王都漫遊
いくらファンタジー世界でも、デートの流れというのは前世の世界とあまり変わらないらしい。
朝。なけなしの乙女心と十七年培ってきた伯爵令嬢としてのセンスを懸けて、余所行き用の、なるべく落ち着いた色合いと服飾のドレスを着て、待ち合わせ場所に向かった。
場所は王都の中央広場である。
予定より三十分も前に到着してしまった己が浮かれ具合を嗤う。子供かよ。
がしかし、広場に近付くにつれて、往来の人々──主に女性──が、足を止め、ひそひそと会話している比率が増えていった。この時点で薄々察したが、
「あれって……第六騎士団の騎士団長様じゃない……!?」
「なんて美しいの……今日は非番なのかしら!」
「声、かけてみる? どうする!?」
忍ぶことを覚えよう、アインハルトくん!
いや実際のところ、最強の彼に本気で気配を消されたら、背後にいても気付けないのだが──にしたって注目を集め過ぎだ。
いやまぁ……実際……目を引くのは仕方ないとしても……!
(絵になってる……)
一瞬、なにかのスチルかと思った。
広場の、端。街灯の下に佇む、銀髪長髪の美男子。陽光はまるでスポットライトで、まるで現世に降臨なされた精霊のようだ。
身に纏っているのは騎士としてではなく、公爵としての礼服だろう。プライベートな格好だというのに、立ち姿には一切の隙がない。無表情でいる様は、遠目から見れば原作の未来の彼を彷彿とさせる冷徹な美貌だ。へえ、なんか開幕デバフ連打とかしてきそうな面ですね?(n敗)
というか三十分前なのになんで当然のようにいるんだろう……
(……行くか)
覚悟を決め、魔力の探知圏内に入る。
瞬間、即座に彼の視線がこっちを見た。
「ヴァイス!」
誰? と思ってしまうほどの豹変があった。
無表情から一転、ぱっ! と大型犬を彷彿とさせるテンションと明るい顔が見えた途端、もう目の前に彼が立っていた。
馬鹿な……肉眼で捉えられぬ速さだと……!?
「元気だね、お前……」
「ああ! 実は眠れていない! 君とこうやって出かけるのは初めてだし……こうやって休日に会える時間も中々取れないからな。それにしても……」
「?」
アインハルトの目が細まった。──経験則から、次に何が起こるのか私は察し、身を引こうとした。が、その前に腰を引き寄せられた。捕まった。
一言置く間もなく、キスされる。
やんわりと、触れるだけのものだったが。
「制服以外の姿も格別だな……似合ってる。今日の君も美しくて、可愛いよ」
この単独乙女ゲー開催野郎が──!
と、内心で叫ぶことで落ち着かせておく。待て待て我が情緒、周囲の観衆の乙女たちのようにキャーとか黄色い声を上げてる場合じゃないぞ。
一日!
これが今日、丸一日続くんだからな! 初っ端から体力消費してたら持たんぞ!
「…………ありがとう。アインも、うん、かっこいいよ。うん」
俯きがちに、そんなことしか言えない。
負けている……開幕から負けている……始まる前からリタイアとは……
「本当か? 良かった、君と並んで歩ける服で。色々とシュライゼンにも世話になったんだよ。帰ったらあいつにも礼を言わないとな」
影の苦労人筆頭、シュライゼン兄貴。
アインの従者だからそりゃあ当然の苦労なんだろうが、デート服まで彼の監修入りとは恐れ入った。そういや前世のドラマCDの現代パロディネタでも、アインのマネージャー役を当てがわれてたっけ。
「……じゃあ、行こっか。あちこち、見て回ってみよう?」
「うん! そうだヴァイス、向こうの通りに、よく騎士団の皆で行ってるパン屋があって──」
そんな彼の話を聞きながら、街を歩き出す。
神託に従って決行してみたこのデート。果たして終わりの時、私は、今の彼と同じ関係でいられているのだろうか──
♰
「ターゲット二名……動き始めました……」
「オーケー。ザスキアはそのまま観測してて。状況報告よろしく。こちらチームアルファ、追跡しつつ裏でカバーを──」
『こちらチームベータ。進路方向二百メートル先にて、魔物商が暴れミノタウロスに手を焼いている。衛兵が行ったが──』
「メリルちゃん頼む──!」
『あああもー!! 休みくらい団長に穏やかに過ごさせろってのよ──!』
デートをする二人が見える、遥か遠方の建物の屋上にて。
そこには伝達結晶を片手に指示を出すシュライゼン、それに彼と行動を共にするザスキアの姿があった。通信の向こうからは、別動隊のメリルやサポート役のエクレールが動いたらしい慌ただしい騒音が聞こえてくる。
「影からお二人に付いていくと聞いた時はどうかと思いましたが……必要ですね、これは」
「分かってくれた? アインの奴、昔っから騒動に愛されてるんだよ。幸運ってやつがないんだ、きっと。休日も騎士団業に忙殺されながら、学園では好成績維持。完璧芸もやりすぎって感じだけど──」
「ヴァイスさんの前では、心も体も穏やかに落ち着けると」
「そういうコト」
ならばこのデート、必ずや穏便に終息させねばならない。
第六神聖騎士団──その命を懸けてでも。
♰
「あ、演劇、やってるんだ」
ふと。
劇場前を通りがかった時、演劇ポスターが飾られた、立て看板を見つけた。
最近流行りの悲恋系だ。魔族の女と人間の男の禁断の恋。オチは男が泣きながら愛する女を討ち取ってしまうというものだという。
全部教室で聞いた話。
流行りや恋愛モノに敏感な御令嬢がたが、日々盛り上がっていた。
他人事じゃないあらすじだな……
「……ヴァイスは、演劇、好きなのかい?」
「好きってほどではないけど……単に気になっただけ。アイン、見たいの?」
「!? い、いや、俺は、その……正直、こういう長くじっとしてるの、苦手で……」
「へー」
意外な弱点だ。いやまあ、明らかに体育会だものね、貴方。
「……す、すまない」
「え? なんで?」
「き、貴族なら、こういうのは嗜んでおくものなんだろう……?」
「そんなの人によるよ? 貴族にだって色々あるんだし」
というか。
「私の故郷には劇場もなかったからね。偶に旅の劇団が来てたこともあるらしいけど、私も全然興味なかったし」
魔物死すべし慈悲はない。
昔っから私はそんなんである。世間一般の令嬢像から一番外れているだろう。
「……って、この劇、四時間もあるの……やめやめ。やっぱり別のところ行こう? アインと色んなトコ行きたいし」
「……! あ、ああ!」
次に足を向けたのは歴史博物館だった。
王国建国の成り立ちや、人類の歩んできた歴史とその発展を示した遺物の展示を見て回った。
特に面白かったのは魔道具の変遷だ。魔導書を皮切りに、次第に魔力をエネルギーに用いた発明品が発明されていく。そういえば、原作の時代では電気のインフラが落ちているため、魔力を電力変換するという魔道具が開発されていて活用されてたなぁ。
「おぉ……神話の時代の武器のレプリカまである……」
ここはファンタジー世界。
大真面目に、教材として歴史ある伝説武器の数々が展示されているコーナーがある。
そこには創世神話の流れを描いた、巨大な絵画もあった。
一に、冥府を旅した賢者が知識を持ち帰り、地上の民に繁栄をもたらした。
二に、転生した僧侶が神々の加護と信仰を広め、希望なき人々に活力を与えた。
三に、精霊と心を通わせる吟遊詩人が各地の英雄譚を謳い上げ、人の真価を示した。
四に、時間を長らく歩んだ魔法使いが、この世に魔導という神々の恩恵を形作った。
五に、運命に弄ばれた囚人が長き旅の果てに英雄となり、国々を繋ぐ架け橋となった。
おおまかな創世神話がこれらである。どれも神の名を戴いた旅路や逸話で、今は残り三柱のどれかの旅が進行中なのではないかと語られている。
創世神話が終わったら……どうなるのだろう? この辺の話は、もはや文明というものが破滅していた原作でも描写されていなかったことだ。おそらく真救世主こと、主人公の前世を紡いでいると思うのだが……ふーむ?
「今の時代は、天穹歴……だから天穹の時代、だっけ」
「うん。次の世界神の時代の終わり、創世が為されるという話だ。途方もなく先の話だね」
──天穹と世界。その二柱は、神託をくれた神格だ。世界神はだいぶやる気を無くしていたようだったが……なんだったのアレ?
「創世神話には予言が残されておる」
不意に。
私の左横から、聞き覚えのある声がした。
「あ、大司教」
「だ、大司教様……!? どうして……」
「ホッホッホ。お忍びというやつだよ、若いお二人さん」
大司教のじーさんは、変装のつもりなのか平民らしい格好をしている。まるでアトリエから抜け出してきた芸術家だ。帽子こそ被っているが、その目立つヒゲは隠し切れまい。
調子を取り戻したアインが問いを投げる。
「予言……とは?」
「うむ。教会に代々伝わるものでな? 『天穹の時代、神は愛を失い、混沌と秩序の世界を招く』。『世界の時代、救世主が現れ、新世界へと導く』。この二つがあるのだよ」
原作ゲームのことかな?
しかし、愛を失う神……とはなんだろう。これが騎士、だったならアインハルトを思い浮かべてしまうが、彼は別に神ではないし。
「よく分かりませんね。ちなみに、最後の時代は?」
「ノンノン。結末は誰にも分からんのだよ聖女。ま~、そういうのは昔から、『自分で描くもの』とされるがね?」
「最もですね」
知者として口を開けばまともな事しか言わないなこいつ。
第一印象とのギャップに呆れていると、そこで大司教が身を引いた。
「では儂はこれで。若者よ、存分に青春を味わいたまえ~」
そして去って行った。
大司教でもお忍びとかすることあるんだ……立場にしては、威厳とか緩すぎるが。




