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断罪されるはずの悪役令嬢ですが、騎士団長が離してくれません  作者: 秋月 もみじ


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第7話 門と手紙


『ローズマリー・カーティスに対し、王太子の名において出頭を命ずる』


その書面を見た瞬間、ルークが唸った。


低く、長く。銀色の毛が逆立っている。使者の足元を睨んでいる。もう子供の体ではない。四ヶ月で、私の腰の高さまで育った。唸り声だけで使者が一歩退がった。


「ルーク、いい子」


頭を撫でると、唸るのはやめたけれど、使者から目を離さなかった。


封蝋を割って書面を開いたのは、秋の昼下がりだった。


呼び出し状が届く少し前から、話を戻す。


ヴァイルハルトの秋は、忙しい。


薬草の収穫が本格化して、ライナスとの交易は月に二度のペースになった。乾燥品だけでなく、生の薬草も扱い始めた。隣国の薬師ギルドが品質を認めてくれたおかげで、単価が上がった。


鉱山の試掘も始まった。ハンスが昔の鉱夫を三人連れてきてくれて、小規模だけれど掘り始めている。鉄鉱石が出た。品質はまだ調べている途中だけれど、ハンスの顔が明るくなった。


帳簿の数字が、少しずつ変わってきている。赤い数字が減って、黒い数字が増えている。クロヴィスが毎週計算し直してくれる帳簿のおかげで、どこに金を使うべきかが見えるようになった。


あの人は相変わらず「暇だっただけだ」と言うけれど。


屋敷も変わった。ハンスの息子が屋根の瓦を直してくれた。マルタが庭の雑草を刈って、薬草の鉢を並べてくれた。門の蝶番に油を差したのはクロヴィスだ。あの悲鳴みたいな音がしなくなった。


小さな変化が積み重なって、荒れた屋敷が少しずつ、人の住む場所になっていく。


ある日、ライナスが交易の打合せに来た時、帳簿を広げながら言った。


「ローズマリー嬢、鉱山の採掘を本格化させるなら、権利関係を正式に登記した方がいい」


「登記?」


「隣国との交易で鉱山産出物を扱う場合、権利者の正式登記が必要です。王家の登記部門に原本を提出して、名義を確認してもらう」


なるほど。交易を拡大するなら、正式な手続きを踏まなければならない。


「母の名義のまま登記すれば、相続者である私に権利があることを公式に認めさせられる、ということですね」


「その通りです。原本をお持ちなら、手続きは簡単です」


油紙に包まれた鉱山権利書。母の書斎の裏から見つけた、あの書類。


提出することに、迷いはなかった。交易上の必要だ。義母がどうこうということは——正直、考えなかった。あの時は。


王家の登記部門宛の書簡を作成し、権利書の原本を添えて送った。


正式な手続き。それだけのことだった。


手紙が届いたのは、権利書を送って数日後のことだった。


でもそれは王都からの返事ではなかった。


差出人の名前を見て、手が止まった。


リリアン・カーティス。


妹。


封を切る指が少し震えた。封蝋ではなく、糊で留めてあった。義母の目を盗んで出したのかもしれない。


手紙の字は、小さくて、少し震えていた。


『お姉様


母のしたことを止められず、申し訳ありません。

お姉様が辺境でお元気だと聞いて、安心しました。

私には何もできませんでしたが、お姉様のことをずっと考えていました。


どうかお体に気をつけて。


リリアン』


短い手紙だった。


余白の方が多い。言いたいことが他にもあったのだろう。でも書けなかったのだ。この子は、いつもそうだ。口が開きかけて、閉じる。手紙でも同じだった。


手紙を折り直す指が震えた。


泣くのは二度目だ。一度目はクロヴィスの前で。今度はリリアンの手紙で。


ヴァイルハルトに来てから、涙もろくなった気がする。王都にいた頃は泣かなかったのに。


手紙を丁寧に折り直して、母の台帳の間に挟んだ。返事を書こう。すぐには無理でも。義母に見つからない方法を考えて。


そして、呼び出し状が届いた。


王太子の名において出頭を命ずる。


書面を読み終えて、畳んで、机に置いた。ルークが私の手を鼻で突く。


ゲームでは——


いや、もういい。ゲームの話はいい。この世界は、とっくにゲームの通りには動いていない。目の前にあるのは書面と、現実と、ルークの湿った鼻だけだ。


「クロヴィスさん」


裏庭で剣の素振りをしていたクロヴィスが、汗を拭きながら入ってきた。手拭いを首にかけたまま書面を読む。表情は変わらない。


読み終えて、書面を机に戻した。


「俺も行く」


一秒もなかった。書面を読み終えてから返事までの間が。


「でも、領地のことが——」


「ハンスとマルタがいる。ルークもいる。数日なら問題ない」


問題ないと言い切った。この人が領地を離れることの方がよほど問題だと思うけれど、でも——


「……ありがとうございます」


笑った。自然に、笑えた。


王都に戻るのは怖い。断罪された場所だ。処刑の夢を見た場所だ。


でも、この人が一緒なら。


クロヴィスが私から目を逸らした。手拭いで顔を拭いている。耳が——赤い?


汗のせいだろうか。素振りをしていたから。そういうことにしておく。


出発の準備を始めた。


ハンスに留守を頼むと、「気をつけて行ってこい。あの王都ってのは空気が悪い」と言われた。空気が悪い。たぶん物理的な意味だけではない。


マルタが旅の食料を持たせてくれた。干し肉と、保存用の焼き菓子と、薬草茶の葉。「お体に気をつけて」。リリアンと同じ言葉だ。でもマルタの声はしっかりしていて、震えていない。


ルークを連れていくかどうか迷った。結局連れていくことにした。この大きさの銀狼が隣にいれば、少なくとも変な人間は近づいてこない。


出発前夜。


荷物をまとめ終えて、居間で灯りの下にいた。条件書の写しを確認している。王命に対する返答はすでに送ってあるけれど、王都で改めて説明を求められた時のために。


クロヴィスが向かいに座っていた。剣の手入れをしている。油を染み込ませた布で、刃を丁寧に拭いている。この音は好きだ。静かで、規則正しくて、安心する。


「お嬢」


「はい」


「一つ、聞きたいことがある」


手が止まった。クロヴィスの方を見た。


灯りの下で、クロヴィスの目が少し違う色に見えた。普段の灰色がかった青ではなく、もう少し深い色。光の加減だろうか。


「何ですか」


クロヴィスが口を開きかけた。


その瞬間、足元からどすんと音がした。


ルークだ。居間の入り口から全速力で走ってきて、クロヴィスと私の間に突っ込んできた。尻尾をぶんぶん振って、クロヴィスの膝に前足を乗せている。散歩の催促らしい。夜の巡回——本物の巡回——に連れていけということだ。


クロヴィスがルークを見下ろした。


ルークがクロヴィスの手を舐めた。


「……いい。王都から戻ったら話す」


「え、でも——」


「戻ったら話す」


立ち上がって、ルークと一緒に裏口から出ていった。


残された私は、灯りの下で、聞きそこねた言葉の形を考えた。


何を聞きたかったのだろう。


この人の「聞きたいこと」は、四年間の護衛期間でも一度も出てこなかった。あの夜、星空の下で言いかけた「あの日から、俺は」の続きと関係があるのだろうか。


わからない。


ルークの遠吠えが、窓の外から小さく聞こえた。


明日、王都に行く。


何が待っているかは、わからない。


ゲームの知識にも、この先のシナリオはない。攻略wikiにも載っていない。


でも——隣にいる人がいる。


灯りを消した。明日は早い。


門の蝶番は、もう鳴らない。


代わりに、ルークの遠吠えが窓の外から聞こえた。出発を急かしているのだろうか。まだ夜だ。黙れ。


——黙らないので、枕を耳に当てて目を閉じた。

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