救世の刻②
「ハ? 何を言ってる貴様。転生神? 大昔に滅んだ神格の遺言か?」
「滅んだ……?」
「人間はそんなことも知らんのか……」
憐みたっぷりの視線を向けつつ、アイザックは語った。
「冥府、転生、精霊、時間、運命。それらは遥か過去の歴史で役目を果たし、名と残滓を人間どもへの加護として残して消えた神格たちだ。今、運営役を果たしているのは天穹辺りか? ま、あのアインハルトとかいう魔族殲滅機構が現れた以上、あれが神々にできる最後の抵抗といったところか」
「な、なんでお前がそんなこと知ってるのさ」
「常・識・だ!! ハァ~、貴様ら人間は生まれた時に世界の状況を知る触覚すら失くしたのか。生命体としては進化したようだが、神々から離れすぎて端末としては退化したな」
「……どういうこと……?」
今、アイザックの言ったことの意味が一ミリほども分からなかった。
なんだその……世界設定? 端末? この世界の人間には、何か役割があったのか?
「ふん、無知とは罪ならず。仕方あるまい、我が直々に教えてやろう!」
腕組みドヤ顔したアイザックが得意げに講師を気取り始める。
「この世に生まれた者らは、一体残らず世界のために尽くすもの。現行世界をその目と耳と感覚で把握し、理解し、改善を試行し、流転を促す。貴様ら人間が『人生』などと尊び、驕っている生命の過程だ。それらも全て世界運営の一環に過ぎん。その結果を当代の運営神が収集し、その死を以って次代へ引き継がれる。それが七度繰り返された時……再創世が果たされるのだ」
「再、創世……」
「ああ、一個体の寿命が百年前後しかない矮小種族が、無理をして理解しようとするな。仮に理解できたとしても、なにやら『もっと良い方法がある!』とかのたまい、勝手に自滅機構とか作って創世にも繋がらない傍迷惑な終焉を迎えかけることもあるからな!」
あー……それってアレ、世界の仕組みを「理解」しちゃった系が、善意や正義感からで暴走して世界が危機に遭うとかのやつ……?
そういう話、前世で百億回見たことあるな……
「我が知る中では……やっぱアレだな。直近の運命神の時代とかヤバかったな。人間界で統一王とかやってた奴がやらかして、ある囚人がそのしわ寄せに悲劇の満漢全席食らって復讐道を突っ走って、そのヤバ王をブッ殺したスピード感はリアタイブーストがあってもナンバーワンだな……」
「……それって創世神話の五の時代?」
いつから生きてるんだこの吸血鬼。
創世神話をリアルタイムで観測してた話も驚きだが、そっちの方が気になってくる。
だが確かに……「ブラッド・グレイル」では、その舞台や時代の性質上、闇堕ち騎士団の人間時代以前の歴史はまったく描かれていなかった。本編とは一切関係のない事柄だし、創世循環の仕組みなんて考察以前の問題だ。
「元より汝はこの世の魂ではない。我々の認識と齟齬が生じるのも当然だ」
──と。
空間中央まで来ていた霊王が、再び場を支配する。
同じ魔王でも、アイザックやフィリアとは比べものにならない威厳だ。こうして向き合うだけで、何か、例えるなら大自然の代弁者というか……大いなるものに対峙している感覚になる。
「……霊王。貴方は……一体」
「そうだそうだ霊王、貴様は何者だ? フィリアや雑魚吸血鬼のように、転化した個体ではあるまい。先ほど転生神と口にしていたな? さては古き神格の一つの成れ果てか?」
「それは情報として重要ではない……が、秘匿するほどの正体でもない。我はかつて精霊の神と呼ばれた存在の零落者だ」
「せせ、精霊神エルメンディア──!? 大凍結時代を引き起こした荒神ではないか! なんでこの期に及んで吸血鬼などやっている──!?」
一瞬の貫禄を投げ捨てたアイザックが素早く玉座の後ろに隠れ始める。
何、大凍結時代って。氷河期みたいなもん?
ていうか元神格って……凄い情報が出てきたな。
「神としての力は残っていない……この末路は長期間、存在するための種として不死に近い汝の同類を選んだまでのこと。そも吸血の鬼は、『血を最も好ましく思う味覚を持つ』というだけであって、吸血は必須ではなかろうに」
「いや……だってウマイじゃん……短命種が命がけで何百、何億年と熟成させた最高の嗜好品ぞ? 遺伝子の酒! 飲まん方が勿体ない!!」
本質的にケダモノすぎだ、こいつ。
ワインばっか飲んでたクセして、普通に全力で吸血鬼かよ。
「しかし美味いのは前提としてな? 我輩はその辺プロだ。毎日飲む血液より、百年、五百年と待った後に飲む血の方が断然ウマい!! そう……待てば待つほど美味いのだ。なので普段は発展著しいワインで誤魔化すライフハック!! ハッハァー、まさしく天才の所業!! 人間とは是、生きた酒樽よ!!」
人外発言が過ぎる。やはり根本的に相容れない生き物のようだ。
話と視線を霊王に戻す。
「貴方は……どうして此処に?」
「救世主。汝は己が生まれ落ちた理由を考えたことはあるか」
「……、」
私は玉座から立ち、台座から降りた。
この老いた魔王に対して、そろそろ上から物を言うのは阻まれたのだ。
「冥府、転生、世界……私の出生、いや存在自体に、神の思惑が絡んでいるのは想像がついていた。そして私は私の目的のために今日まで突き進んできたつもりだった──しかしそれも上の視座からすれば、『運命』と一括りにできる程度の行いに過ぎなかったと?」
「否。汝は我らが望んだ変数である」
「……変数?」
「運命に囚われた世界を解放するための鍵。世界神の神託が全てだ」
「世界神って……」
思い出す。あの、訳の分からなかった神託を。
──【疲れた。もう休みたい。後は頼んだ。】
「『疲れた』とか『休みたい』って話でしたけど……」
「はぁ!?」
意外にも声をあげたのはアイザックだった。
さっきまで霊王にビビッていたのに、ずかずかと台座から降りて私の横までやってくる。
「世界神は次の運営担当だろう!? なぜもうヘバッているのだ! 世界滅亡させる気か!!」
「いや私に言われても……」
「かの神格は、かつて数多の滅亡を危機から救った救世主だ」
「……え?」
霊王の言葉に、一瞬耳を疑った。
「変数無き時空……天譴の魔王と戦い、終点の結末を幾度となく塗り替える。異界の視座より汝も観測し、こう呼称していたはずだ。──『主人公』と」
ざわ、と私の中で何かが戦慄した。
霊王の口から、まさかその呼称を聞くことになるとは思わなかった、という驚愕もあるが……それ以上に、出された情報が重すぎる。
「……主人公が……世界神? でもそんな設定は……いや、」
設定として出てはなくとも、「それ」が事実でもおかしくはない。
原作主人公──プレイヤーの分身。ゲームシステムとして許された権限は幅広く、シナリオ中では実際に救世を……「創世」を成し遂げるエンディングが入る。
いやでも……
「それが事実なら、じゃあ『疲れた』って……」
「元々……『創世』の責務は世界神の管轄ではない。かの神格が変数に望んだ成果はただ一つ。創世の役割を、本来の神に成し遂げさせること」
「本来の神? 耄碌したか霊王の。神といえば、冥府、転生、世界、精霊、時間、運命、天穹──この八柱しかありえまい!」
「──ん?」
アイザックが言い放った情報に混乱する。
今、堂々と、おかしな発言がなかったか?
「確かに、地上ではそう認識されている。だが真王、汝は七つしか名を口にしておらんぞ」
「……アレ?」
ちょっと待て、とアイザックがタイムに入る。
「冥、転、世、精、時、運、天……本当だっ!? どこにいった八柱目ッ!?」
「……創造神が抜けてるんじゃない?」
「なんだその神。知らんわ。人間、記憶力の残念さをわざわざ報告しなくて良いのだぞ?」
「真面目な話だって。……いや、正直……どこかしっくり来てないんだけどさ」
なんだそれは、とアイザックが心底呆れた目を向けてくる。
うん、返す言葉もない。だがこの認識の違和感は……きっと、何かある。
縋るように霊王を見れば、
「覚える違和は正しい。名の数、そして神格の数の誤りは、意図したものだ。この情報に関しては世界全体に認識阻害がかかっている。最も重要な神格を、誰も認識しないように」
「「!?」」
世界全体への認識阻害……!?
いや、でも、それなら、
──当然のように八柱目の名を口にしたアインハルトはなんなんだ……!?
「……まさか」
この一連のやり取りで、ようやく解に思い当たる。
そして恐らくは──変数として、私がこれから求められる役割も、それに付随する重大事項であろうことも。
「いずれ創世を成す神格の名は……破壊神」
「は……破壊?」
「──そうだ」
霊王は──霊王を名乗る何者かは告げた。
この世の理を。
「新世界の創出に際して、その主は全能であらねばならない。
創造のみが出来る者は、創世神にも創造神にもなり得ない。
破壊のみが出来る者は、終末神にも破壊神にもなり得ない。
破壊と創造。真逆の業を理解し尽くした者こそ、世界の破壊を成し、新たなる土台を生み出せる。総てを創る者は──総てを壊せる者でなければ務まらぬ」
……破壊する総てのものを把握する。
それが出来て初めて全能の者は生まれると、彼は言う。
……なるほど、理にかなった話だ。完全なる破壊とはすなわち消滅であり、「無を創り出す」偉業に等しい。ならばそれを成す創造の神とは、必然、破壊の神でなければ成立しない──
「ならばその全能者となりうる破壊の神とやらはどこにいる?」
「其の魂は既に幾度となく輪廻し、各時代の成果を回収している。此度の旅路……魔を滅する旅路が滞りなく了すれば、天穹神が活動を停止し、最後の期が訪れるだろう」
「魔を滅する……? ってまさか」
「……」
ああ、その偉業を現在進行形で成し遂げている者は、一人しかいない。
勇者にして真の救世主。その座に就いた者は──
「アインハルト・ジーク・ローゼンクロイツ。……かの勇者こそが、いずれ創世を果たす破壊の神格。その魂。そして旅路の完遂にあたり……救世主、汝は死なねばならない」
世界のために命を尽くせ。
さぁ──逃れられない運命の刻がやってきた。




