば、間違いなく一言、「骨抜き」と呆れ評しただろう。

 だがここに従者の姿はなかった。夢見心地で彼女との会話を楽しみ、意外にも武勇に精通している面に驚かされながらも、「強さ」に関する深い知見を持つ才女だというのがよく分かった。


「『生涯をかけて君を護ると誓う。どうか……俺の花嫁になってほしい』」


 嫌われないように。見限られないように。

 大して興味もなければ、長時間動かないことを強制される苦痛の時間でしかなった、「貴族の嗜み」として連れていかれた歌劇。それに出てきた、騎士役が口にしていた台詞を口にした。


 せめて彼女の前では、優れた理想の騎士でいたい。

 家族も村も護れず、ただ一人生き残って、偶然だけでここにいる男ではなく。


「……ごめんね」


 僕は君を騙してる。

 本来、ここにいていい人間じゃない。本当は、貴族でもなんでもない。

 偽物の皮を被っていなければ、隣に立つことも許されない。


 本当は。

 ……本当は。

 騎士になりたいだけの、平民なのに。


 ♰


 ──だから。


「【セイクリッド・オーバーレイ】──ッ!!」


 戦場に立ち、あまつさえ魔王を相手に大立ち回り。

 いかに高名な貴族でも手が出しにくい最上級霊薬(エリクサー)を一切、なんの躊躇いもなく割り、使用し、更に追加で発動される最上級神聖魔法。


「──救世の礎となるのなら、この生涯、王国のため、しいてはそこに住まう人々が生きる明日のために捧げます」


 謁見の間で。

 堂々と己が運命と使命を背負い、大衆の前で宣誓するその姿。


「私の旅路がいかに苦難と悲惨で彩られる結末を迎えようとも、皆様には世代を超えて『救世の意志』をどうか、未来へ繋いでいただきたくお願い申し上げます」


 誰にでも言えることじゃない。

 彼女は、神々の加護に甘えて平穏を享受するような俗物ではなかった。しかとその意味を、使命と期待を担い、救世の意志を貫く──本物の、救世主の器だった。


(……どうして、そこまで、そんな……)


 アインハルトとて、誰かのためになるならと、騎士を志した。

 だが救世とまで行くと話は別だ。無辜の人々に手を差し伸べはするが、到底、あんな。

 ──実の家族を奪い去った、こんな残酷な世界に救う価値など、見出せなかった。


「救世主なんてやめてくれ」


 だから、言った。

 正面から、そんな徒労はやめてほしいと伝えた。


「……どうして君が戦う必要があるんだ……神々の加護? 救世の使命? ……そんなの、誰が決めたんだ。そんなもの、君が背負う必要なんか、無いだろう……?」


 ……正直に言えば。

 ただ、守られることを是とする娘であって欲しかった。

 自分に甘えて、自分に頼って、ただ愛されるだけの姫。

 無力で、あって欲しかった。

 だって、騎士と姫とは、そういうものだから。


「──どうしても納得ができない、と言うのなら」


 声質が、変わった。

 気付けば、首元に剣を突きつけられていた。


「なっ……」


「私を殺して救世主に成り替わるといい、聖騎士よ」


「ヴァ、イス……?」


 彼女は言った。

 一切の感情を映さぬその瞳で。その顔で。

 人形のような表情で、しかし確固たる強い意志の篭った声色で。


「私が私に定めた使命を。私が自分で選んだ選択を。気に入らないと、却下するなら命を懸けろ」


 揺るぎない決意と覚悟。

 そこに、「ヴァイス・フローレンス」という個を、彼は感じなかった。

 まるで……機械仕掛けの人形だ。

 されど、あまりにも美しい。

 定めた用途と使命のために、その生涯を尽くし切ると決心した瞳には。

 迷い、抗い、恐怖し、怯え、──その全てを超越した者だけが出来る強靭(つよ)さがあった。


「世界のためなら、私は魔王になったって、いい」


 ……それでも。

 それでも、容認できなかった。

 彼女がどれだけ高潔であろうとも。

 彼女がどれだけの想いで救世を口にしていようとも。



 アインハルトは、ただ、彼女(ヴァイス)が欲しかった。



「救世主の使命を捨てられないなら、君のことは俺が護る。自決なんてしようとする君自身からも。……そうだな、じゃあもし君が命を絶つなら、俺も後を追うことにしよう」


 そんな事を、言った。

 出まかせというわけではない。ただ、ただ。

 少しでも、彼女の心を留めておきたかった。


 ……天空から差し込む月光は、己のことをどう映しているだろうと、漠然と彼は思った。

 執着に笑う悪魔の顔だろうか。それとも、騎士のような微笑みに見えているだろうかと。

 彼女の眼に、優しく映れているだろうかと。


「弱い俺を君が導いて、向いていない君を俺が護ろう。ヴァイスだけに救世の使命は背負わせない……いや、功績を独り占めさせない、って言った方がいいのかな?」


 もう、どんな建前でも、屁理屈でもよかった。

 ただ、彼女の傍にいたい。護りたい。騎士でありたい。

 救世に付き合う程度でその権利を得られるのなら、望むところだった。


「……本当に気にする必要はないよ。これは私が自分で決めたことなんだから。アインは少し、優し過ぎる」


 それでも、易々と彼女は了承してはくれなかった。

 優し過ぎるのはどちらなのか。なにか、背負い過ぎている。

 ──病的なまでに。

 自分には救世主としての価値しかないのだと、思い込んでいるような。


「……今日会ったばかりの婚約者だよ。そこまで心を砕かれる謂れは、」


「……わからないのか?」


 怒りを、覚えた。

 いや、ようやく自覚したと言うべきなのか。

 そうだ。

 自分の身も省みずに救世を謳う彼女が──気に入らない。


「話していれば分かる。君は戦い以外の事にも理解があるし、普通の幸せだって知っている。それらを容認した上で、」


「アイン」


 泣き声のように、呼ばれた。


「この話はやめよう。……いや、止めてください。……お願いします」


 彼女は俯いている。

 このまま続ければ、そのまま折れてしまいそうな。


「……私が人でなしなのは充分に解っているので……今は、まだ、」


「──」


 そうか、とアインハルトはこの時、理解した。

 彼女はただ、考えたことも無いだけだ。

 救世主になることを止めれば得られる幸せを。それ以外の人生を。

 どういう理由かは不明だが……そこを突けば、きっと……()()()


(……だったら……)


 だったら、教えよう。

 君がどれだけ愛されて、どれだけ幸せになっていいのかを。

 まずは満たす。満たし切る。その救世を望む器が、きっと壊れてしまうまで。


「君が世界を救う前に、俺が壊す(救う)


 しっかりと両の腕で抱き締めて、離さない。

 健気に藻掻こうとしているが、まるで無力だ。ああ、なんて愛らしい。

 そうやって、もう、嫌がる意志も口付けと快楽で蕩かして。


 ──彼女を護り抜くと、そう誓った。


 ♰


 別世界の未来を知っている記録者(レコーダー)

 己が魔に堕ちた時の処刑人。

 彼女が明かした「正体」は、多少の驚きはあったものの、得心のいくものだった。


「道理で魔王相手にあれほど立ち回れたわけだ……」


「まぁ……魔王化したアインに比べれば低級もいいところだからね」


「買い被りすぎじゃないか? 正直、世界を滅ぼせるほどの力があるとは思えないんだが……」


 するとベンチで右隣に座るヴァイスが、じとっ、とした目を向けてきた。

 ……凄まじい苦労と呆れと疲労の怨念を感じる。


「で、でも、そんな俺を君は何度も止めてくれた……んだろう?」


「……いや、正確に言えば私にある記憶は自分のものじゃなくて……そうだな、高度な人形劇を仮想体験したようなものなんだ。実際こうして『劇中』にいる今、私にそこまで出来る力があるのか、確信は持てない。それに……」


「それに?」


「……魔王のお前は……最終的に、自決する」


「……それは……」


 なんとも、傍迷惑な。

 好き勝手やるだけやって、最後の最後に改心したというのか。


「一応、救世主との決着自体はつけた直後だったけどね。でも世界が崩壊しかかって、それを食い止めるために力を使って、後は救世主に託して……で、なんかいい感じにフェードアウト」


「ううん……無責任な」


「ははっ、確かに。でも感動的なフィナーレだったよ? そうやって後は壊れた世界を、救世主が修復、創世して……明るい未来を示唆してハッピーエンド!」


「そ、創世? そんな壮大なところにまで行くのか」


「英雄譚にはあるあるじゃない?」


 そういうものなのだろうか。

 しかし……魔王を倒すことが創世に繋がるというのは、あまりにも飛躍していないだろうか。


「そもそも……魔王ってなんなんだ? 救世主に倒され、創世を促す役目を持っている……とか?」


「んー……別にそんな説明はなかったけど。単に、『吸血鬼の上位存在』ってぐらいの立ち位置だったな。けど確かに……」


 思いつきもしなかった、という顔で、ヴァイスは一つの疑問を提示した。


「……吸血鬼って、なんのためにいるんだろう?」


 ♰


「こんばんは♪ ──良い夜ね?」


 その後。

 途中まで彼女を送り届けて、屋敷へ戻る道中のことだった。

 夜の帳が降りた街中の路上には、傷つけられ、倒れ伏した仲間たちの姿があった。

 その中で、剣を突き立てながら従者が叫ぶ。


「団長、こっちはいい!! 早く……引き返せ! 姫さんを……ッ」


「あら、駄目よ」


 魔王が一歩を踏み出す。刹那で従者との距離を詰め、無造作にその片腕が振るわれる。

 その間に、割り込んだ。


「ッく……!!」


「っ馬鹿!! オレらの事はいいから──」


「そうよね? 見捨てられないわよね、騎士様だもの! 目の前で死にゆく仲間を放っておいて、恋人を助けに行くなんて──できないものねぇッ!」


 魔王の力は、常軌を逸していた。

 ヴァイスの語った救世主が、どうやって太刀打ちしたのか疑問に思えるほど。


「舐、めるな……!!」


 だが、結局のところ。

 従者の進言は正しかったと後に知る。

 ──渾身の一撃を魔王に入れ、その生命力(HP)が零になる。

 勝ったという余韻はなく、


『残念でした♡ ふふっ、複製体で遊ぶのも悪くないわね!』


「──な、ぁ、」


 霧となって消えていく魔王の幻像。

 つまりは、


『あの妹ちゃんは預かったわ。そうそう、彼女の命と自分の命……貴方の婚約者は、どっちを選ぶのかしらね? 一人を斬り捨て、世界を救えるのか……とても面白い問題だと思わない?』


 そんな魔王の言も最後まで聞く前に、行くべきところへ走り出した。

 どちらの選択を取ろうと、最悪だった。

 世界のためにセシリアを犠牲としたとあらば、彼女はもう救世主でいられない。


 ……ヴァイス本人に自覚はないだろうが──

 世界の敵になるかもしれない存在を愛してしまうほど優しい彼女が、そんな残酷な選択に、どう対処するのか。


 ──答えは分かり切っていた。


 ♰


 ……白い世界には、嗚咽も、嘆きの声もなかった。

 座り込んだ兵士の両腕には、空っぽのドレスとリボンだけ。

 そこに「彼女」がいたという痕跡は、それだけった。


「…………、…………」


 背後。

 灰か塩かを、踏む音がした。


「あら……消えちゃったのね、彼女。可哀想なアインハルト。結局この世界は、貴方から奪うことしかしないのね」


「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」


「ねぇ、それなら……一つ提案があるの。私だって責任を感じていないわけじゃないわ……だって思わないもの。彼女、どうやって石化を解除して抜け出してきたのかしら? これはれっきとした私の監督不行き届きよ。人質への管理が甘かった。ごめんなさいね?」


 彼に近付きながら、罪王フィリアは猫撫で声で続ける。

 堪えきれない歓喜と愉悦に、口元を歪ませながら。

 座り込み、打ちひしがれている彼に、その右手を差し伸べる。


「私にできる贖罪は一つだけ……この世界を、貴方が思うままに変えましょう? 私はどこまでも付き合うわ。いつまでも、ずぅっと……貴方の隣にいるから──」


 魔へ堕ちろ、と。

 甘美な(いざな)いだ。 憎悪、怨恨、自棄、喪失。それらの感情に従ってその手を取れば、間違いなく、世界を滅ぼしうる結末へと辿り着く。


 そこに、もはや救世主の介入はない。

 それを代行し続けた世界神は、今回が世界の運命を決定する最後の周期だと決定した。

 全ては、いずれ創世を成しうる神の選択に委ねられる──



「……失せろ」



 声に、フィリアは目を見開いた。

 銀塩の兵士は、それ以上、何も発さない。


「どうして……? どうしてそんな事を言うの、アイン。貴方はもう、なんだってできる! 一目見た時から解ってたわ、貴方は神の化身だって! 世界なんてもう、貴方の玩具(がんぐ)も同然よ! まだ自覚がないの? 貴方が愛した彼女は──初めから、そのために貴方の前に現れたってことも!!」


 全ては天上の意志。

 神々が下した決定とその結果。

 この運命は、決してここで行き止まりではない。


「こんな世界、早く滅ぼしてよ!? 私の信仰を穢し、何の罪もない子供たちを殺した魔族みたいに! 憎んで、憎んで、憎んで、憎んで!! 怒ってよ、見限ってよ!! 絶望してそのまま堕ちて!! 貴方は全てを壊すの、それが役割!! それが運命なのよ!!」


「……だとしても」


 彼の声は、静かなものだった。

 弔いのように降り積もる、雪のように。


「僕は……彼女の騎士だ」


 抱いていた衣服をも、彼の魔力が通って塩となる。

 その手指に残っていたのは、赤いリボン一つだけ。


「お願い……お願い、アインハルト──そんなものに惑わされないで、貴方が……貴方だけがッ!!」


 ゆっくりと、しかし真っ直ぐに騎士は立ち上がる。

 リボンを持たない右手に、聖剣を握りしめて。

 振り向きざま。

 希う彼女に剣を振り下ろし、告げた。



「僕は世界を──滅ぼさない」



 ──そして、幾星霜もの月日が経過する。

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