救世主よ、世界を救え
「【超過聖光雨】」
ヴァイスの術をベースに、アインハルトの手と魔力によって編まれ直したその神聖殲滅魔法は、天文学的な威力を叩き出すようになっていた。
もはや世界の大規模浄化だ。メテオストリーム、地上で降り注ぐ流星群と化した災害現象は、既に元の廃墟街の六分の一をクレーターにしていた。
「荒々しいのねアインハルト! そんな貴方も素敵よ!」
「【機構:超過殲滅光】」
更に出力が上がり、性能が向上する。
魔力消費が抑えられ始め、一つの術式が、最高効率の極致へ至る。
「【終天織りなす光の幕】」
天罰。
天災。
天変。
もはや国々を滅ぼしうるだろう暴風光が放たれ尽くされる。
逃げ場など残しもしない、約十秒間に渡って、一射一射の速度計算まで組み込まれた連射爆撃は、確実に二度三度、十度二十度と、フィリアの存在を灼いているハズだが──
「……ふ、ふふふ……あははははははははッッ!!」
(まだ生きている……)
脅威、というより不可解の域に入る。
あれだけ肉体も魂も焼き消されていて、まだ存在を保つなど、もはや冒涜だ。
──なにか、致命的な要素を見逃している。
それも到底、己では知り得ようのないようなものを。
「ああ──……こんなに貴方が愛してくれるなら、私だって応えないといけないものねぇッ!?」
自らを両腕で抱き締め、天上へと歓喜の声をあげるフィリア。
激情を宿した赤い瞳にもはや理性はない。
五度目の殲滅光。
それを前に、彼女がいる一点が、昏く、禍々しく輝いた。
「第一位、罪王フィリアの名の下に顕現せよ! 天穹穢す血の聖杯!!」
「──!?」
光が、打ち払われた。
より深く、より濃厚な闇の魔力によって。
赤色の極光はフィリアの頭上に輝いていた。光輪だ。左手には、どこからか顕れ、絶え間なく血を溢れさせている黄金の杯がある。彼女から溢れ出した魔力が、一瞬で灰燼の大地を侵し始め、蒼穹までも赤く染まっていく。
「なんだ……その力は……」
「フフッ、ウフフ!! 驚いた、驚いた!? これがこの世界の魔の頂点だけが持つ力の証……神格にも匹敵する権能行使よ。こんな私も倒せると思えるかしら、アインハルト!」
「【終天織りなす光の幕】!」
最高精度の浄化の光が魔王の姿を焼き消しにかかる。
光を浴びた大地は闇が晴れ、塩化するが、すぐにまた暗黒に覆われていく。
「あぁ……やっぱり、この姿はちょっと強すぎるのよね。貴方の光に焼かれる痛みすら、無くなっちゃった」
そして肝心のフィリアは無傷。
それまで、幾度でも肉体を崩壊させ、魂を焼却されていたのに、だ。
(耐久が上がった……? いや、もしかすると最初から──)
「──それにねアイン? 貴方、これっぽっちも私のHPを奪えていないのよ」
「……!」
それが彼女の圧倒的な余裕の正体。
すなわち、光に焼かれ続けていたのも、回避するような挙動を見せていたのも、ただの芝居──
「ああでも、勘違いしないで? さっきのは本当にびっくりしちゃっただけだから。ええ、認めたくないけどトラウマってやつ? 貴方の言う通り、私ったら過剰にあの女のことを恐れていたみたい。次に会いに行った時は、ちゃあんと石化を解除して、正々堂々と殺してあげなくちゃ、ね?」
「石化だと……!?」
「あ、言っちゃった。でもね、安心して! それ以外は本当に何もしていないから! 彼女の記憶は七年前のあの日から止まったままよ? まぁでも……同じ魔王にしか解除できない、特別な石化魔法なんだけどね!」
「……貴ッ様……!!」
聖剣を握る手に、殺気と敵意が篭る。
ようやく、初めて手に入った恋人の情報がこれ。
……だが石化自体は予想できていた範疇だ。死王と幻王。七年の間にアインハルトたちが討伐した魔王の拠点には、そうやって石化されて「保存」されていた食料と思しき人間の像がいくつもあった。彼ら彼女らは、アインハルトたちが魔王の支配下から解放してなお──各国の協力があった上で──元に戻れてはいない。
「元に戻してほしい? それなら、やっぱり私を殺すことは──」
「──いいや殺す。罪王、貴様だけは今ここで確実に殺してくれる……!!」
「……そこは名前で呼んでほしいのだけど──まぁいいわ! かかってきなさい、アインハルト! 今の私と貴方……どちらが上か、白黒はっきりつけましょうね!」
♰
『血の聖杯』。
それはこの世界の原作となるタイトルであり、覚醒魔王の真骨頂。
振り返りとなるが、本来魔王とは、《決戦領域》の勝敗で「魔王」としての権能・力を削ぎ落とし、覚醒状態となってなお、ぎりぎり人の範囲で倒せるレベルにまで弱体化させた上で倒すものだ。
だが終盤やDLC……《決戦領域》がそもそも通じないよう設定されている強力な個体は、覚醒状態に移行すると、タイトル回収ともなる『血の聖杯』という権能を使ってくる。
効果は三つ。一つ、ステータスの大幅上昇。二つ、レベルを500増加。
三つ、決戦領域外での完全攻撃耐性獲得。
つまりレベル500の魔王がコレを使うと、自動的にレベル1000となって襲い掛かってくるのだ。更に決戦領域を経由しないバトルだと、HPを一切奪えなくなる。
この権能をターン制バトルで没収できる領域ルールはマジ神だと株が上昇するしかないのだが、使用禁止の場合は本当にプレイヤースキルが求められてくる格ゲーバトル方式でレベル1000以上と殴り合うこととなる。
結果、ラスボス戦は地獄となった。
魔王アイン君の使う『血の聖杯』、公式チートツールとまで揶揄される代物だからね。蘇生六回ゲットとかいう専用効果やめよう?
ともあれ。
まぁ基本、『血の聖杯』なんていう強化バフがある以上、公式だってちゃんと対抗策を用意してくれている。《決戦領域》に代わる、専用魔法を。
要はディスペル。バフ剥がし。
『血の聖杯』状態を解除するだけの魔法……というワケでもなく、ちゃんと神聖ダメージも入る。ただまぁ、レベルを上げていないとコレ自体使えないし、火力もイマイチになってしまうのだが。
……そもそもの話。
タイトル権能が出てくる頃には、救世主も全ての神々から認められ、レベル上限も人間族だろうと300まで上げることができるようになっている。
そこまでいくと最大HPや最大MPも上がっていて、強力なディスペル魔法を撃っても魔力が枯渇しないし、全然普通に戦術に組み込めるのだけ、ど。
だけど、まぁ。
その神々から認められる系のクエストや試練の場、極東にしかないワケでー……
本編舞台でもない前日譚にいる私は、レベルキャップ解放なしという条件下で、創意工夫を強いられている。
認められた神々の加護は八柱のうち、三柱。
レベルは80。
バグ技も裏技もなし、リアル環境下という未知数の世界で、無茶を貫くしかない。
だから、私がここでディスペル魔法を使うには……相応の代償が必要となるだろう。
ディスペル魔法の使用解放条件はただ一つ。
三柱の神々に認められ、三つの加護を受けていること。
だからこれは、救世主の私にしか出来ないことだ。
どう足掻いても。
これだけは、勇者には務まらない──
♰
「さぁ魅せてアインハルト──私の運命の導き手! ここからどう逆転してくれるのかしら? 私、とっても楽しみ──」
そんな風に。
狂笑しているフィリアと、それと対峙する銀の騎士が見えた。
……ああ。カッコいいな。大人になってる。
同じ時間を一緒に生きられなかったのが残念だ。
七年って、なぁ。長いんだよ? 四捨五入したら十年じゃんか。
でもまぁ。
やっぱり、好きだなぁ。
「──、──……」
決意と共に踏み出す一歩前。
その姿を網膜に、記憶に、心に焼き付けてから、覚悟を決める。
それができたら、後は幕を引くだけ。
さぁ。
「……始めよう」
呟く。自分のために、音にする。
フィリアの魔力は臨界だ。アインハルトの魔力も無尽蔵に等しいが、それでもこの戦いが行きつく先は消耗戦。
勝ち目はない。
だから、そこに光に差し込ませよう。
「〝三柱の神々よ、我が救世の意志に応えよ〟──」
この身全てを焼き尽くしてでも。
♰
「──?」
不意に、フィリアは違和感を覚えた。
これから生涯最高の宴が始まるというのに、氷を呑まされたような気分。
……それは彼女の人ならざる第六感。上位種族としての本能的な危機察知。
だけど、それは。
「……なに?」
対応するには、余りにも遅すぎた。
──燃えよ。朽ちよ。爆ぜよ。
「!?」
「え、何!?」
どこからか走る、神聖の魔力。
それはフィリアの足元で、黄金の魔法陣となって展開した。
──舞台の演者よ、芥と化せ。
──脚本の文字よ、灰と化せ。
「誰ッ!?」
片手に魔剣を生成したフィリアが、無造作に周辺の空間を薙ぎ払う。
その一閃は空間に溶けた虚飾を払い、一人の隠密者の姿を露わにする。
「〝世界に破滅の幕を降ろそう〟」
「──な──」
「ヴァ……」
両者がその姿に完全に硬直を見せる中。
「〝悉くよ、泡沫と消えて終焉に喝采せよ〟」
結びの詠唱が言祝がれた。
フィリアの背後。
ヴァイス・フローレンスが彼女へ右手をかざして告げる。
「──血と悲劇に神罰を。
【無謬無限なる極光、聖ならず】」
黄金の極光が天地を満たした。
♰
ばきん。──と。
耳元でまず聞こえたのは、割れる音だった。
自分の内の何かが割れた。それは恐らく、本来発動さえできない魔法を成立させるにあたり、必要となる莫大な消費MPの代わりに使われたものだ。
《鑑定》スキルが視界にその結果を映し出す。
ヴァイス・フローレンス、と書かれたステータス画面が──砕け散っていた。
(そうきたか……)
痛みはない。
だが、神威の加護──この世界に存在を許される最低条件たるソレが、壊れた。
ゲームでいえばセーブデータの破棄に等しい。
私はもう、存在を自力で保っていられない。
「ヴァイスッッ!!!!」
視界で、彼が走ってくる姿が見えた。すぐに来るだろう。
だけど同時に、フィリアが彼の方を振り向いて引き留めようと何かを口にしようとした。
が、無言の内に放たれた神聖魔法の閃光が、彼女の身を容赦なく吹き飛ばしてHPゲージを一気に二、三本割っていた。なんだあの威力。なんの魔法?
「う……、」
こっちはこっちで、もう足に力が入らなくなった。
膝をついて倒れる。
「ヴァイスッ……!」
──前に、駆け付けたアインハルトによって抱き留められた。
あは。デジャヴだな。
「何をした……今、君は一体何をしたッ!!」
「ディスペル。聖杯の……加護を、剥がした。これでもう、普通に倒せるよ……」
「君はどうなる!?」
「デリート。ログアウト。この世界から……退去する」
「たッ……」
そもそもゲストアカウントで呼ばれたような異界の魂だ。
……やたらと神々が手厚い加護を持たせたのは……ぜんぶ、このためか。
「ま、待て……待ってくれ。まだ何か、方法があるはずだ!!」
「無いよ。神威の加護を支払った。魂を消費しなかっただけ、運が良い方だ」
喋るのも辛い。
でも、ああ。
……あと一秒。あと一言でも多く、話したい。
彼の輪廻や、創世の偉業に関しては……ま、そこは霊王の仕事に回そう。なんでも出番を取っちゃ悪いからね。
「……アイン。すっごく、カッコよくなったね」
「……違う。ちがう、ちがう……!! 僕は何もッ……」
抱き締められて、嬉しいなぁ。
ちょっと力が強すぎて、顔があんまり見れないのが残念だけど。
「……また、会えてよかった。わたし、さっき起きたばかりで。七年かぁ……寂しい思いさせたね、ごめん」
「何もできなかったのは僕の方だッ!! だから、頼む……ヴァイス、いかないで、いかないでくれ、頼む……!!」
「あはは。むりー」
これは無理だな、という確信がある。
何も動けない割に、さっきから体を保とうと魔力を編もうとしているのだが、うんダメだ。私、なにも残ってないや。
アインも魔力を流そうとしてくれているけど……もう、私の体そのものが、光の粒になりながら輪郭を失い始めている。
春に溶ける、雪のように。
「……呪ってやる……」
上から、憎悪の声がした。
「呪ってやる……こんな世界、滅茶苦茶にして壊してやるッ!! 君を犠牲にして生き永らえる世界に、一体なんの意味がある……!?」
「──それは無理だよ」
不安に思うことは、なかった。
だって確信していたから。
「アインは私の騎士だもん。私が救った世界を、壊せるわけないでしょう?」
「──ぁ──あ、」
言ってから、呪いだな、と苦笑した。
……なんてひどい話。
まるで、今の一言を言うためだけに、彼に出会ったみたいだ。
彼に愛させて、愛して、約束で縛る。
なるほどよく出来た設計だ。神々の思惑らしい結末だろう。
「……私ね……」
ああ、懐かしい終わりが近い。
この想いを言い切ったら、終わりだろう。
「……怖かった……この世界が。生きるのが……でも、アインに会えて、怖く、なくなったんだよ……」
「ヴァイス! あぁあ、ヴァイス、待て、まって、」
最後のひとこと。
何がいいだろう? たくさん考えていた。
王道に愛してる、とか。
挨拶にまた明日、とか。
総括にありがとう、とか。
……どれも代わり映えしない。
これから私を失って未来を歩む彼を、なんて言って送り出そうか。
……それなら、やっぱりこうか。
「いってらっしゃい、アインハルト……がんばって」
意識が、存在が遠ざかる。
なにもかも消えて、なくなっていく。
生きた痕跡さえも残さずに。
救われた世界と彼だけを残して。
さようなら。
話の続きは、次に目覚める時がきたら、また語ろう。




