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量産勇者、自由を掲げよ。  作者: 陶花ゆうの
3 任務探索
49/228

13 双頭の亜竜

 ()()はゆっくりと目を開けた。


 彼女の宮殿、過去には及びもつかないほどに質素で、そしてかつてよりも自由な宮殿で。



 いつもと何かが違う。

 何かが近くにいる。



 なんとはない不安。

 ここのところはいつも不安だ、もういつから不安を覚えているのか分からないほど。



 ――()がいなくなってから?



 そう自問して、すぐに苦笑する。



 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 むしろ以前よりそばにいてくれるようになった。



 ――声がする。

 昔の声、言葉。


『……死にたくない。死にたくない。こんな……こんなところで』


 その気持ちは今も不変。

 そのはず。





 ――彼女は岩の褥の上でゆっくりと身を起こし、さらさらと肩から胸へ落ちかかる黒繻子の髪を耳に掛け、首を傾げる。


 そして、歌うように囁いた。



「……様子を見てきて。わたくしのヒバリが戻って来たのかも知れないわ」





*◇*◇*





 六人の魔法使いが、堅牢な岩壁を崩すに足るだけの事象を、手分けして各々の心袋に仕舞い込む。

 その作業は地道で地味なものだが、結果は歴然。



 大音響とともに岩壁が崩れ去る。

 立ち込める粉塵、震える足許。


 こちら側からは見えないが、湖には大波が立ったに違いない。

 弾けるような水音、翻る波の音が聞こえてくる。


 湖とこの空間を区切っていた岩壁の一部が崩れ去り、瓦礫の山になる。


 同時に、頭上の岩壁の一部も砕け、轟音とともに九百フィートの高さから落下してきた。

 地面に落ち、砕け、地響きを立てては凶器と化して散らばる岩と煌めく光晶の破片――



 顔を庇って腕を挙げる勇者たち、だがリベルは違う、彼はそれが不要であることを知っている。



 一部の光源が途絶えたことで薄らと落ちた影。


 その中から這い出してくる、無数の古風な戦装束の兵士たち。



 顔貌のない、影に塗り潰された儚いばかりのそれぞれの腕が、跳ね散る岩の欠片を受け止め、叩き落とし、勇者たちを守っている。



「――影兵霊……」


 さすがに目の当たりにするまでは信じられなかったのか、岩壁を崩した功労者の一人でもあるメイが茫然と呟く。


「ええ、もちろん」


 応じるように呟いて、ヴィレイアはがらがらと瓦礫を崩しながら、その上に攀じ登り始める。


 まだ今も岩壁は崩れ切っておらず、からからと軽い音を立て、次々に小さな破片が雨のように降っているが、安全を確認できるほど待ってはいられない。


 そして、その必要もない。

 影兵霊が二人、それこそ影のように寄り添ってヴィレイアを守っている。


 アガサとメイ、ギー・レスとベイ・レスもまた、瓦礫を攀じ登っていたが、その身ごなしは如何にもヴィレイアよりも軽やかで余裕がある。



 ヴィレイアが瓦礫を攀じ登る様をリベルが見ていれば、心配の余り胃に穴を開けただろう。



 だが、リベルといえども今はヴィレイアを見ていない。

 彼は亜竜に対峙している。


 亜竜は、この広い空間にあって彼の褥と崩れた岩壁には五百ヤードの距離があったが、その距離でも隠しようもないこの暴挙に気づき、ぱちりと硬い瞼を開けて紅い瞳を覗かせて、まずは右の頭を持ち上げていた。



 ずしりと動く巨大な頭。

 光の当たる位置が変わり、深紅の鱗が宝石をばら撒いたように煌びやかに輝く。



 ごう、と、喩えようもない音が響く。

 それは亜竜の、右の咢が大きく開いて欠伸をした音だった。


 左の頭はなおも岩の上に臥せられて、その両眼も閉じたまま。



 双頭の亜竜の右の頭だけが持ち上げられて、炯々とリベルたちを見渡している。


 うたた寝を邪魔されたときに相応しく気が立っている――その口の端からちろちろと炎が零れている。



 それを見上げて、リベルは内心で息を呑んでいた。


 ――頭が二つあるのだから当然ともいえるが、間近で見れば本当に大きい。

 フロレアで遭遇した亜竜の、ほぼ倍の大きさの体格。



 亜竜の前に進み出るのは、リベルとエルカ、ラティが横並び。

 アーディス、ウェイン、オーリンはそのやや後ろにおり、全員が銃器を構えている。

 最優先でこの場から脱出すべきリガーとディドルが、その更に後ろで身構える。



 亜竜が唸り始めた。

 太い弦を幾本も爪弾くような優美で神秘的な声で、右の咢から不機嫌な唸り声を漏らしている。


 紅い瞳が細められ、亜竜は一秒間、何かを考えた――ほぼ間違いなく、ここで人間たちを相手に遊んでやるか、あるいは手っ取り早く焼肉を作るか。



 亜竜は後者を選んだ。



 亜竜の優美な首に並んだ突起が次々に後ろに倒れていく。


 亜竜の鼻面に皺が寄り、その部分の細かな鱗がさあっと逆立った。



 亜竜が半ば起き上がった。


 左側の頭はなおも寝息を立てている――一方右の頭が、素早くぐっと地面近くまで伏せられる。


 優美な曲線を描く長い首――その首を、ぼこり、と、何かの塊が上る。



 ウェインとオーリンが横っ飛びに跳んだ。


 リベルが逆手に構えた〈氷王牢〉を掲げ――



 限界まで咢を開いた亜竜の喉の奥から、地獄そのものが顔を出したかのような、漆黒の業火が噴き出す。


 同時に、リベルの足許から亜竜まで、優に三百フィートはある距離を、〈氷王牢〉が生み出した氷が覆う。


 七フィートの高さの、度外れて分厚い氷壁が、須臾のうちに出現したのである。



 亜竜の炎で空気が焦げるよりも早く、〈氷王牢〉の氷がその炎を凍らせた。

 だが〈氷王牢〉の氷が空気を軋ませるよりも早く、亜竜の炎がその氷から清冽な冷たさを奪った。



 悲鳴のような音とともに、氷の一部が蒸気となって吹き飛び、三百フィートの厚さを誇った堅牢な氷壁は、ものの一秒で――滴の滴る――奇怪な形の物体(オブジェ)と化した。


 足許では百フィートほどの厚さが残っているが、熱気が炙った上部は向こう側が透けて見えるほどの薄さになっている。



 焦げ臭い匂いが辺りに充満する。


 岩が焦げたのか、空気が焦げたのか、それとも岩の間から顔を出していた花々が灰になった匂いか。



 亜竜が首を傾げるような仕草を取った。


 そのすぐそばで、まるでもう一つの頭部の困惑を察したかのように、左側の頭でも、ぱちりと紅い瞳が開いた。


 ゆっくりと擡げられるもう一つの頭。



「――全員生きてる?」


 亜竜から目を逸らさずにリベルが囁き、「今のところは」という返答が人数分返る。


「で、()()()()()()()はまだ?」





 瓦礫の上に慎重に立ち上がり、ヴィレイアは〈焔王牙〉を抜いた。


 ――薔薇色の刀身から陽炎が立つ。

 それを、それこそ松明のように振ってみせる。


 そばではアガサが明りクラゲのランタン――言うまでもないが、アーディス隊のものは湖の底だ。これはウェイン隊のものだ――を大きく振り、メイとギー・レス、ベイ・レスは、魔法で湖を激しく波立たせ、逆巻かせている。



 全て黄鉄鉱の巨人の気を引くためだ。



 巨人は、もうとうに眼球の毒は洗い流しただろう――その独眼で、間違いなくこちらを見ている。


「こっちには気づいてる」


「でも、こっちが亜竜の縄張りだってことも分かってる」


 双子が口々に言い、ヴィレイアは〈焔王牙〉をゆっくりと、挑発するように振りながら、舌打ちして囁いた。


「――影兵霊、あの巨人を刺激して」


 影兵霊がするすると巨人に近付いていく。

 湖面の上を滑るが如きその動きを見守りながら、アガサが息を殺して。


「あんな風に――生きてることが分からないくらいに眠り込む鉱路生物は珍しいわ。詳しいことは分からないけど、空腹で眠ってたんじゃないかしら。この辺りの明りクラゲが減ってるんでしょう――何か関係があるかも」


「そんなことを暢気に推測してる場合?」


「私が言いたいのは、あんまりにもお腹が空いていれば、この向こうが亜竜の縄張りだとしても、空腹に耐えかねてこっちに突っ込んで来てくれる可能性は十分にあるんじゃないかしらってことよ」


 そのとき、影兵霊が巨人の足許に辿り着いた。

 比べてみれば巨人の大きさがよく分かる。


 巨人は足許に群がる影兵霊を、水を蹴立てて振り払っている。

 そして紅い独眼でこちらを見ている――ひ弱な竜の眷属を。



 ヴィレイアたちの背後では、岩壁が崩れたこと――棲み処を荒らされたことに腹を立て、亜竜が凄まじい炎を吐いている。


 その熱気を、十分離れているはずのここですら背中に感じるほど。



 同じ事象を巨人も感じ取っている。


 生物として自分よりも格上の亜竜の腹の虫の居所が良くないことを察して、そちらへ近づくのを――竜の眷属という極上のご馳走を見てさえ――躊躇っている。



 一頻り巨人の気を引く努力が空振れば、もはやここに留まる理由はない。



〈焔王牙〉を自棄になって足許に投げ捨てる身振りだけをしてから、ヴィレイアは瓦礫の上から戦場を振り返った。


「誰か一人ここに残って、巨人をこっちに引きつけるように努力し続けて!」


 双子が揃ってメイを見た。


「メイ、残れ。きみが一番――」


「――食べたら美味しそうだから」


「地上に戻ったら覚えてなさい」


 メイが歯軋りする。



 ヴィレイアは影兵霊の一部を巨人のそばに残し、二人の影兵霊の手を借りる形で瓦礫を滑り降りた。


 アガサと双子は彼女よりも数秒早く瓦礫から飛び降りて走り出しており、ヴィレイアは三人の背中を追う格好となる。



 双頭の亜竜が激しく首を振り、断続的に漆黒の炎を吐いている。


 太く長い尾が地面を叩き、その度に足許が震えるのがはっきりと分かる。


 五百ヤード近い距離を置いてなお伝わる、その威圧感と本能的恐怖。

 背筋が粟立ち、手足が冷たくなるほどの。



 亜竜の前に散開する六人の勇者の影が見える。

 亜竜に比して余りにも小さい。


 ウェインの大砲が何度も火を噴く。

 振り回される尾を躱し、その付け根を目がけて巨大な槌を振るうラティ。

 エルカとオーリンが、左右から亜竜の死角に踏み込もうとしている。


 そしてアーディスとリベルが、正面から、左右それぞれの竜の頭に対峙している。


 アーディスは、エルカとオーリンのために亜竜の気を逸らすことに全力を傾けている――リベルはそれとは対照的だった。

 過たず亜竜のただ二つの急所、眼球と咢の奥を狙いにいっている。



 亜竜は激しく苛立っている。


 彼の真下から、何度も何度も氷柱がその腹を突き上げようと生成されているのだ。

 無論、鱗の強度と亜竜の巨躯に負けて氷が折れているが、だがそれでも不愉快なものは不愉快なのだろう。


 腹立ち紛れに亜竜が吐き出した炎の残滓があちこちで揺れている。



 走りながらも、ヴィレイアはふと、フロレアでのリベルの戦いを思い出した。


 ――実際は、亜竜のことをそう鮮やかに覚えているわけではない。

 あのときの彼女はパニックを起こしていた。


 だがリベルの背中、亜竜を前に一歩も引かなかった彼の背中はよく覚えている。


 あのときのリベルは、神経質なまでに亜竜が飛び立つことを妨げていた。

 飛行されれば止められなくなる、そうなれば被害が拡大する、それを警戒していたのだ。

 そして同時に、獲物に固執し最後まで高度を上げなかったことこそが、あの漆黒の亜竜の敗因だった。


 だが、今は違う――


 今、双頭の亜竜の、その骨格と皮膜から成る巨大な翼は、半ば持ち上げられている。

 そしてリベルは何とかして、彼を飛び立たせようとしている。


 ――飛び立たせてしまえば、退路が開ける。

 最悪でも、周囲に救援を求める役割を持つ法術師を脱出させることが出来る。

 それを狙っているのだ。


 そして亜竜はそれを察している。

 彼の棲み処からの脱出口を、ゆえに塞いだままでいる。


 何度も何度も、その脱出口の前に尾が叩きつけられているのがヴィレイアからさえも見える。


 そして、勢い余ってその脱出口が崩れることを、リベルが恐れているのが手に取るように分かる。



「――リベル!」


 声を上げる。

 気を逸らすような真似をするな、という意味だろう、アガサが警告するようにヴィレイアを見る。


 だがリベルは全くヴィレイアを振り返らなかった。


 なんでもないときには神経質なまでにヴィレイアを見守る朱色の瞳が、今は亜竜だけを見据えている。


「おう!」


 リベルが叫び返す。


「俺たちの鉄砲玉は!?」


「ごめんまだ! 動いてくれない! メイさんがいる!」


「了解、加勢しろ!」


 リベルが〈氷王牢〉を振った瞬間、ヴィレイアの足許から氷柱が生えた。


「わっ」


 直径にして七フィートほどの円柱形の氷柱が、ヴィレイアを持ち上げてするすると伸びる。


 走っていたところを持ち上げられ、ヴィレイアはよろめいて氷柱の上に膝を突き、右手を突いた。

 そうすると掌が冷たい氷柱に張りつく。


 氷の匂いとしか言いようのない冷えた香り、顔に触れる冷気――だが、左手に握った〈焔王牙〉の熱が、徐々にではあれその氷柱を溶かしつつある。

 左手の下で滴の音がした。



 亜竜を見据えて、その鼻先で〈氷王牢〉を振るっている状況で、どうしてヴィレイアの正確な位置が分かったのだろう――


「――背中に目でもあるの?」


 冗談めかして呟く。



 氷柱の成長は、亜竜の頭を下に見るほどの高さで止まった。


 そして、更に次々と氷柱が生える。



 亜竜の動きを封じるように、人間に隠れ場所を提供するように、――あるいは。



「走れ!」


 リベルの合図でヴィレイアは走り出した。

 氷柱の頂上から頂上へ、飛び石を渡るかのように次々に足場にして駆けていく。



 余人には推し測りようもなかったが、このときリベルは不安の余り吐きそうになっていた。


 これは咄嗟の一手であって、鉱路生物を前にして、根が狂暴になるリベルが思いついた手に過ぎない。

 ゆえに、実際にヴィレイアが高所に達してはじめて、彼は内心で蒼くなったのだ。



 だが、始めてしまったものは仕方がない。

 ちらりと見上げ、林立する氷柱の上にヴィレイアの影を認めて、リベルは怒鳴った。


「飛べ!」


 全く何の躊躇もなく、最後の氷柱を踏んだヴィレイアが空中に身を躍らせた。



 白い外套の裾が翻る。

 一つに編んだ白百合の髪が宙を泳ぐ。


 空中で身を捩った彼女が、目を細めて着地地点を見る。



 ――双頭の亜竜の真上。



 落下の途中とあってヴィレイアには口を開くことなど出来なかったが、


(――さあ、鉄砲玉の代わりに爆弾が来たわよ)


 内心でそう呟き。



 ヴィレイアが落ちる、その瞬間に亜竜が身を捩って避けた。


 だが避けたのはヴィレイアではない、彼女が握る〈焔王牙〉こそを。



 ヴィレイアは素直に落下しない。

 彼女の左手の中で、〈焔王牙〉が強く輝き――爆発。



 辺り一帯を薙ぎ払うような勢いで熱の塊を吐き出した〈焔王牙〉、その熱波に岩場が砕け、弾け飛び、さしもの亜竜も低く唸って警戒する。



 ばさり、と亜竜が一度羽搏き、その豪風で粉塵を鎮めたときには既に、その刹那の注意の穴を突き、リガーとディドルが脱出口に向かって滑り込んでいた。



 同瞬、熱波で自らも吹き飛んだ格好になったヴィレイアを、亜竜から飛び離れたエルカが、器用に抱き留めて一回転、衝撃を殺して彼女を地面に下ろしている。


「う――気持ち悪い」


 落下からの跳ね返りを経験し、胃の辺りを右手で押さえて呻くヴィレイア。


 エルカが呆れて息を吸い込む。


「締まらないな、ヴィリーは」



「かっこいいのはリベルの役目だもの」



 一片の疑いもなくそう言ってヴィレイアが見つめる先で、まさに彼女の幸運の勇者は、双頭の亜竜を前に狂気の笑みを浮かべている。























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― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です! 冒頭のモノローグを見ると、《死霊の姫君》が死霊と真契約したのは、大事な誰かの死にたくないという言葉に応えたかったからなんでしょうかね。死にたくない、じゃなくて、命の終わりを迎えたく…
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