看破
博物館を出た後も、アインとまた王都を巡った。
行く先々でアインが美貌で注目を集めるため、なるべく人目のない地区へ行ってみれば、露店が出ていた。食べ物、古書、装備等が並んでいる。
装備屋──アクセサリー店の品揃えに目を向ける。こういうところに、偶に良いものが置いてあったりするのだ。
……うーん、どれも普通の品だな。あしらわれた宝石の素材は良いが、大した効能は持っていない。
次に行こうか、とアインに言おうと顔を上げたところで、
「──?」
彼が何かを一点に見つめていた。
ペンダントでも腕輪でも耳飾りでもない。視線の先にあったのは、赤いリボンだった。
「店主、これを」
店番の男は無言で顔をしかめた。
さもありなん。明らか貴族な客が、宝石類に目もくれずに安物のリボンを買おうとしてるから、店としてはもっと金を落としていって欲しいのだろう。
だがそれを知ってか知らずか、支払いにすっとアインが差し出したのは、一枚の銀貨だった。
「!?」
「うおっ……ちょ、お客さん!?」
「ん? 足りなかったか?」
「ま、まいどあり……」
震える手で銀貨を受け取る店主。不満は引っ込んだことだろう。
行こうか、と満足気なアインが歩き出したところで、
「……、」
「……!」
店主と一瞬のアイコンタクト。
私は素早く更に銀貨を一枚を出し、品揃えにあったブローチを指差した。
蒼い宝石がはめ込まれたブローチだ。周りは銀で加工されていて、きっとアインにはよく似合うことだろう。
これで金額の釣り合いは取れるハズ……!
コクコク、と無言で店主が頷き、プロの速度で袋に包装してくれる。
受け取る。
何も問題はなかった、いいね?
代金を支払い、店から離れる。そうして広場まで来たところで、
「あの……ヴァイス」
「うん?」
「これ、君に……似合うと思うんだ」
先ほど買ったリボンを、アインが差し出してくる。
髪飾りとしては最もシンプルな類だろう。ふむ、と少し考え、
「じゃあ、つけて」
「えっ」
「髪、好きにいじっていいから。ん」
どうぞ、彼に近付き身を差し出す。
そのリボンがどう私に似合うと思ったのか、是非とも教えてもらおうか。
しばし躊躇う間があってから、彼の大きい掌が、左の耳元付近をくすぐった。
ほう? 内側の髪を取って? 三つ編み……編み込んで? きゅ、と最後に毛先の方で蝶結びに結んで出来上がり。
「あぁ……やっぱり、よく似合う。思った通りだ」
アインハルトは満足そうに微笑んでいる。
……不思議なセンスだなぁ。
貴族の……というか公爵家で生まれ育った男子なんだから、財に任せた宝石装飾で攻めてくるものかと思ったんだけど。
まぁ、下手に高価なものをもらっても、周回で汚したり壊したりしちゃいけないから、倉庫の肥やしになってしまうが……
「これが似合うと思ったの? なんで?」
「……ヴァイスの眼の色が、好きなんだ。髪色に映えて、綺麗で……宝石みたいだと思ってた」
その比喩表現は小説でしか見たことがないなぁ……
そうなのか。赤目って、吸血鬼みたいな色だから敬遠されがちなんだけど。
……綺麗かぁ。
「そ。じゃあ、はい。アインこれ」
「え?」
私も先ほど買ったブローチを包装から取り出し、彼の右の胸元に飾り付ける。
おぉー、よく似合う。貴族度がアップした!
咄嗟に選んでしまったものだけど、私も髪飾りにすれば良かったかな? アインって髪、長いし。ま、そこは次の機会かな?
「……あ……あ」
「うんうん、いい感じ。王子様って感じだね。……アイン?」
「…………ちょっと今すぐ買い直してくる。宝石……くそっ、その手があったか……」
「ちょ、ちょっと」
なにやら今すぐ駆け出しそうな追い詰められた顔をしていたので、その右手を掴む。
「いいよ、そんな。アインはこれが私に似合うって思ってくれたんでしょ?」
「……でも。でも、ヴァイス……」
「お、お金じゃないからこういうのは。大事なのは気持ちだよ! うん、デートで一番大事なのはそれだから。これ常識ね」
「……常識……なのか……でも…………うぅ」
な……なんか、思ったよりもションボリしている。どうしたの。
……うーん。男としてのプライドを傷つけてしまった、とか? でも、それもなんか違うような気がする。大体、金銭の高さでどうこう言うタイプじゃないだろう、彼は。
「……ごめん、ヴァイス。俺は自分のことしか考えてなかった。君に似合う宝石なら、いくらでもあったはずなのに……こんなリボン一つで……」
「──む。自分で選んだ物の価値を簡単に下げちゃ駄目だよ。宝石より似合うものが私にあっただけでしょ?」
「……そうだとしても……」
「……もー」
落ち込む時はとことん落ち込んでしまうなぁ。
何がそんなに彼の気を落とすのだろう。本当にもう、自分には厳しい奴だなぁ。
「……アイン!」
ぐっ、と彼の手を引っ張った。
俯きがちだったアインが顔をあげる。
「海に行こ!」
──なお、魔導王国イラストリアスは内陸国なので、海など存在しねぇ。
やって来たのは河だった。日も暮れてきて、夕焼け空と陽射しが水面を照らしている。
「……海?」
「私が海と認定したところは海です」
「お、横暴な」
「別にいいのー」
……思えば転生してからこっち、本物の海は見てないなぁ。
「アインって……海、見たことある?」
「えっ……あー……うん。一度だけ。き、騎士団の任務で少しな」
「へー」
遠征ってやつだろうか。忙しい人なんだなぁ、やっぱり。
「……海、行きたいのか?」
「いや、そういうワケではない」
「そういうわけではないのか……」
「あー……でも……」
行ってみたいところは、ある。
「海を渡った向こう側には……行ってみたいかな」
原作の舞台。
東国、極東。
今の時代はどうなっているのだろう? 遥か遠い地過ぎて、想像もつかない。
「海の……向こう側?」
「そう。国があるんだよ。極東に」
「そう……なのか? 海洋を渡って、戻ってきた船の話なんて聞いたことがないが……」
あー、そうか。
世界一周とか、達成されてないんだな、この世界。この時代。
失敗だろうか? 口が滑って原作知識を披露してしまった。でも、どうだろう。
……どうだろう。
「……ごめん。今のは嘘。言ってみただけ」
歩き出す。
「あるわけないよね、そんなの。海の向こう側とか。意味わかんないもんね」
果たして本当にあるのだろうか?
原作知識。百年後の破滅の未来。
ここはゲームで私は元プレイヤーで、世界を誰よりも早く救うためにここにいる。
…………それが妄想でない証拠など、一体どこの誰が保証できる?
私の頭の中にしかない情報なのに──
「──ヴァイス。流石に今のは解る」
ピタリと、足を止めた。
後ろから、アインハルトの気配が近づく。
「今の言葉こそが嘘だ。君は……確信している。海の向こうに、国があると」
「……ふふ」
笑った。
思わず笑ってしまった。嬉しくて。
自分でもこうして偶に疑問を持つのに、どうして彼はそんなに、いつも私を信じ切ってくれるのだろう。
……敵になるかもしれないのに。
「訊いても、いいか?」
「なにを?」
予想する。次に来る質問を。
王道でいけば……『君は一体何者なんだ?』辺りかな?
「どうして俺の受けた加護が天穹神だと知っていたんだ?」
「──、」
……意外な、凡ミス。
まるで些細な違和感から探偵に追い詰められた犯人の気分だ。まさか、
「あー……《鑑定》スキルで、」
「それはない。鑑定で見えるのは個人の名とステータスだけだ。受けた加護の神の名を知る術は、大司教様が持つ《神聖看破》の他にない」
「えー……実は私もそれ持ってるんだよー」
「無いな。《神聖看破》を取得できるのは聖職者のみだ。いくら君が聖女の称号を持つとはいえ、十年間も教会で生活したことなんて無いだろう?」
また随分と厳しい取得条件のスキルだ……そしてそれ相応の強力さでもある。
雑な誤魔化しは効かないと分かったところで、
「セシリアに聞いた、とか」
「……いや、無い。それは絶対に無いんだ、ヴァイス。もうはぐらかすのはやめてくれ。君は……一体何を知ってるんだ?」
……そう。
どうやら立て直しは不可能みたいだ。これは誤魔化し切れそうにない。
私は指差した。河沿いにあるベンチを。
「座ろ。……長い話になる」




