12 苔が生える
「しかしまあ、なんだってこんな危ない鉱路にわざわざ?」
と、アーディス。
ウェインと並んで歩きつつ、まずは亜竜を偵察に行こうという話になり、洞穴の奥へ足を進めている最中である。
濡れ鼠になっていた全員を、ともかくもリベルが乾かし、銃器の不傷石から水分を取り除き、再び使えるようにした後でもある。
隧道はすぐに開き、見上げるほど高い天井と、果てが見えないほど広く抉れた空間に出る。
とはいえ、地面は大仰なまでの起伏に富んでいる。
視界が利きづらいほどだ。
だが、何よりもここは明るい。
その明るさに、ヴィレイアが不安そうにしている。
足許の岩は、灰色というより白に近い色合い。
「そりゃお互いさまだろ」
「こっちは事情があってな。
そこのリベル、元々は俺たちの隊にいたんだが、そいつがどうしてもこの鉱路に入りたいって聞かなくて」
ウェインがリベルを振り返り、リベルはすかさず顔を伏せた。
如何にも小心そうなその仕草に、ウェインは糸目をぱちくりさせる。
「――そんなやべぇ奴には見えないけどな……」
「亜竜とやり合うことになったら、あいつ人が変わるぜ」
アーディスが事も無げに言って、「で?」とウェインを促す。
ウェインは溜息を吐いた。
「まあ、よくある話よ。要は金欠。
――最近……二箇月くらい前かな、治癒精が使えなくなっただろ?」
「――――」
エルカが足許の些細な凹凸に躓いた。
リベルはその肘を支えてやりながら、「気にするな」と合図。
「あのとき、俺たちは探索自体控えたんだよ。――メイとディドルは法術師なんだが、いつ治癒精が戻るか分からんって言うし、危ないからな。
――で、やっと治癒精が戻ったら、同じ考えだった奴が一斉に探索に出始めて、ハイリ付近の鉱路は今、けっこう混み合っててな。あんまり実入りが良くないんだ。とはいえこっちの懐事情は切羽詰まってる。それで相談して、資源が唸るほどあるだろうこの鉱路に来たわけよ。
お蔭で、もう今日のうちに欠けるかもって状況なわけ」
「なるほどなあ」
アーディスは押し出すようにそう言いながら、ちらりとリベルを振り返った。
「でもまあ、生き残る目もあるぜ。――リベルは亜竜の単独討伐の経験があるからな」
「……冗談? え、四等って言ってなかった?」
「今は四等だけどな。まじまじ」
ウェイン隊の全員にまじまじと見られて、リベルは恥も外聞もなくヴィレイアの陰に隠れた。
ヴィレイアはびっくりした後に苦笑しつつ、手を伸ばしてリベルの赤錆色の髪をぽすぽすと撫でる。
リベルは蚊の鳴くような声で言った。
「腹を空かせて弱ってて、しかも予想外の転移で混乱してる亜竜だったからだ」
ヴィレイアがリベルの短い髪を細い指に絡めたまま、小さく囁く。
「――本当にありがとう、リベル」
「…………」
リベルはそっとヴィレイアの手を頭から離させた。
まともに彼女の顔が見られなかった。
ウェインはなおもしげしげとリベルを観察している。
そして、リベルが一向に誇る様子も事実だと念押しする様子もないことから、むしろ信じ難いアーディスの言葉を信じる気になったようだった。
彼は言った。
「――時の運も実力がなきゃ振り向かないだろ。
だったら、ちょっとここの亜竜をしっかり見て、脅威度を評価してほしいな」
凹凸の激しい地面を進むことしばし。
ここはただひたすらに明るく、完璧なまでのその明るさが、眼前の光景から現実味を削り取っている。
だが、酷使して痛む足の痛みは本物だ。
明るさの要因は明らかだった――見上げたアーディスが感嘆の吐息を漏らしたことに、見上げるほど高い天井――更には、ことによると果てが見えない先に聳えているはずの岩壁の一部――それが、純粋な光晶で出来ているのだ。
光晶の明かりの恵みを受けて、足許の岩場からは、ちらほらと小さな花が顔を出してさえいる。
地面の起伏の激しさに、まるで山道を歩いているかのような錯覚をリベルが覚え始め、いつヴィレイアが岩の小山から落っこちるか、あるいは地面の陥没に転落するかとはらはらし過ぎ、若干心臓が痛くなってきた頃。
高い位置から振り返れば、通り抜けてきた隧道――洞穴がまだ見える。
また、湖のある空間に向かって開ける他の洞穴も、ぽこぽこと壁に穴が開いているようにして、ここからならばよく見えた。
喩えるならばここは、湖のある空間と、幾つかの穴が開いた分厚い岩壁一枚で区切られているようなものなのだ。
豪風じみた音が聞こえ始め、ウェインが一同に屈むよう指示した。
リベルも素早く屈んだが、ヴィレイアは明らかに落ち着かない様子だ。
彼女の手を引いて、リベルが屈ませる。
「どうした?」
声を潜めて尋ねると、ヴィレイアは「後で」という身振りで答える。
地面の起伏に身を潜め、更に這うように進み、やがてウェインが「止まれ」と合図した。
そして、突き出した岩の陰からその向こうを窺うよう、身振りで示す。
リベルはそうした。
まだかなり小さく見えるほど遠くに、亜竜の巨躯が横たわっているのが見えた。
豪風じみた音は、その亜竜の鼻息だ。
亜竜の鱗の色は深紅。
夕焼けに染まる茜空の色。
頭上からの光晶の光を浴びて、無数の宝石のように鱗が煌めいている。
今は丸くなって眠っているようで、この世に愁えることなど何一つとしてないと言わんばかりに寛ぐ彼は、岩場が平らに均された場所で翼をゆったりと伸ばしている。
「――――」
リベルは目を擦った。
エルカも同様にしていた。
彼が唇をぱくぱくと動かして、「マジ?」と声もなく言っていることが伝わる。
アーディスが慌てて、「戻ろう」と手振り。
ウェインも頷き、計十三人の大所帯に膨らんでいる勇者たちが、それぞれに踵を返して亜竜と距離を取る方向へ引き返す。
そして、ようやく、もう声を出しても良かろうという位置まで辿り着き、リベルは真っ先に言った。
「冗談じゃない」
他の勇者も全く同意見といった表情。
「あんな亜竜は見たことないぞ」
たった今目の当たりにした、深紅の亜竜――
――彼には頭が二つあった。
優美な首が二本伸び、そのそれぞれに知性のある頭脳と、火を噴く咢を備えた、――双頭の亜竜だったのである。
*◇*◇*
「あんなの亜竜をいっぺんに二頭相手にするようなもんだぞ」
「僕らもそう思って――」
「――最初に見たときは肝を潰した」
「亜竜に気づかれないように、あんたたちが来た道を引き返せないのか?」
「あの亜竜に向かって見たとすると、左奥。あっちに私たちが通ってきた道があるのよ。亜竜からすれば気にもならないほど小さな隙間ね。ただ悪いことに――」
「俺たちが通って来たことで、亜竜がそこに隙間があるって認識しちゃったわけ。隧道を抜けたところが、ちょうど小さな岩山になっててね、抜けるまで亜竜がいることに気づかなかったんだ。で、通ってみたら――、ばん」
オーリンが、上から何かが落ちてくる様を示す動作をする。
「真上から亜竜の尻尾が落ちてきて、びっくり。尻尾で退路を塞がれて、取り敢えず壁伝いに逃げるしかなかったんだけど、火は噴かれるわ鉤爪が降ってくるわ、よくまあ無事に切り抜けられたもんだよ」
「その後、湖に進んで巨人に遭遇したんで、そーっと引き返す作戦もやったんですが、」
と、ディドルが「お手上げ」の仕草。
「駄目ですね、亜竜はすっかり、岩壁の穴から獲物が這い出してくるかもって思ってる。なんだかんだでそっちに耳を澄ませてて、出口に近づこうものなら、こう、がぶりと」
ラティが、そっとリベルに囁いた。
「リベル、〈氷王牢〉でなんとか出来ませんか……壁を作る、とか……」
「――出来なくはないと思う」
リベルは慎重に答えた。
「でも、どこからともなく氷の壁が出来上がるわけだろ。亜竜は絶対に気づくし、そうなれば襲ってくる。安全圏に逃げ込むまで保つかどうか……」
「八方塞がりじゃねえか」
リガーが悪態を吐く。
「避けられない、引き返せない、亜竜か巨人のどっちかには勝たなきゃいけない」
「まだ巨人の方がマシでしょ」
アガサが呟いたが、エルカが言下にあしらう。
「単体で見ればな。――巨人をやれたとして、やったあとにわんさか襲ってくるだろう化け魚の群れと、引き返す道々遭遇する、集まって来てた他の鉱路生物をやる余裕あるのか?」
「だからって、あの亜竜と戦える?」
アガサが言い返したとき、「あの」とディドルが言い差して、ヴィレイアに向かって身を乗り出す。
ヴィレイアは首を傾げ、やや警戒するように可憐な眉を寄せる。
「はい?」
「影兵霊……」
ディドルが呟き、そして息を吸い込んで勢いをつけ、続けた。
「影兵霊でなんとか出来ませんか? 以前会ったときは契約していましたよね――さっきもいました。今も使えるんですよね?」
「そうだよ!」
リガーが指を鳴らす。
同時に、メイがあからさまな疑いを籠めて鼻に皺を寄せた。
「影兵霊? 影兵霊って、あの? 冗談でしょ、ディー、あんたの見間違いよ」
「いやいや、ほんとですって。ていうかさっきもいたの、見てなかったんですか?」
「さっき? 私は後ろを警戒してましたとも」
リガーが口を挟む。
「お嬢さん――メイ、マジだぜ。俺もさっき見た。
――あんた、そんな凄いのがいるならなんでもっと早く出さなかったんだよ」
リガーが愚痴の口調で言う。
ヴィレイアは睫毛を上下させ、ディドルを見て、リガーを見てからメイを見て、再びディドルに目を戻し、曖昧な声を出した。
「あの、確かに契約はしていますが」
「うっそぉ」
と、これはメイ。
そうやって目を丸くすると、超然とした雰囲気が和らいで見えた。
一方、オーリンがギー・レスだかベイ・レスだかの双子の片割れに「影兵霊ってなに?」とひそひそと尋ね、「そんなことも知らないの?」と怒られている。
メイは、ぶすっと膨れた顔をする。
そうするといっそ幼く見えた。
「亜竜単独討伐しちゃう男の子に、影兵霊と契約してる子までいるの? さすがに嘘でしょ。ずるくない?」
「ずるくないです。あと、影兵霊は今は使えません」
ヴィレイアが小声で言って、ディドルやリガーのみならず、リベルまで「えっ?」と声を出してしまった。
ヴィレイアを振り返る。
ヴィレイアは困った様子でリベルとエルカを見て、何かを言い難そうにしていた。
「――あ」
エルカが先に閃いた。
彼が手を打つのを見て、リベルも遅まきながらはっとする。
(そっか……)
影兵霊は、影のない場所では顕現しない。
ゆえに、光源が一つもない暗闇、あるいは影も落ちない光の中では顕現しない。
リベルは自分の足許を見た。
全方向から射す光のために、なんとも奇妙なことに、足許には影が落ちていない。
それがゆえに、この光景には現実味がない。
――ここは、天井全体と壁の一部までもが光り輝き、そして目にははっきりとは見えないながらも、足許の岩でさえ光晶を含んで微かに光っているに違いない――影が生じない場所だ。
つまり、ヴィレイアからすれば相性は最悪の戦場なのだ。
そしてヴィレイアは、エルカに看破されるまでは、その影兵霊の弱点をリベルにさえ黙っていた。
ここで公にしたくはないだろう。
というわけで、リベルは如何にも尤もなことを聞いたかのように頷くことにした。
「――ああ、そうだったね。ごめん」
「どういうこと?」
アガサがヴィレイアを見て、それからリベルを見た。
リベルは気づかなかった振りを貫くことに決め、エルカの方を向いていた。
どのみち、知らない人に囲まれているこの状況はリベルにとってかなりのストレスだ。
兄貴分のしっかりした顔以上に安心できるものはこの場にない。
「――まあ、条件さえ整えば、ヴィリーのかっこいい精霊が亜竜を足止めしてくれる」
エルカも曖昧にそう言って、顎を撫でた。
「問題は、取り敢えず何かしようにも亜竜の気を引いちゃうってことか……」
「亜竜と戦ったことのない人は?」
ウェインが一同を見渡しながら尋ね、それには沈黙が応じた。
ウェインが蟀谷を掻く。
「まあ一応、全員、亜竜の経験はあるってことね……」
「そのせいで意気消沈」
オーリンがぼそっと呟く。
――対亜竜の戦闘を生き延びた勇者は大抵、「運が良かった」と語るが、つまるところが運を落とせば欠落する相手が亜竜なのだ。
「しかも、二つ頭の亜竜の経験はない」
エルカがきっぱりと言って、湖の方を振り返る。
「あっちなら、ヴィリーの影兵霊も使えるんだよな……」
「あら、さっきは巨人の方はどうとか言ってなかった?」
アガサが若干嫌味っぽく言った。
この状況に、どうやら相当苛立っているらしい。
全く無理ないことでもあり、エルカはそれを無視した。
「湖は足場が悪過ぎる」
「でもだからって、亜竜に勝てる気はしないよな」
三つの隊の勇者たちが頭を寄せ合って、不毛な議論に苔を生やす。
エルカはじっと何か考え込んでいたが、やがてふと何かを思いついた様子で、湖とこちらの空間を区切る岩壁をまじまじと観察し始めた。
更に頭上を振り仰ぎ、陽光の色に輝く光晶を、目を細めて観察する。
そして、一同を見渡した。
「訊きたいんだけど、魔法使いは何人いる?」
エルカ自身と、リベルと、ウェインとメイ、そして双子が手を挙げた。
エルカはそれを数え、
「五……違った、六人か。まあ、リベルは十人と数えるとして」
「今、僕らのこと纏めて一人って数えそうになったよね?」
「勘弁してよ、そっくりだからって」
異議を申し立てる双子にすみませんと会釈して、エルカはアーディスとウェインを交互に窺う。
「ここの岩壁、崩せないかな。魔法で」
「は?」
訝しげにするウェインに対して、アーディスが目を剥いた。
「おまえ、まさかあっちの巨人をこっちに誘き出せないかって考えてる?」
騒然とする一同。
エルカは後頭部を掻いた。
「駄目かな。少なくとも無傷の亜竜を相手にしなくてもよくなるかも知れない」
「最悪の場合、巨人と亜竜をいっぺんに相手にすることになるぞ」
渋い顔をしたのはリベルだったが、意外にもリガーが「いや?」と。
「亜竜だってここを縄張りにしてんだろ。でかい侵入者は排除しようとするはずだ。旨そうな好物――あ、俺らのことだぜ――が近くにあれば、横取りだって警戒する」
オーリンが声を潜めた。
「警戒しなきゃいけないのは、亜竜にこっちの意図がばれることか……」
「ばれたところで大した問題はない」
と、アーディス。
「要は巨人をこっちに誘き寄せられるかどうか――巨人に、亜竜の縄張りに踏み込むことを思い切らせることだ。
巨人がこっちに突撃して来てしまえば、さすがの亜竜も寝床を荒らされるわけにはいかん、多少のご馳走は見逃して、巨人をどっかにやってくれるさ」
「相当腹が減ってたら、寝床を放棄して――」
「――僕たちを追ってくるかもだけどね。そこのところは――」
「――運ってところか」
短い沈黙。
各々がこの案を自分の中で考えていることが分かる。
それから、主にそれぞれの隊の中で、ぼそぼそと意見が交わされ始めた。
「――最悪は、そうだよね、巨人と亜竜を相手にすることになる……」
「巨人がこっちに来なかったら?」
「どのみち亜竜を相手にするだけよ」
「――他の鉱路生物まで寄って来たりしない?」
「亜竜に近づく馬鹿な生き物はいないだろ」
エルカが、ちょいちょい、とリベルとヴィレイアを招き、そちらに寄った二人にそっと囁く。
「――頭の上の光晶がちょっとでも落ちれば、影兵霊は出て来られる?」
ヴィレイアは瞬きし、頷いた。
「うん、ちょっとでも影が出来れば」
「良かった」
エルカがほっとした顔をする。
そして、更に小さな声で言った。
「生きて外に出たら、いいか、絶対に報酬は割増請求だ」
「それはもちろん」
リベルとヴィレイアの声が揃う。
他の二つの隊でも意見が出揃った。
各々がまた向き合って、まずはウェインが手を挙げる。
「うちの隊は、このとち狂った提案に賛成。
ぶっちゃけ、ここでじっとしてても苔が生えてくるだけだしな」
「うちの隊も賛成。なんにせよリベルがいる。無茶じゃない」
アーディスがはっきりとそう言う。
それを聞いたリベルは真顔で、
「俺にはエルカがいる」
「おいやめろ」
エルカがリベルの頭を叩いた。
それを見て、アーディスがいよいよ怪訝そうに眉を寄せる。
そして、断固とした声で言った。
「――リベル、そこのお嬢ちゃんが元は特等だったってのは分かった。事情もあっただろうし、俺たちには言えなかったってのも、まあ察した」
「…………」
黙っていたのは利己心十割ですとは口が裂けても言えず、なんとなく思わせぶりな顔で頷くリベル。
「事情?」と、ディドルがヴィレイアを窺うが、気まずそうに小さくなるヴィレイアをエルカがディドルの視界から隠した。
アーディスがエルカを指差す。
「で、そいつは? 亜竜とやり合うなら、実力は正確に知っておきたい。
そいつ以外は、この場にいるのは二等以上の勇者だけなんだよ」
リベルはエルカを見た。
エルカは両手を挙げて、「好きに言え」とばかりに肩を竦める。
「あー……」
リベルは顎を撫でて、言葉を選びながら言った。
「エルカは……勇者になったのが最近っていうだけで。
正々堂々やったら俺よりは強い」
「――は?」
アガサとラティ、リガーが愕然としたエルカを見た。
エルカは顔を顰めている。
「こないだ、俺、おまえに負けたじゃん」
「ヴィリーが影兵霊で押してくれたお蔭でな」
「――ちょっと?」
と、これはリガーとディドル、メイの声が揃う。
「本気で言ってる? ――影兵霊を人間に差し向けたの?」
「それしかなくて……」
「それでなんでこの人は生きてるの?」
「そりゃもう、影兵霊をちぎっては投げ、ちぎっては投げ――素手で」
「……人間じゃない……」
法術師たちが、とんでもないものを見る目でエルカを見る。
リベルは軽く手を叩いた。
「――だから、俺に亜竜の単独討伐が出来たんだから、エルカに出来ない道理はないんだ」
「買い被るな」
エルカが厳しくそう言うのを後目に、リベルはアーディスに向き直った。
「納得?
――アーディス、俺が普通の三等とか四等とかと上手くやれるわけないって、分かるだろ?」
「――それは、まあ……」
アーディスが息を吸い込み、ゆるゆると首を振る。
「なんだおまえら、それが本当なら、三等勇者隊っていうのは名ばかりの化け物揃いじゃねえかよ」
「資源税が俺たちより安いなんて詐欺だ」
ここぞとリガーが言い立てるのを、うるさいとばかりに手で遮って、リベルはリガーを睨む。
「化け物がいて良かっただろ。生きて帰れるかも知れないぞ」
「おお、心強い。化け物様さま」
「こいつ……」
ウェインがそれを見てちらりと笑った。
彼自身は法術師ではないから影兵霊の逸話も響かず、リベルが元は特等だったことも知らないのだから、彼と比較されても「一等相当の実力」と見做したのだろう、彼の隊のディドルやメイのような、戦慄じみた反応はない。
彼が咳払いして、生真面目な顔になって一同を見回す。
そして、大規模探索には付きものの相談を開始した。
――即ち、優先事項の打ち合わせ、指揮系統の決定だ。
「優先事項はとにかくこの場を全員が生きて切り抜けること、いいな? 資源はもうこの際、復路で拾うものでも儲けものだよ」
「異議なし」
「異議なし」
「指揮だが、誰が執る?」
ディドルが顔を輝かせてヴィレイアを見たが、その彼女をリベルは後ろに押し遣った。
アーディスが苦笑して、肩を竦める。
「素直に今の階級で決めるなら、俺かあんただ、ウェイン。
だけど実力で決めるならリベルだな。
――俺たちの隊にいたときはリベルが筆頭だった。元は特等だ」
「特等? 一等じゃなくて? ――本当に?」
「こんなときに嘘なんて言うかよ」
アーディスの返しに、ウェインは信じ難い話を次々に呑み込む気になったらしい。
溺れる者は藁をも掴むということの好例である。
ウェインが「ほほう」と言わんばかりにリベルを矯めつ眇めつする。
リベルは俯き、赤くなった。
それを見て、またリベルの若さから、ウェインは当然に憂慮の表情で眉を顰める。
「――強いんだろうけどな、個人の実力と指揮能力は別だぞ。経験はあるのか?」
「俺たちが組んでたのは三年だ。
――その三年で数え切れないくらいには」
アーディスが認め、リガーが手を伸ばし、「頑張れ」とリベルの背中を叩く。
アガサがぼそりと、「リベルの指揮なら、私たちは慣れてるし」と呟いた。
「ならいいが――」
ウェインがなおも懸念の眼差しをリベルに向けながらそう言って、しかし譲れない一点を示した。
「――それから、こんなことは言いたくないけど、あんたが欠けたときは俺が指揮をもらう」
「欠けさせるもんか」
エルカが殆ど喧嘩腰で応じた。
リベルは兄貴分に笑い掛けてから、ウェインに頷く。
「うん。それでいい」
「配置はどうする」
アーディスが促し、リベルはゆっくり深呼吸した。
「魔法使いはまず岩壁を崩す。
そのあと、絶対にこっちを襲ってくるだろう亜竜を凌ぐのに、俺とエルカ、アーディスとラティ。ウェイン、そっちの隊でも前衛担当を二人出して」
「オーリン、行け。俺も行く」
「分かった」
「ヴィリー、巨人がこっちに来るように頑張って誘き寄せろ。
ヴィリーと一緒に、アガサと、メイ……だっけ……?」
「そうよ」
「ごめん、ありがとう。メイと、双子のお二人、そっちに。
もし巨人が動かなかったら、亜竜の方に加勢して」
「了解」
「あと、こっちはギー・レスで――」
「――こっちがベイ・レスだから。よろしく」
「ごめんなさい。
――で、リガーとディドルは出来るだけ下がって、亜竜の注意が俺たちに逸れたらこの場からの退避を最優先にして。
いないとは思うけど、他に勇者隊がいるなら頼りたい。透過視精で呼びかけたあと、二人で話し合って一人がそこに残って、あと一人はこっちに戻って来て。ディドル、きみも一等なら、生身でも戦えないことないんでしょ?
負傷者が出たら、戦闘圏外に残ってる法術師の方に運ぶ」
「戦場に戻るのは僕の方がいいかな」
ディドルが遠慮がちに言って、リガーを窺った。
「真契約を結んでる、こういうときに役に立つ精霊、います?」
真契約が認められる精霊は、一般に知名度の低い、公の便益にならないものたちばかりである(当然ながら)。
「いねぇな。――俺が真契約を結んでるのは、砂金精っていう金に反応してくれる精霊だけだ」
「じゃあ僕が戻ります。銃精と契約を結んでます」
「――ヴィリー?」
リベルはヴィレイアを窺った。
ヴィレイアはリベルの方に頭を傾けて、囁く。
「銃精? ――まだ若い精霊だからそんなに強くないけど便利よ。物を勢いよく飛ばしてくれます」
銃を撃つ手真似をするヴィレイア。
なるほど、とリベルは頷く。
「分かった。
――じゃあそれで。戦況が動けば指示は出す」
「了解」
その場の空気が張り詰める。
各々の深呼吸、踵の上げ下げ、あるいは験担ぎの何かの呟き。
麻袋を漁って小さな不溶石を取り出し、口に放り込んで噛み砕いて喉を潤す者もいる。
ウェインが一同を見渡した。
「――よし、覚悟はいいか」
アガサがにやっと笑った。
リガーとアーディスが半笑いでリベルを振り返る。
リベルは全く無意識に呟いていた。
「覚悟?」
――意識が、いつものように変わろうとしていた。
鉱路で暴力を振るうときの、あの。
――日頃の大人しさ、あるいは人見知りの自分、そういったものが、自分の後ろにぽつねんと置き去りにされているような、ここにいるのはもっと血気盛んな、征服欲に満ちた別のリベル――そんな意識に。
「覚悟? そんなものは弱者の胸にあるものだ。
――強者には常に自由がある」
断言して、リベルは〈氷王牢〉を抜いた。




