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量産勇者、自由を掲げよ。  作者: 陶花ゆうの
10 傷になり得るものと思うな
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04 策略についての推測と対策

 エルカがすんなりと部屋の外に向かう。

 室内を振り返って後ろ向きに歩きながら、彼がにっと笑った。


「じゃあ、俺、見張りでもしてる風にしとこうか」


 ゲッセンタルクはにこりともせずに、唸るような声で応じる。


「そうしてくれ」


 バンクレットがエルカを追いかけようとした。


 彼を一人で外に追い遣るのが忍びなかったのかも知れず、あるいは自分もまた、詳細な行動指針を聞くべきではないと思ったのかも知れない。

 あるいは――


(――エルカに何か吹き込むのかも)


 どんな考えよりも先にその考えが思い浮かび、リベルは手を伸ばして、バンクレットの腕を掴んでいた。


「――――」


 バンクレットが驚いた様子でリベルを振り返る。

 目が合って、リベルが目を逸らす。


 エルカは目を瞬かせ、それから晴れやかなまでに嬉しそうな表情になった。


 エルカの表情からここまで険が取れたのは久しぶりのこと、エルカがこうまで明るい表情を浮かべるのも久しぶりのことだった。


「親父さんは中にいて。大丈夫大丈夫、俺、一人でも寂しくないから」


 軽やかにそう言って、エルカが弾むように部屋を出て、丁寧に扉を閉める。


「――――」


 リベルは苦い味が喉からせり上がってくるのを感じた。


 ――エルカは間違いなく、リベルがバンクレットを信用した、だからこそ彼に室内に留まるよう促したのだと早とちりしている。

 それであれほど明るい顔を見せた。


 それが憂鬱だった。


「話を始めていいかな」


 ゲッセンタルクが軽く苛立った声で言い、リベルは慌てて彼に顔を向けて頷いた。


「はい」


「けっこう」


 ゲッセンタルクはまた、神経質に時間を確認した。

 時間がないというよりは、時間を把握しておくことに対して神経質になっているような仕草で。


「――さて、先日きみたちが捲し立てた情報について、私は私なりに考えてきた。そこでまず疑問に思ったのは、ヴァフェルムが馬脚を現した時期だ。どうして今だったのか。

 ――きみたちは、実情はどうあれ、ヴァフェルムとは上手くやっていたんだろう?」


 リベルたちの反応を待たず、ゲッセンタルクは続ける。


「まず一つ考えられるのは、フィアオーゼとの兼ね合いだな。エルカ曰く、ショーズ商会の解散はヴァフェルムが独断できみたちに乗ったようだから、フィアオーゼは最大の商会を失って激怒していたことだろう。

 更に言えば、きみたちが得た戦力――」


 唐突に手で示された、ジャスとトート、ユーズがきょとんとし、互いに顔を見合わせる。


「俺たち?」


「そう、きみたちだ。きみたちがエルカに寄せる友誼には、尋常ならざるものがある」


 ユーズが、「ユウギってなに?」とアガサに小声で尋ね、アガサが面倒そうに「友情ってこと」と応じている。


 それを他所に、ゲッセンタルクは淡々と続ける。


「仮にヴァフェルムが、今でもきみたちと仲良く振る舞っていたとしよう。その場合、例の鉱路に、きみたちは意気揚々と挑んでいたのではないかね」


「そりゃあ――」


「……そうですね」


「きみたちを鉱路に挑ませない()()()としてのラディス傭兵団を失ったヴァフェルムとしても、それは止めねばならなかったわけだ。そこでエルカを確保して、きみたちを欠けさせようとした」


 またもリベルたちの反応は待たず、ゲッセンタルクはひょいと手首を捻るように振って、言葉を続ける。


「エルカが伝えてくれた、ヴァフェルムとフィアオーゼの趣味の悪い――失礼、胸糞の悪い計画についても検討した。仮に私が同じ計画を立てるとすればどう動くか」


 ゲッセンタルクが腕を組み、指で二の腕をとんとんと叩く。

 そしてその指をぴんと立てた。


「――さて、四箇月後に選挙がある」


 勇者たちがぴんとこない様子で首を傾げるので、ゲッセンタルクは言葉を足した。


「つまり、この共和国の舵取りをする議員を、改めて選び直す時期だ。

 ――きみたちの頭は決して記憶力に重点を置いて回ってはいないと思うが、ヴァフェルムたちの目的は覚えているかね」


 さすがにかちんときつつ、リベルがぶっきらぼうに応じる。


「死霊の獲得」


「その目的は?」


「死ぬことを勲章にしたいとか何とか――」


「よろしい。――ではきみたち、乏しい想像力を駆使して考えてみてほしいが、きみたちが仮に議員であったとして、死霊を餌にした遠大かつ私利私欲のための策を立てていたとして、最たる障害は何だ?」


「――――」


 ほぼ全員が黙り込み、考え込む。

 その様子を控えめに見渡してから、バンクレットと目を見交わしたヴィレイアが、そっと答えた。


「――他の議員からの反発です。特定の議員が〝死〟という大きな恩恵に対する権利を(ほしいまま)にするのは、他の議員からすれば不愉快でしょう」


「きみがいなければ、私の忍耐は焼き切れていたところだ、ヴィレイア。その通り。

 ――さて、繰り返しになるが、選挙が近い。私の言わんとしていることはわかるかね?」


「まさか議会そのものの乗っ取りを企てていると?」


 バンクレットが心なしか声を大きくする。

 ゲッセンタルクは不快そうに、「声を落とせ」と合図してから、素気なく頷いた。


「それが最も平和的だ。私でもそうする」


「――どういうこと?」


 ユーズが首を傾げる。

 ヴィレイアが「つまりね、」と口を開いた。


「予め、ヴァフェルムさんたちが死霊を獲得することに賛成の人たちを議員にしてしまえば、話が早いでしょう? そういうことだと思う……どうやってそうするのかはわからないけれど……」


 ゲッセンタルクが無骨な仕草で首を傾げた。


「選挙の流れは知っているか」


「知るわけないでしょ」


 リベルが思わず突っ込む。


 不愉快そうにするかと思いきや、ゲッセンタルクは拘泥せず、「それもそうか」と頷いた。

 小さく溜息を吐いて、彼が辛抱強く説明する。


「半年ほど前から、候補者の擁立が始まる。我々――つまり、現職の議員が引き続き立候補するかどうかを決めるのもその頃だ。おおよそ候補者が固まると、各候補者が組合に向かって、己が議員になった暁には――と、約束する利益や図ってやる便宜について説明を開始する。これを政策説明という」


 ゲッセンタルクはバンクレットに目を向けた。


「軍部ではこの事情は少し異なるかな。組合から擁立されるのではないから」


「……然様でございますね。軍部だけは、選挙は飾り物ですから」


 バンクレットが認め、ゲッセンタルクは如何にも不快そうに鼻を鳴らしてから、話を続けた。


「同時に、組合側も候補者に恩を売ろうとするわけだ。私であっても、私に投票した勇者組合の首長には優しくしてやるが、私以外を見込んだ首長には多少厳しく当たる。

 商人組合では更に顕著だな。奴らは商会ごとに投票権を持つから、徒党を組んでどの候補を応援するか話し合う。判断を誤れば議員から冷遇されて利益を落とすことになるからな」


「……なるほど」


「選挙の一月前になると、候補者が正式に決定される。共和国の成立直後は、対抗候補を密かに欠落させることが流行したらしいが、ここしばらくはそういった物騒な話は聞かない。

 ――そして選挙前日、我々は議事堂に集まる」


 ゲッセンタルクは身振りで議事堂の東翼と西翼を表現したが、それにぴんときたのは、実際に議事堂に入ったことがある、リベルとヴィレイア、そしてバンクレットだけだった。


「我々――被選挙人は、東翼に集められる。投票権がある連中は西翼に集まる。そして最後に被選挙人、つまり候補者一人一人が演説する。俗にいう最後の訴えというやつだな。

 その翌日に投票が組合ごとに行われ、それぞれから議員が改めて選出される。選出された議員が議長を選出する」


 ゲッセンタルクは眉間に皺を寄せた。


「通常の組合の候補者は、各々の組合の投票人を相手に演説を行う。私であれば、共和国全土からその日のために遥々()()()()()()()、各勇者組合の首長を相手に演説するわけだ。

 が、例外が二人だけいる」


「軍部?」


 リベルが半ば勘で尋ねると、ゲッセンタルクが唇を歪ませてにやりと笑った。


「その通りだ。――軍部と商人組合。この二つから擁立される候補者は、全組合の投票人を集めて演説を行う」


「……なんで?」


 ぽかん、と複数人が呟く。


 ゲッセンタルクはエヴァルーに視線を送った。

 慎ましく控えていたエヴァルーが、控えめに咳払いして口を開く。


「――共和国成立からこちら、軍部と商人は力が強いものです。そもそも共和国の成立が、この二つに負うところが大きい。

 更に申しますと、軍部も商人組合も、他のどの組合よりも多くの組合の利害に関わります。ゆえに、全ての投票人が、この二つから擁立される議員については、その主義主張を把握するべきだ、と、こういう次第でございますね」


「そ――そういうもん?」


「たとえば勇者組合におきましても、商人組合とは切っても切れない仲でございましょう? 資源の買取は商人組合が行いますから。そうなると勇者組合の首長としては、最も勇者組合から資源を高値で買い取る政策を推し進めようとする、商人組合が擁立している候補は誰か、気になりますでしょう? そしてその商人組合の候補と仲が良い、勇者組合が擁立している候補者に投票すれば、資源の買取という面では安泰だ、と、こう判断するわけですね。もちろん他の要素も絡み合っての投票先の選定となりますが」


「……なるほど」


 勇者たちが、なんとなく話を理解した雰囲気で頷く。

 それを見届けてから、ゲッセンタルクがまた口を開いた。


「ヴァフェルムとフィアオーゼの策に話を戻す。

 ――いいかね、私ならば、まずこの時期に、各組合の候補者に接触する。そして――まあ、詳細は伏せるにせよ――死霊についていい話を知っていることを仄めかす。相手の反応を見る」


 見る、と言いながら、ゲッセンタルクは右手の人差し指と中指で、己の両眼を示した。


「もちろん、聞いただけで死霊云々のことを信じるような間抜けはいない。だが、実際に選挙の日までに死霊を鉱路から引き摺り出して来られるか。――否だ。

 で、あれば」


 ゲッセンタルクは再び腕を組み、眉間に皺を寄せ、唸るように続けた。


「選挙前日、最後の演説で、死霊と契約させる予定の法術師をお披露目する。()()()()、治癒精と真契約をしたことを話してもいいだろう。投票人の中にも法術師はいる。話は真実味を帯びる。

 そこで、死霊を手に入れた暁には――と、ヴァフェルムとフィアオーゼの陣営に好意的な候補者の名前を出す。欠落を避けるためであれば、相当数の票が動く。議員の大半は連中に好意的な者で埋まる」


 息を吐いてから、ゲッセンタルクは目を細める。


「こちら――つまり、候補者の何人かにも接触して、話の真実味を念押すかもな。実際にどういった動きをするかはわからないが――」


「――じゃあ、その日だったらリエラを助けられる?」


 リベルは思わず身を乗り出す。

 ゲッセンタルクは素気なく彼に目を遣った。


「可能性はあるという話だ。彼女が今どこにいるかは把握していないのだろう?」


 ヴィレイアは顔を顰めた。

 ――リエラには影兵霊のその一欠片がついているが、その位置までは知覚の範囲からは漏れる。


「そう……ですね」


「きみたちは――というよりエルカは、彼女に危害を加えられることを非常に警戒しているが、」


 ゲッセンタルクがふと扉の方を見遣る。

 その向こうにエルカがいるはずだった。


「私がヴァフェルムの立場であれば、断じて彼女に危害を加えることはしない。そんなことをすれば、エルカが必ず現れることになる。エルカが手許にいない以上、きみたちと一緒にいるだろうことは想像できているだろう。ならばエルカと共にきみたちまで呼び込むことになる。

 ――ヴァフェルムであれば、その事態は警戒するはずだ」


 だから、と言葉を継いで、ゲッセンタルクは顎を撫でる。


「彼女に危害を加えるとすれば、それはきみたちが例の鉱路に特攻しようとしたときだけだろうな。そのときばかりは後のことを考えるよりも、鉱路に踏み込ませないことを優先するはずだから。

 ――つまり、きみたちが彼女を取り戻す必要があると考えているならば、選挙の日に注目するのは有効だ」


 リベルは横目でヴィレイアを見た。

 ヴィレイアが、半信半疑といった様子ながらも納得の色を見せているのを認めて、小さく息を抜く。


 更に言えば、とゲッセンタルクは指を上げる。


「選挙前日に何があろうと、選挙は実施されるだろう。そして被選挙人には条件があってね――選挙のその日、必ず議事堂にいなければ候補者としての権利を失う。

 つまり前日にヴァフェルムとフィアオーゼを議事堂から蹴り出すことさえ出来れば、奴らは失脚するというわけだ」


 リベルは朱色の瞳を丸くした。


「え、そうなの? ――そうなんですか」


「無論、議員としての身分を失ったところで、長年の縁故と人脈がある。影響力はそうそう失せはしないだろうが――」


 ゲッセンタルクはうんざりしたように顔を歪めた。


 リベルはぎゅっと両手の拳を握り締めた。


「じゃあ、選挙前日に議事堂に乗り込めばいいわけですね?」


「事がそう簡単であれば、私はきみたちを必要としない」


 ゲッセンタルクはにべもなく言った。

 溜息を吐き、額を押さえる。


「選挙前日から当日は、議事堂の警護が最も篤くなる日だ。前日――それも演説前に騒ぎが起きれば、議長の判断で議員候補が退避させられ、規律を曲げて候補者としての権利が留保されることも有り得る」


 リガーが蟀谷を押さえ、「そろそろ疲れてきた……」と述懐。

 アーディスがぽんとその肩を叩く。


 リベルも険しい顔になりつつ、眉間を擦って口を開いた。


「……えーっとつまり、前日に、可能な限りこっそり、最大級に篤い警備を掻い潜って議事堂に潜り込んで、リエラを助けて、ヴァフェルムさんとフィアオーゼを議事堂から蹴り出さないといけない……?」


 ゲッセンタルクは頷く。


「その通りだ。――そこで知恵を借りたいわけだ。

 きみたちなら、騒ぎを起こしてよければ警備も突破できるだろうが、恙なく演説が終わるまでは平穏を保つ必要がある以上、議事堂に潜り込むのは並大抵のことではない」


「はい! はいはい!」


 ユーズが元気よく手を挙げる。


「あんたの護衛として入るのは?」


「可能ではあるが、意味がない」


 ゲッセンタルクが応じる。


 リベルは内心で、ユーズの物言いに対して何かしらがあるのではないかと警戒したが、意外にもさほど不快な様子は見られなかった。


「先ほども説明したが、私がいるべき場所と、投票人が集められる場所は異なる。私の護衛であるはずのきみたちが、投票人がいる西翼へ向かおうとすれば、それだけで尋問沙汰になる。最悪、私の候補者としての権利が剥奪される」


「ばれなきゃいいんじゃねーの?」


 トートが首を傾げる。


「俺たちなら無理でも、エルカなら警備程度は掻い潜れるぜ」


「きみたち、九フィートごとに並んでいる衛卒の目を掻い潜れるかね?」


 トートの顔も強張った。


「えっ、そんな居んの……?」


「絶対に投票人の方に行かなきゃいけないんでしょうか?」


 と、これはアガサ。


「ヴァフェルム議員だかフィアオーゼって議員だかが、候補者のいる東翼にリエラを連れて来ていれば……」


「可能性はあるが、それに期待できるほどではないな。

 あと、各候補者は一箇所に集められるのではない。私がいる場所にはヴァフェルムもフィアオーゼもいない。

 選挙となれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということに、全員が過剰に気を配ると思ってくれ」


「しれっと投票人に混ざれないの?」


 と、これはアーヴェイ。

 ゲッセンタルクが首を振る。


「無理だろうな。一人一人身許を検められる。旅券(身分証)と、予め届けてある容姿についてだ」


「投票人の護衛になるのは?」


 ケルクが物は試しと提案したが、ゲッセンタルクは手を振った。


「投票人の護衛が入ることが出来るのは、議事堂の玄関口までだ。それ以降、投票人は丸腰、一人きりになる」


 アーヴェイが眉を上げる。


「玄関口? そこからひょいっと潜り込めないの?」


「アーヴェイ、きみ、議事堂に入ったことは? ――ない、なるほど。

 議事堂というのはきみが思うより遥かに広いと覚えておいてくれ」


 リベルは眉を寄せて、控えめに言った。


「――投票人って、絶対そこに行かないと駄目なんですか? たとえば誰かにぶん殴られて怪我をしたとして、誰かに頼んで代わりに行ってもらうとか」


 ゲッセンタルクは低い声で笑った。


「リベル、投票人ならば、怪我があろうと病があろうと、這ってでも投票に行く。かつて水疱瘡を押して投票に参加した投票人がいたがために、感染して数名が法術師の世話になる騒ぎが起こったこともある」


 リベルは顔を顰める。


「絶対?」


「本人が余りにも高齢であったり、他にも相当の理由があれば委任することもあるが、委任は選挙の十日前までに届けておく必要がある」


 勇者たちがどよめいた。


「出来るんじゃん」


「じゃあ、誰かに言って、俺たちを代わりに行って来いって指名させてくださいよ!」


「無茶を言うな」


 ゲッセンタルクが声を荒らげた。

 さすがに苛立ったらしい。


 主人の苛立ちを感じ取り、エヴァルーが素早く口を開く。


「代理人になるには、それなりの縁者であることが求められます。

 組合の首長を代理する副首長や、家族や――」



()()?」



 ヴィレイアが声を上げた。

 彼女が目を見開いてエヴァルーを見て、それからリベルを見上げる。


 リベルは一拍の間、思考が空転するのを感じた――だがすぐに、はっと息を呑む。


「ヴィリー、それは――!」



 ヴィレイアはリベルには応じず、ゲッセンタルクを見た。


 両の拳を握り締め、頬に血を昇らせて、ヴィレイアは高い声で断言していた。



「家族です――私の父は商会の理事です。投票権があるはずです!

 ()()()()()()()()!」

























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