救世の刻①
天穹歴四六七年、魔導王国にて「聖女」が「魔王」によってかどわかされる。
これを受けて王家は正式に魔王討伐部隊を編成、派遣を決定。メンバーには精鋭のみが選び抜かれ、それは主に第六神聖騎士団の団長を始めとした王国の最高戦力たちだった。そしてこれを切っ掛けに、
「王の名の下に命ずる。必ずや魔王を打ち果たせ、『勇者』たちよ」
──「勇者」という概念がこの世界に生まれる。
これまで人類が魔王を倒した例はなく、それを初めて公に成し遂げる存在の呼称として王国国王が定めた。
天穹歴四六八年、勇者一行の旅立ちから一年後。大陸の西の果てで魔王第五位『死王』が討伐される。これによりアンデッドの脅威に晒されていた西の人類圏が解放され、人類側の支配領土が僅かにだが取り戻される。
天穹歴四七一年、勇者一行の旅立ちから四年後。大陸の南を支配していた魔王軍が壊滅。領土支配者であった魔王第四位『幻王』の討伐が確認される。
以って残る魔王は三体。
第一位『罪王』フィリア、第二位『霊王』、そして未だ姿を見せぬ第八位のみである。
♰
「──うむ。起きたな?」
「……アイザック?」
暗い空間に、白い吸血鬼がいた。
私は座っていた。石の玉座らしきものにだ。そしてそんな私を、目の前でアイザックが見下ろしていた。
「どこだここ」
周囲を見回す。
普通の部屋ではなかった。端的に言って広い。謁見の間……のようだが。
「廃城だ。貴様が根城にしていた王都より北部にある」
「……何日経った?」
「貴様が石化されてから七年と四か月だな」
「七年……七年!? 石化!?」
予想外の年月スキップ状態。じゃあ今、天穹歴四七四年!?
私が寝ている間に何が起こった!?
「いやいや、それより先にはっきりさせておく事がある──なんで私を助けた?」
「ハ、これだから短命種は。なんでもかんでも理由がなければ生きることすらままならんのか。この吸血王アイザック、刹那の思いつきで大事を成す傑物ぞ!? 探るだけ無駄というものだ!!」
今すぐ殺した方がいいかもしれないこいつ。
とは思うが──真面目に答える気がなさそうなのは充分に伝わったので、別の質問をする。
「フィリアは……? というかアインたちは」
「あの女ならその男のストーカーに日夜勤しんでいる。先日も心臓をブチ抜かれたことに絶頂しながら帰ってきた。半日かけて体を再生したら、また出て行ったがな」
「……? ええと」
「ああ、前提の共有をしていなかったな。貴様の番は『勇者』とやらになって、各地に潜伏していた魔王を順調に鏖殺している。あと残っているのはこの我とフィリア、それに第二位の三人だけだ」
「待った待った待った」
勇者……? 勇者? アインが?
いや、彼の勇者化計画は、私がこっそり考えていたもので、後日、具体案を共有しようとしていた段階──だったハズだ。
「聖女……神々から三つの加護を受けた貴様が魔王の手に落ちたのだ。人間界の王も、相応の対応をするに決まっているだろう。国としての面子が掛かっているからな」
「ああいや……そんなにか。そんな……大ごとになっているのか」
「己の価値をそこまで理解していないとはな。卑下を通り越して無能だぞ」
グサリとくる。
……うん、今のは私が全面的に悪かった。
「だが人質に取ったとはいえ、フィリアに限らず我々吸血鬼は他者の世話など──とりわけ人間の世話などできん。放っておけば勝手に衰弱して死ぬ弱小種族だからな。故に基本、馳走と定めた獲物は、石化魔法で保存しておくのだ。ま、貴様は餌としてではなく、人質として確保しておくためだろうがな」
……なるほど。石にされていれば、空腹にもならない。衰弱もしない。生命活動の疑似停止。コールドスリープと同じだ。だから私は七年も飲まず食わずで生きている。
状況が大体理解できたところで……最初の疑問に立ち返る。
「いや……で、なんで石化を解いたのさ?」
「『気まぐれ』だ。いや何、善意ではないことは保証しよう。まかり間違っても貴様のような狂人に情も湧いてはおらん。単に、知らぬところで大事な人質が死んでいたら、あの女はどんな反応をするのかと思いついてな?」
「あぁ、まぁ……お前らしい短絡的な考えだな」
いっそ感心するわ。
「それだけではないぞ? ──もしここで我輩が貴様を連れ出し、あの魔王よりおっかない勇者に引き渡したらどうなるか!? ククク、あの調子に乗っている女の吠え面が見れそうでワクワクするではないか!? 絶対愉悦できるぞ!!」
性根が明後日の方向にカスであることに、こんな頼もしさを感じる事ってあるんだ……
どこまで行っても小物だ。小物すぎる。慎重に積んだ人の計画を、横から思いつきでパァにしてくるタイプの厄介者だ。絶対味方にしたくないが、敵にも回したくない。
なんなのこいつ。
だから原作では一番最初にやられたワケ? こいついたら、ひょっとして魔王アインと救世主が共倒れになる可能性もあったの??
ある意味、恐ろしい話である。
だが今回に限っては、その短絡さに救われたようだが。
「はぁ……ま、礼は言わないでおくよ。不慮の事故みたいなもんだしね。じゃ、私はアインたちのところに帰るから」
玉座から立ちあがる。
うーん、ちょっと体の節々が固まっているような気もする。石化の副作用かなぁ。
「ハッ……今の貴様に自由があると思うのか! 貴様が石化していた間、我輩とて何もしていなかったわけではないッ! 我が積年の周回の恨みを共に、食らぇい! 《コントロール》ッ!!」
スキル、《コントロール》──自分のレベル以下の生物の行動を掌握できる洗脳系。
実際、ターン制の「決戦領域」下では味方が敵に持ってかれて、解除するまで地獄を見ることもしばしば……だが。
「《カウンター》」
「あひゃんッ!?」
普通に《カウンター》を打って《コントロール》を跳ね返す。
ビビビッ、とアイザックの右手から放たれた赤い光は彼本人に直撃し、彼の行動コントロール権が私に移る。
「『我輩は絶対最強の無敵吸血鬼』、って言ってみろ」
「『我輩は絶対最強の無敵吸血鬼』!! チクショーッ!!」
だぁん、とその場で膝から崩れ落ちたアイザックが拳で石床を叩く。
馬鹿すぎる。ブラグレ初心者でも許されないムーヴだろ。何年この世界に生きてるんですか?
「さて、帰るか……ん?」
雑魚を分からせたところで、今度こそ歩き出そうとすると、この空間に近づいてくる気配を感知した。
フィリアのもの……ではない。
彼女とはまた違う、強力な、魔の気配──
「……ふ、フフフ……ば、馬鹿め。ヴァカめ! ほ、ほほ、ほん、本当に我輩がノープランの考えなしに貴様を復活させたと思っていたのか。ちゃんと有効活用する意図があったに決まっているだろう──!」
足元のクズの発言はさておき。
その時、この廃墟と化した謁見の間に、踏み入る存在があった。
「……目覚めていたか……『救世主』」
「……『霊王』?」
それは、老人の姿をしていた。
杖をつき、外套を羽織った老爺だ。猫背気味だが厳格な気配と、白髪の合間から見える褪せた赤眼は、しかと此方を見据えている。
魔王第二位、霊王。
闇堕ち騎士団の次に人気を誇っていたDLCボス。戦闘前の会話イベントでも口数が少なく、しかし節々に見え隠れする人格者っぷりから「正統派の魔王」だと評されていた。
だが真にプレイヤーの注目を集めたのは、魔王の中でも異例の、「決戦領域が通じない魔王」だという設定だ。開発側の如何なる意図か、彼の戦闘だけはターン制バトルが排除され、初っ端からレベル850による隕石爆撃やら月竜召喚だのと、超火力の地獄祭りっぷりで非常に楽しませてくれた。一日一回、霊王討伐を行う動画をあげる猛者まで現れていた始末である。
敵キャラとしては人気だが戦闘が地獄すぎて不評だったのが魔王アインハルトなら、やり込んだプレイヤーに対する公式からの正統挑戦状として人気を博したのが霊王だった。
まさか本物に出会えるとは……
「おぉーッと! そこで止まれ! それ以上近づくな! この女のイカレっぷりを甘く見るなよ霊王? いくら貴様でもただでは、」
「いや、無理だよ?」
「えっ」
「あの魔王には領域通じないし。人間のまま戦うにしても最終装備がないと話にならない。アイザック、持ってる? 彼岸装備シリーズ。ないでしょ?」
「彼岸……なに、ソレ。知らん……」
彼岸シリーズ。ブラグレにおける実質天井装備である。一つにつき「吸血鬼の心臓×150(超レア)」他、レア素材多数を要求され、これがあってようやくボスをワンキル圏内に持ち込めるというリーサルウェポンシリーズだ。これを揃えるのもやり込み要素の一つである。
「格が違うから立場を弁えようね? じゃ、もっかい私に石化魔法かけてくれる?」
言って玉座に座り直す。
無理無理。寝起きにあんな化物を相手すんのは無理です。
また前世みたいに隕石で死ぬのも嫌だし。
終末期まで眠ってるね?
「待てェェ──!! 諦めるな! 諦めるな救世主ゥ!! なんのために起こしたと思っているのだ! ワガママ言わずに戦いなさいッ! いい加減に! 我輩を! 魔剣から解放しろォォ──ッ!!」
「……ここに魔剣ないけど。あの後、どうなったの?」
「ふん、もちろん我輩が持っている。呪いのせいで一日三百体魔物を狩らなければならん日々だ!! 労働解放を求めるッ!!」
そのままでいいんじゃないかそれ……?
というかゴネている場合でもない。領域用意できないから、霊王に隕石爆撃されたら余波でお前も死ぬよ? 月竜に至っては裏ボスってレベルの強さじゃないし。どこから呼んでんですアレ?
「転生神から聞いてはいたが……本当に異界より招いた魂のようだな」
「……え」
『霊王』が。
玉座の此方へ近づきつつ、そんなことを言った。




