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ある騎士の旅路①

 にせものの騎士。

 結論すれば、アインハルト・ジーク・ローゼンクロイツの人生はそういうものだった。


「──君がこの魔物を倒したのかい?」


 下馬した一人の騎士がそう訊いた。

 中年の騎士の前にいたのは、血と土と、灰の匂いにまみれた、みすぼらしい少年だった。


 幼い子供だ。背丈からして五歳くらいに見える。上下の衣服は血に濡れているものの、彼自身には傷一つない。その右手にあるのは、刃渡りの短いスコップ一本だったが、ただならぬ気配をまとっていた。


 間合いに入れば即殺される。

 少年の恐ろしいまでの才能を一目で看破した騎士は、なるべく戦う意志が無いことを示しながら、努めて穏やかな声で続けた。


「我々は王都から来た第二騎士団だ。村々が魔物の大移動(スタンピード)に巻き込まれていると聞いて来た」


 彼らの周囲には、魔物の死体で海が出来ていた。

 肉、骨、血、死臭。

 よく晴れた青空は、この凄惨な現場をはっきりと陽の光で照らしだしていた。


「……みんなを埋めてる。……邪魔しないでくれ……」


 少年が立っていたのは、畑と思しき場所だった。

 その近くには人間の死体……と思しき肉片がいくつも並んでおり、どれも腐敗が進んでいる。


「埋葬は……やめた方がいい。また魔物が寄ってきて掘り返すぞ」


「だったらまた倒すだけだ」


「君一人でか?」


「……放っておいてくれ」


 言って、少年は再び埋葬作業に戻った。

 騎士は、部下に命じて魔物の屍の処理に専念することにした。



「やぁ。腹は減ってないか」


 半日経過したところで、騎士は墓所近くに腰を下ろしていた少年に近付いた。

 彼が顔を上げることはなかった。その目はどろりとした色に濁っているようにも見え、まるで人ならざる者ののような異様な存在感を放っている。


「……何があったか話せるか?」


 隣に腰を下ろし、騎士は問うた。

 沈黙は数分か、数十分か。……やがてぽつりぽつりと少年は、あらましを語り始めた。


 自分はこの村に生まれたこと。

 親しく、美しい姉がいたこと。

 突然魔物が村に雪崩れ込んできて、村長が皆を逃がそうとして最初に殺されたこと。

 姉と家に戻ると、両親はとっくに道端で食われていたこと。

 二人で逃げようとして、飛び出してきた大型の魔物に姉が轢き殺されたこと。


「……そこからは……よく覚えてない」


 気付けば、己が剣を持って応戦していたこと。

 がむしゃらに戦って、戦い通して、魔物を殺し尽くしたこと。

 そして残った村の惨状を前にして、姉の言いつけ通り、「死んだ人を埋めていた」こと。


「……なんでこんなに倒せたのに……誰も助けられなかったんだ……?」


 少年の声は、不可解と失望に満ちていた。

 何体もの魔物を単独で滅ぼし尽くせるだけの才能。もっと早くに気が付いていれば、全てを救えなくとも……家族の一人くらいは護れたかもしれないのに。


「だったら、より多くの人々を助けてみないか」


「……?」


「正直……君の才能は有望だ。その力があれば、君と同じように苦しんでいる人々を救えるかもしれない」


「……同じように……」


 少年は自分の空っぽの手を見下ろした。

 何も掴めなかった手。誰一人として救えなかった剣。

 ──それでも、もし次があるのなら。



 少年を連れ、騎士団の駐屯地へ戻ると、そこで彼らは意外なものに巡り合った。

 貴族だ。

 上等な衣服に記された家紋から、騎士隊長はすぐにどこの家か理解した。


「ローゼンクロイツ公爵家の跡取りを探している」


 人払いの済んだ客室で、貴族の男から切り出された話はこういったものだった。

 名門ローゼンクロイツの長男が昨夜、馬車を襲った賊によって殺害された。しかし家の名に傷がつくため、剣才・魔力ともに才能のある幼子を、養子として引き取りたいと。


「随分と汚れているが……君、銀髪かい?」


「え?」


 使用人たちの手によって少年が身綺麗になって出直してくると、おお、と貴族の男は感嘆した。


「背は少し高いが……替え玉として申し分ない。それに孤児だと聞いたよ。まさに神の思し召しだ」


「……?」


「あー……里親を探す手間が省けたってことだ。しかし公爵様、この子は平民ですよ?」


「生まれでその者の価値が決まるわけではない。信仰と教えさえあれば、神聖なる魂はそこに宿るものだ」


「意外ですな。貴家は、血筋に拘りがあるものだとばかり」


「もちろんだ。だから、私はここに我が息子を迎えに来たのだよ?」


 そうして少年には地位と、新しい家が出来た。

 壮年の貴族は、駐屯地を出る時に一度だけ、彼に名を訊いた。


Iron(アイアン)……鉄か。音まで似ているとは、やはり運命的なものを感じるな。だが今日から君の名はアイン……アインハルトだ。無限の強さに、勝利と栄光を。立派な騎士を目指しておくれ」


 アインハルト・ジーク・ローゼンクロイツ。

 この地上で最も強き兵士よ、その力を以って人々に栄光をもたらせ。



「それでぇ? 名門の貴族様が平民に何の御用で?」


 そう挑戦的な眼差しを向けてきたのは、くすんだ金髪の少年だった。

 貴族として振舞うための教育漬けの日々で、アインハルトは度々忍んで街に繰り出していた。


 足を踏み入れたのは王都の郊外、スラム街。

 路地裏、しかも袋小路に追い詰められた相手は、焦りをまったく見せていない。


「……盗ったものを返してくれ」


「何の事かな」


「それは……我が家の印章だ。大切なものだから、失くすと怒られてしまう」


「平民からしたら一攫千金のお宝だよ。然るべき場所に売り払ったら、後は自分で買い直せばいい」


「金が必要なのか?」


「……本当に世間知らずな坊ちゃんだな。金がなきゃなんにも出来ないのが普通だ。まぁ、そんなことに苦労したことない奴には分からないか」


「なるほど、働き口がないのか……確かにここには、畑になりそうな土地も、牧場にできそうな場所もないしな」


 腕組みし、アインハルトはしばし考える。

 野山を駆け回っていた時代なら、こうして思考するための知識もなかったが、今は違う。

 一人の貴族として、与えられた知識を活用する時だ。


「だったら、俺の従者にならないか?」


「……は?」


「君の言う通り、金銭を使う機会はほとんどないし……日給で支払ってもいい。それでしばらくしたら、家を買って出て行くなりして、好きにしたらいい。これで俺は印章を取り戻せるし、君は将来のための土台作りができる」


「……頭沸いてるのか? 誰がそんな美味すぎる話に乗ると思うんだよ」


「じゃあ、条件追加だ。従者として、俺の剣の手合わせの相手になってほしい」


 引くつもりはなかった。

 気配も察知できずに、己から印章を奪ったこの相手を、アインハルトは既に気に入っていた。


「ふん……なるほどな。気に入らない従者なら、そうやって叩き斬ってやればいいってワケだ」


「俺の従者は命懸けの仕事になる。こうして盗みに手を染めるよりかは、やり甲斐があると思うが」


「……あのなぁ。そう言われたら、普通の奴は断固として断るよ。誰がそんな危険な仕事をやりたがるんだ。そんなの、印章(こいつ)を返して無かったことにする方がましだ」


「そうか……残念だ」


「……いくら?」


「?」


 思わず耳を疑ったアインハルトに、金髪の少年は一歩踏み出した。


「日給でくれるんだろ。いくらもらえるんだ?」


「! ええと……き、金貨三枚、とか?」


「……従者にそこまで支払う馬鹿がいるかよ。銅貨八枚だ。それで雇われてやる」


 彼は印章をアインハルトに手渡した。

 ホッとした様子を見せる「主人」に、従者の少年は呆れた目をやる。


「お前……本当に貴族か? 印章一つを取り返すのに、そこまで躍起になる貴族なんかいないぞ普通」


「そ……そうなのか?」


「ここまで犯人を追い詰めたなら、その腰にある剣で殺して終わりだ。名門ともあれば、どんな不祥事でももみ消せるだろ」


「……ローゼンクロイツはそんな家ではないよ。それに……、」


 アインハルトは少し迷った。

 自分の正体は、跡継ぎの座に収まる際、絶対の秘密だと言い含められた。けれど、


「……これから俺の手足になる奴に、嘘をついたままはいけないよな。君の言う通り、俺も貴族になったばかりなんだ」


「!?」


「だから、別に貴族として敬う必要はない。俺は……偽物だから」


 後に、彼らは固い主従の絆で結ばれる。

 生まれも育ちも異なる二人は、その実、根底にある気質は似通っていたから。



 その後も、アインハルトには信頼できる仲間が増えていった。

 騎士団に入隊し、生まれも育ちも貴族でありながら騎士を志す未来の参謀。


「ヴァレンシュタインは……どうして騎士に?」


「簡単な話ですよ。──婚約者の趣味です」


「……趣味?」


「女性の理想を叶えるのが一流というものです。ああ、それとエクレールで構いませんよ。騎士団にいる時は、私もまた一介の兵士に過ぎませんから」


 市街地に侵入してきた魔物を討伐する際、アインハルトの勇姿を目にし、憧憬を抱いた平民の少女。


「女の子の騎士志望なんて珍しいな……」


「帝国には女だけで構成された部隊があるって話だぜ? それに……ほら見ろ、あの子、お前を見てる」


「え、ライバル視されてるのかな……俺、そんなに弱そうかな?」


「唐変木め。お前、婚約者ができるまでずっとそのままなのか?」


「えッ……い、いや、そんなのまだ早いよ」


 代々、竜と絆を結んで戦う家系の最高傑作と称される、竜使いの少女。


「ファヴが貴方と戦いたがっています……手合わせ、願えませんか?」


「構わない、けど……君の竜、小さくないかい?」


「フ、これは仮の姿……魔力消費を抑えるための仮初形態です。──ファヴニール!」


「グォォオオオ──ン!!」


「騎士団最後の日かなコレ? アイン絶対勝てよお前!?」


「そう言うなら手を貸してくれないかシュライゼン!!」


「ちょっと!! この騒音は何!? ……竜!? いいじゃない、相手になってやるわ……!」


「あ、面倒な事態になってきた……って、エクレールまで!?」


「『竜と戦った』なんて武勇伝、騎士の誉れじゃないか?」


「こいつ婚約者のことしか考えてねぇ!! 堅物詐欺だろ!!」


 かくして──

 後に第六神聖騎士団と称される、彼ら少数精鋭部隊のメンバーは集まっていった。

 曲者揃いの人材を取りまとめ、アインハルトが団長の座についたのは、齢十四の頃のことだった。



「化物……」


 その言葉を聞いたのは、第一神聖騎士団の討伐遠征先での事だった。

 偵察情報にないS級魔物の出現。

 多くの魔物との交戦直後で、第一騎士団は大きく疲弊していたこと。

 そこに、偶々アインハルトは研修として同行していたこと。


 大地を割り、容易に奈落を作り出す巨大な四足獣。魔物を喰らい過ぎて、異端の進化を遂げたとしか思えない多くの魔物の特徴を持つ、天然の合成獣(キメラ)


 火のような毛並みを持つ大狼の上半身。竜のような鉤爪を持つ下半身と尾。体長は優に二十メートルはあり、その怪物が無造作に跳躍し、着地するだけでも天地が震え、森や雑木林が雑草のように踏み荒らされる。


「アルビオン──」


 呟いた名は、村で応戦した時から手元にあった不思議な剣の銘。

 己の魔力で編み上げた魔力剣の一種……なのだろうが、通常のソレとは異なり、アインハルトの神威の加護(ステータス)は、白亜の剣に「神聖スキル」という力があることを映し出した。


 その一つを解放し、魔力で形作った斬撃を薙ぎ払っただけで、獰猛な魔物は沈黙した。

 起きた事象はそれに留まらない。己が魔力の斬撃を受けた魔物の死体も、周囲の景色もまた、塩となって崩れ去ったのだ。


「──、」


 ……こんな力は見たことがない。

 村で戦った時に、塩なんて発生していなかった。


(これは一体……)


「……ばけもの……」


 そして聞こえた声。

 今しがた救命した第一騎士団の団長が、尻餅をついたまま、恐怖に染まった目で此方を仰いでいた。



「確かに、人には過ぎた力だな」


 遠征から帰ったのち、アインハルトはひとまず己への対策を講じた。

 もしも今後、未熟な自分が力を誤って暴走させた時。或いは、私欲に駆られて力を振るうような横暴さを見せるようになった時。


 様々な可能性を念頭に入れつつ、「アルビオン」が秘めた特殊性、神聖スキルや己の戦術についてなども、一通りをノートに書き記した。


 ローゼンクロイツ家の教えは、己が力を大衆のために使うこと。

 居候にも等しい身分で、その家訓をかなぐり捨てた時──恐らく、自分は騎士ではいられなくなっているだろう。


「あ、あの……兄さん? クッキー……作ってみたんですけど、いかがですかっ」


「──ああ、セシリア。いただくよ」


 部屋を訪れたのは自分を実兄と慕う義理の妹。

 アインハルトが引き取られた当時、まだ幼かったことと、あまり実兄と話したことがなかったが故か、この成り替わりには気付いていなかった。


 彼女は何も知らない。ここにる「アインハルト」の出自も。……本当の己の兄が、とうに逝去していることも、何も知らされてはいない。


(……いつか話す時が来るだろうか……)


 そうしたら、この仮初の兄妹の絆がどうなるのか。

 ……彼女がどう思うにせよ、受け入れる覚悟はできていた。



「やぁやぁアインハルト君、聞いてくれたまえ! 君の婚約者を見つけたよ!」


「……え!?」


 寝耳に水。

 突如としてローゼンクロイツ邸を訪れた大司教からもたらされた報せに、流石の彼も度肝を抜かれた。

 応接室のソファに座った目の前の老爺は、うむうむと何やら頷いている。


「うん、すまんね? でもこっちも必死だったんだ。それにもう決まった話だから。アイン君ももう十五でしょ? 引く手あまたな年頃でしょ? 丁度いいよね!」


「ちょ、ちょっと待ってください」


「相手は伯爵令嬢。神々から三つの加護を受けた天然モノの聖女だよ」


「三つ……!?」


 神からもたらされる加護は、原則一つ。

 それを三つも受けた者など前代未聞だ。神格の触覚か、はたまた眷属の顕現か何かか。


「ど、どうして俺が……それほどの人の相手に……」


「君が神聖魔法を使える騎士、聖騎士だから」


「ほ、他にもいますよ……!」


「年頃に一番差がない。あと後ろ盾の家の格」


「い、家の格……?」


「伯爵家といっても、辺境を治める一等伯爵家だ。隣国の国境と隣り合わせ、年中魔物の脅威にさらされる危険地帯を代々統治してきた貴族の中の貴族。それに現当主は元宰相様でもあってね、王家からの覚えもいい」


「い、いや、でも……」


「貴族の義務ダヨ!」


 う、とそこでアインハルトの反論は封じられたも同然だった。

 貴族の義務。自由な平民の感覚からは程遠い不自由さだが、富める者には相応の責務がある。

 現に、こうしているアインこそ、ローゼンクロイツの家に尽くす義務がある。

 ──本来、ここは自分が座れる席ではないのだから。


「……話は分かりました。けど、もし彼女が拒絶したら……その時は、彼女の意志を尊重したいと思います」


「ああ、未来ある若人たちの選択だ。儂も口出しはすまい。だがねアイン君、心しておきたまえ」


「?」


「くれぐれも深窓の令嬢だとは思わないことだ。彼女は……きっと一筋縄でいく相手ではないからね」



 そんな大司教からの話から数日。

 翌朝には、いよいよ婚約者が来訪する日取りとなっていた。

 アインの私室で、椅子に座りつついつものように高級菓子を食べながら、彼の従者はしみじみと言った。


「遂にお前の見合い話かぁ……じゃあオレは、邪魔にならないようどっか行ってるよ」


「え、そんな。シュライゼン、いてくれないのか……」


「男二人で威圧するように出迎えてどーすんの。それに彼女がお前よりオレの方を気に入りでもしたら、その場の空気は地獄だよ?」


「……お前のその自信はどこからくるんだ……はぁ。でも分かったよ。一人でなんとかしてみる……」


「けど振る舞いには気を付けろよ? 相手は本物の、令嬢の中の令嬢だ。お前が元平民だってバレたら、好感度は地に落ちる可能性がある」


「う……そ、そうだよな、やっぱり……」


 婚約者と顔を合わせるに辺り、最も大きな懸念点がソレだった。

 元平民という事実。加え、ローゼンクロイツ家の偽の跡継ぎ。


 これらの真実は、決して悟られるわけにはいかない。アインハルトを引き取った当主は去年に病死してしまったため、これらの事実を知るのはアインとシュライゼン、それに当主の座を引き継いだ婦人だけだ。


「まぁ……お前がうっかり口を滑らせたりしない限り、大丈夫だろ。外見だけは良いからなぁ、お前」


「皮肉にしか聞こえない……口を開くなって言いたいのか?」


「いじけるなよー。これでも従者として上手くいくことを心の底から願ってるんだぜ? なんなら女の子をすぐに落とせる方法、教えてやろうか」


「……ろくな助言な気がしないが、一応訊こう」


「ギュッと抱き締めて、キス!!」


「……明日は俺の代わりに郊外の魔物討伐にでも行ってくれ」


 まるで参考にならないし、したくもなかった。

 ──そうやって、運命の日は訪れる。

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