神託
さて、人間にとっての一年はあっという間でありながら、それなりに濃密な期間でもある。
たった一年。されど一年。
王都で暮らして生活している以上、毎日とはいかずとも、アインハルトや騎士団面子と顔合わせする機会もそれなりにあり。
「やほー。姫さん。ちゃんと朝飯食べた?」
シュライゼンの兄貴は顔を合わせる度に気楽な挨拶と共に、ご飯を食べたかチェックしてくるようになったし。
「……あっ! こら撫でるな姫! 撫でるなって言ってんでしょー!?」
メリル先輩はこっそり頭を撫でると怒り出しつつも、ぽかぽか殴ってくることはなくなってきたし。
「ファヴニール、姫様に懐いてますね……ふふ、珍しい……」
中庭のベンチでくつろいでいると、どこからか飛んできた小形態の黒竜は頭に乗ってくるようになったし、ザスキアはそんな此方の様子を見て微笑むようになった。
「おや、姫君。図書室で会うとは奇遇ですね。ええ、まあ本の返却に来たのです。歴代騎士団長の失敗談を記した、ある書記長の日記ですよ」
エクレールも堅物系でありながら、中々に愉快な御仁だと分かってきた。天然ボケというやつである。
というか、だ。
「……なんで皆、姫って呼ぶの……?」
「俺の婚約者だからじゃないか? 分かりやすく」
そう言うのは、屋上でベンチに座りつつ菓子を頬張るアインハルトだった。
彼が食べているのは、私が回復アイテムとして自作しようとした結果、ただのクッキーになってしまった代物だ。回復効果はないが、物としては良く焼けたので持ってきたものだった。
「サクサクで甘くて美味しい……ヴァイス、料理も出来るんだな」
「ダンジョン攻略では野営が基本だよ? 魔物肉でも捌けるよ、私は」
「へえ、それは頼もしい。けどあまり危険な所には行ってほしくはないな、何かあったらどうするんだ?」
どうもこうも一月前に魔王が拠点にしてたダンジョンを攻略してるんだよこっちは。
相変わらず──相変わらず、アインハルトには冒険者稼業のことや、ダンジョン攻略のことなんかは一切伝えてはいない。偶に、セシリアと共に浅いダンジョンへ行ったことくらいは伝わっているだろうが、間違っても隣国近くの新規ダンジョン最速攻略だとか、レア素材目的の深夜強行軍周回だとか、一切全然言っていない。
なぜなら絶対に止められるから。
そして本気で止めに来る彼に、私はおそらく勝てない。まだ。
「……そういえばアインって、ダンジョン攻略したことあるの?」
「あるよ? 騎士団に入る前……腕試しにね。まぁ、敵が弱すぎてあまり楽しかった覚えはないかな。よく冒険者が言う、お宝みたいなのも見つけられなかったし」
それはただの探索不足かな……
やはり気質がラスボスなのだろうか。敵だけ倒して、ダンジョンギミックが見えないタイプか。
「シュライゼンとエクレールも連れて潜ったこともある。あの時は、エクレールが凄い活躍してくれてな。それまで誰も見つけられなかった隠し扉を発見して、三人で飛び込んだんだ」
「それってモンスタートラップ……」
「ご名答。魔物に囲まれて、あの時ばかりは肝が冷えたな」
冷やす肝があった時代かぁ。
三人のダンジョン攻略、ちょっと見たかったな。
「ヴァイスは……昔からダンジョンが好きだったのかい? 故郷では魔物を狩り尽くしたって聞いたけれど」
「──……、」
好き、か。
どうかな。どうだろう。入り浸りすぎてダンジョンには縄張り意識すらあるが、初めの初め、どんな心持ちでダンジョンに踏み入ったかは、まだ思い出せる。
使命感だ。
この世界を攻略する。何があろうとあのラスボスを打倒する、と。
……左隣のアインハルトを見る。うん、ほとんどその目標も頓挫しかかってる気がするな?
「うーん……ダンジョンが好きなんじゃなくて、単に魔物を狩るのが好きなだけな気がするなぁ」
「た、頼もしい救世主様だな。……でも、君だけに危険な戦いはさせないさ。いざって時は、遠慮なく俺たちを頼ってほしい」
頼るっていってもな……
第一、君たちのステータスとか知らないし……仲間として連れて行っても運用方法が湧かならないというか…………ん?
「……ん?」
待てよ。
今なら「聖騎士アインハルト」を始め……第六神聖騎士団の面子の内部情報、教えてくれるんじゃねッ!?
いやいやいや、それだけではない。
「……アインハルト」
「ん、なんだい?」
「──知っての通り、私は貴方のことが宇宙一好きな貴方の婚約者なわけだが──」
「ッ!? え、あ、いやあの、ありがとう!?」
むせながら礼を言われる。
ただの枕詞にそこまで動揺するんじゃない。
本題はここからだ。
「わ……、」
──私と一緒に人間止めて世界救おうって言ったら、どこまで付いてきてくれる?
頭に思い浮かべ、言おうとした言葉はそれだった。
澱みなく、合理的に、そう問おうとした。後で何と言われようと、これで彼の心境が曇ろうと、はっきりさせておこうと思った。
しかし──
「わ……たしと……」
「?」
言葉に、詰まる。
問いは喉元で引っかかり、言葉は作られなかった。作れなかった。
言おうとして、言い出せなかった。
なぜ躊躇うのか、という疑問は、考えるまでもなかった。
私が弱いせいだ。
一言で言えばそれに尽きるのだが、何故だ、と自問する。
問題を具体化する。ここで見ないフリをすれば、一生後悔する。そういう類の躊躇だ、これは。よくあるやつだ。ゲームでも漫画でもよくあるやつ……!
私は、転生者だ。
多くの物語の類型を知っており、多くの名作に触れてきた経験が、記憶がある。
故にここで、多くの「登場人物」のように、問題を後回しにはしないぞぉ……!
「ごめん、ちょっと考えをまとめるからタイムで」
「タイム?」
はて? と隣のアインハルトが小首を傾げ、次のクッキーをもぐもぐする。
さぁ、自問自答だ。十秒で終わらせろ。
現状確認。
──私はアインハルトたちを勇者パーティに仕上げた魔王討伐RTAを思いついた!
彼の未来のラスボスルートを回避するのに、これほど適した選択肢もあるまい。自らの手で、魔王化する道を叩き壊す。私が無理して魔王対決して窮地に陥り、闇落ちフラグを建設してしまう可能性はグッと低まるであろう。
しかし、だ。
この計画には欠点がある……そうだ、視座を高く持て……メタ的に……そう、今、この、「ヴァイス・フローレンス」という登場人物の現状を冷静に分析しろ……
そうだ。このアインハルト勇者化計画には。
発案者……すなわち私の「慢心」が含まれている!
聖騎士アインハルトなら大丈夫。
ラスボスになるアインハルトならきっと失敗しないから。イケる。
──などという──!
「……ふう……危なかった……」
「? ヴァイス、食べるかい?」
「食べる」
アインからクッキーをあーんされて食べていく。
もぐもぐ。よし、思考が冴えてきたぞ。客観性を見失うな。
転生して「舞台」にいる以上! 転生者としての自覚がある以上! 己の立ち位置もメタっていけ──!
……やれやれ……危ないところだった。私もいつかのセシリアの自虐と同じような地点に立つところだった……アインハルトの力を絶対視し、危うく彼という人間から目を逸らすところだったぜ……
気を抜くな人生二周目。
一度、彼を「殺せる」と考えたのなら。
味方として頼る時だって、敵として見る視点を見失うな。
それはあまりにも、滑稽が過ぎる。
アインハルトは完全な存在ではない。欠点があって、失敗もする、一人の人間だ。
それを他ならぬ私が忘れてどーする。
本当に危ないところだった。
見える死亡フラグを無視するところだったぜ……!
さて! ではその視点を念頭に置いた上で、計画を見直そう。
アインハルトたちを、勇者パーティにできるか?
……たぶん、できる……と思う。可能か不可でいえば、可能だろう。問題は……
(セシリア……)
魔王を討伐しに行く以上、王都が手薄になる。
そこをまたフィリアが襲うとは考えられないか? 彼女はアインに執着している。妹を攫い、悲劇を打ち立て、彼の心を折る一助にする可能性は充分にある。
ならば白紙。
計画をボツにし、現状、私が進めている……「一人で魔王全討伐チャレンジ」を続行。
これも……正直言おう、リスクが高い。
一度でも失敗すれば、アインハルトが八割方、闇落ちする。
それほどまでに、
「ヴァイス? もう十分も難しい顔をしているが、どうかしたのか……?」
──私への好感度が高すぎる──!!
すう、と一度、息を吸い、吐く。
「……アインハルト。お察しの通り、私は今、物凄く悩んでいる」
「あ、ああ。なら俺が相談に乗──」
「まだその時ではない!」
「ええっ!?」
「急かさないで。もうちょっと一人で考えさせて」
「えぇー……?」
こっちは今、頑張って選択肢を生成してるんだよ! 第三……第四の選択肢をな!
いち、何も言わずに魔王討伐を続ける。──なし。流れ的に相談するが吉と見た……!
に、勇者になってみない? と彼に提案する。──保留で。
さん、全てを彼に告げてみる。原作知識の共有。──あり寄りのあり。
よん、全てをあの大司教ジジイに丸投げする。──う~ん……無しかなぁ……
「……どうしよっかな……」
「そ、そんなに深刻な悩みなら聞かせてくれ。力になれない方が辛いぞ……?」
そんなお前の気遣いもまた……悩みのタネとなるんだが……
主にもう、全部アインハルトが悪い。なんで私に攻略されてるんだこいつ? ラスボスだろ? どこからコンテすればいい? あー、ダメだ。ジジイにお願いされた最初の場面しか浮かんでこない。時間遡行の能力があってもあそこからリスタートする気がする。
「えっと……そうだ。試しに啓示を神に乞うてみるのはどうだ?」
「──啓示?」
「そう。神託を守護神に祈ってみるんだ。なにか助言が聞けるかもしれないぞ? ヴァイスは三つも加護を頂いているんだし」
……神託システム!
そうだ……あったそんなの! ストーリーには一切関わってこず、システム的には操作説明として搭載されていたやつだ!
このリアル環境では聞けるのか! 神からの交信というやつが!
……って。
「ん……? アインも神託、もらったことあるの?」
「いや、俺は聞いたことないんだ。そういうのはやっぱり、適性というのがあるんだろうし……今更、俺に言うことも何もないんだろうな」
「……大丈夫……?」
……なんか寂しそうな顔をしたので、つい頭を撫でてしまった。
ちょっと何してんの神々。うちの恋人を曇らせないでくれます?
「あの、ヴァイス。う、嬉しいけれど、あまり急に触れられると……」
「よし、じゃあいっちょ神託願ってみようかな」
「切り替えが早いな! もう慣れてきたけどさ!」
ぱっとアインから手を離して、目を閉じ、両手を組む。
ではいってみよう。我に加護を授けし、第一柱目! 冥府神!
すると頭の中に文字が浮かんできた……
【ステータスウィンドウを目にできるのは加護を持つ者の証。】
Tipsか?
なんかゲーム画面の切り替えとかで見るような短文だったんだけど。知っとるわい!
次ィ! 第二柱目! 転生神!
【レベルを上げると魔導値を獲得できます。消費することによって新たなスキルを取得できます。】
Tips2!!
もういいって。神々、もしかして開発班の方ですか? 説明がゲーム時代と同じなんだけど! 嘘でしょ!?
さ、最後だ……第三柱目! 世界神! 頼むぞ!!
【疲れた。もう休みたい。後は頼んだ。】
「は……?」
なんか、最後だけ……世界神だけ、明確なメッセージが来たぞ。
書き置きのような内容だったけれど。
……どういうことだ……?
「どうだ? 何か聞けたか?」
「いや、役立ちそうなものは何も……そうだ、これって自分の加護の神以外にもできるの?」
「え、どうだろう……普通は、加護を頂いた神々や、信仰している神に行うものだと思うが……」
……やってみる価値はある。
こちとら聖女よ。なにかあるかもだ!
精霊神! 時間神! 運命神! ……うーん、返事がない。
神々は全部で八柱。後は天穹神と……あれ?
「……あれ? アインハルト、ちょっと神々の名前、言ってみてくれない?」
「? 冥府神、転生神、世界神、精霊神、時間神、運命神、天穹神、創造神、だろ?」
そうだった、っけ。
なんかしっくり来ないけど。感覚が。
……まぁいいか。どれ、祈って──ダメだ、何もないか。
ならばラス一、天穹神! この神は確か……
「アインハルトの守護神も、天穹神だったよね?」
「……ああ。なんなら、二人で祈ってみようか? 君となら、もしかしたら届くかもだ」
そう言って彼が手を握ってくる。
大きい手だ……と思いながら、効果あるだかないんだか分からん祈り方で目を閉じ。
【デートをしなさい。】
「……ん?」
「……あれ?」
なんか、やたらはっきりとしたお告げがきた。
デート?
「……今のが、神託……? 凄い、こんなの初めてだぞヴァイス! やっぱり君は本物だな!」
「いやデートって……」
人生初の神託体験に、どうやらアインハルトはテンション上がってるようだが。
……思ったよりはっきりとしたアドバイスが来て、若干私は恐怖を感じてるんだけど。
「ところでデートってなんだ?」
「そう来るとは思ってた」
うむ、と頷く。
この聖騎士アインハルト君、一目惚れから始まり、既に何度も一線を越えまくっているので、そういった本来のステップを知らないのだった! 思いも寄らぬ弊害だなあ……
「逢引き、だよ。二人でどこかにお出かけしなさいって」
「あ……!」
気付いたか、我が婚約者よ。
そう──この一年、互いに職務やダンジョン周回で、恋人らしい休日の過ごし方なんて全然していなかったことを──!
「シュライゼンが色んな子とよくやっているやつか……!」
「それも大分問題だと思うけど……」
まあ、そうだね。
大事な話をするなら、そういう日がいいかな。
「じゃあ、デ──」
「デートをしよう、ヴァイス!」
「食い気味に台詞を取られた!?」
「ははは、流石にやられっぱなしじゃあな。どこか行きたい場所はあるか?」
ダンジョン。
……という冗談は、今回は封じるとして。
「王都を巡ってみたい……かな。……二人で」
というわけで、デートをすることになった。




