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量産勇者、自由を掲げよ。  作者: 陶花ゆうの
10 傷になり得るものと思うな
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03 きみが自ら死なない限り

「つまるところが、選挙に向けた追い込みです」


 エヴァルーは真面目な顔でそう言った。

 彼自身は朝食を済ませているのか、あるいは抜くのか、食事に手をつける様子はない。


「ゲッセンタルク閣下は、今は特にご多忙ですからね。選挙に向けて、各地の組合を回っておいでです。

 その途中であなた方を拾ったというのが本当のところでして」


 バンクレットが得心したように頷く一方、こちらは朝食を掻き込みながら、勇者たちは一様にぽかん。

 なるほど、という顔をしているのはヴィレイアだけだ。


「選挙……?」


 一斉に訝しげな声が上がり、まるで「そもそもそれは何だ」と言わんばかりの様子に、エヴァルーがひたすら苦笑する。


 が、エルカがはたと言った。


「そういえば、次の初春の月の末に選挙があるって言ってたな」


「誰が?」


 トートがきょとんとして尋ね、エルカは顔を顰めて口籠ってから、答えた。


「……リエラが」


「あ――」


 トートが決まり悪そうに首の後ろを掻く。


「ごめん」


 その場の空気が重くなったことには気づかなかったのか、はたまた拘泥しないのか、エヴァルーが鮮やかに言葉を続ける。


「選挙まで四箇月です。各議員候補予定者はこれまで、政策方針――えー、議員になったら何をどうするかということをを説明してきましたからね。今は追い込みで、選挙権を持つ方々の支持を固める時期です」


 リベルは首を傾げる。


「候補……“予定”?」


「実際の立候補は選挙のひと月前です」


 リベルの傾げた首の角度が大きくなる。


「ゲッセンタルクさんは必ず……ええっと、選挙で選ばれるって決まってるわけじゃないんだ?」


 エヴァルーは忍耐強く答えた。


「“再選”といいますね。――ええ、決まっていれば苦労はありません。対立候補も立つ予定でして。

 しかし今の状況で、不慣れな者に席を明け渡すわけにはいきますまい」


 全員があまりにも実感のない顔をしているがために、エヴァルーはそっと尋ねた。


「よろしければ、対立候補の皆さまについても説明いたしましょうか?」


「いや、聞いてもわかんないんで。あと俺が聞いたらまずいかもしれないんで」


 エルカが制した。


 ヴィレイアが、「えーっと」と、食事の手を止めて首を傾げる。

 肩の上を白百合色の髪が滑る。


「つまり、ゲッセンタルクさんは――ゲッセンタルク()()は、選挙に向けた追い込みで、投票権を持っている各地の勇者組合の首長さんを訪ねて回っている最中なんですね。それで今は、ポスワルナの組合に用があって、ヘルヴィリーを離れるついでに私たちを拾われた、と」


「その通りです」


「あの……。昨日、喋るなって言われたのは……」


 エヴァルーはさっと目を逸らした。


「……まあ、引き連れている勇者かたがたが、如何にも勇者らしい言動をされると、閣下としても決まりが悪うございましょうね」


 ヴィレイアの顔も引き攣った。


「なるほど……」


 そのとき、のほほんと座っていたエヴァルーが、突如としてびしりと姿勢を正して立ち上がった。


 勇者ですら戦慄させるほどの身ごなし、直後に食堂の入り口にゲッセンタルクの姿が見え、リベルは思わず慄いて呟いていた。


「あの議員、実はめちゃくちゃ怖い人なのか……?」



 ゲッセンタルクは、エーデルの組合に現れたときと同じように、護衛の姿もなく平然としていた。


 食堂にはリベルたちの他にも、三々五々に勇者がいるが、議員の顔を知っている勇者などいようはずもなく、足早にテーブルの間を抜けて歩いて行く男が誰なのか、判別した様子を見せた者はいなかった。


 ただ数名がゲッセンタルクを振り返ったのは、見目の雰囲気からして彼を勇者ではないと判断し、かつ彼の身形が上等であるがゆえに、不愉快に思ったからだろう。


 ポスワルナの勇者組合は、革命前の貴族の領主館が接収されたものだ。

 食堂は即ち当時の大広間、高い天井は他の勇者組合にはない解放感を齎す。


 とはいえゲッセンタルクが近づいて来るにつれ、本当にこの議員を信用していいものかどうかという疑念が、改めて腹の中に落ちてきて、リベルは内面から圧迫感を覚え始めていた。



 ゲッセンタルクはつかつかとリベルたちに歩み寄り、エヴァルーを一瞥してから彼らを順に見渡した。

 今日もきっちりと撫でつけられた鋼色の髪、かっちりとした服装、表情の読み難い灰色の双眸。


 ゲッセンタルクが、聞き取りづらいほど低い声で、唸るように尋ねる。


「エヴァルーは、きみたちに非礼を働かなかったかね」


「あれ、もう口利いていいんだ?」


 アーヴェイがやや喧嘩腰にそう言って、ヴィレイアとロイが同時に「ああ……」と言わんばかりに顔を押さえた。


 ゲッセンタルクは全く気にせず、懐中時計を出して時間を確認する。

 そして、平然とベンチに腰を下ろした。


 不幸にもゲッセンタルクと隣り合うことになったリガーが、「勘弁してくれ」という表情になり、さっと席を立って別のベンチに移る。


 それも気に留めず、ゲッセンタルクはあっさりと言った。


「悪いが、護衛がてら付き合ってくれ。その後に本題の話がある」


 エルカが眉を寄せる。


「……それは、俺も?」


「席を外してもらう必要があるときは口に出してそう伝える。そこまで気を利かせることを、エルカ、きみに期待する気はない。加えて言えば、席を外せと言ったときには、きみも事情を了解するだろうと当然に思っている」


 エルカはまじまじとゲッセンタルクを見つめたあとに、直立不動のエヴァルーに向かってあっけらかんと問い掛けた。


「三度に一度は物申せって言ってたよな? 『あんた、一言多いってよく言われない?』って物申すのは、今はありなの?」


 エヴァルーは唐突に、自分の靴紐が如何なる結び目の形をしているのか、異常に気になった様子でそれを聞き流した。


 リベルは不機嫌に言った。


「――議員の護衛はもう懲り懲りなんですが」


 ヴァフェルムの護衛として使われたことは記憶に新しい。


 が、ゲッセンタルクはそれを歯牙にも掛けなかった。

 低い、唸るような声で言う。


「私の予定を完璧に把握して、後から合流できるのかね。

 ――いいかね、リベル。多少のことは我慢しなさい。本題の話があると言っただろう。私は急いでいる。ヴァフェルムとフィアオーゼに合わせてゆっくりしてはいられない。この小娘のせいで」


 この小娘、と指で差されたのはヴィレイアで、彼女が濃緑の双眸を瞬かせる。


「――――」


 リベルは息を吸い込んだ。

 呼びかけ方には腹に据えかねることがあれど、これは――


「……ヴィリーの天命契約のこと、ちゃんと考えてくれてるんですね」


 安堵で声が震えたが、ゲッセンタルクは極めて不機嫌そうだった。

 リベルを一瞥し、ヴィレイアに目を戻し、彼は不愉快そうに唸り声を上げる。


「その阿呆面にも腹が立つ。きみ、私に恥をかかせただろう」


 ヴィレイアは瞬きし、困惑した声を押し出した。


「あの、閣下? 先日もそう仰っていましたが、本当に、何について仰っているのか、私には――」


「きみ、私を何だと思っている?」


 ゲッセンタルクが声を荒らげた。

 彼が苛々とテーブルを指で叩き、眉間に皺を刻んで唸る。


「いいか、私は、一度口に出したことは覚えている。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言っただろうが。私は約束は守る男だ。それが――実際のところ、蓋を開けてみれば、どうだ?」


「どうだ、とは――」


 戸惑ったヴィレイアの声を遮り、ゲッセンタルクはいよいよ不快げに眉を寄せる。


「きみ、腹の中で私を笑いながら聞いていたのではないだろうな。きみの十年後どころか()()()が、前代未聞の奇跡が起きない限りは安堵されないものだったとは」


「…………」


 ヴィレイアを心底不愉快そうに見て、ゲッセンタルクは灰色の目を細めた。


「私が約束したものが、予め奪われていたなど認めない。私は馬鹿にされることを好まない。

 ――安心しろ、きみに十年後を用意してやろう。きみが自ら()()()()限りはな」


「――――」


 ヴィレイアは瞬きし、大きく息を吸い込んでから、挑戦的に微笑した。


「――それは心強い。

 あと、誤解のないよう申し上げておきますと、私は期限の日に欠ける気など毛頭ございません。前代未聞の奇蹟も起こしてくれる人がいます。

 ですので、馬鹿にしたと思われるのは心外というもの」


 リベルは俯いた。


 傍から見ればなんでもない仕草だっただろうが、このときヴィレイアの右手が、テーブルの下でしっかりとリベルの左手を握っていた。

 ゆえに、「前代未聞の奇蹟も起こしてくれる人」が自分を指していることを察し、リベルはどうにも照れたのである。


 ヴィレイアは晴れやかな笑顔でゲッセンタルクを見つめていた。


「本日のご予定、喜んでお供します。

 ――あなたと握手したのは、どうやら本当に間違いではなかったようですね」





*◇*◇*





「あの人と握手したの、間違いだったのかも知れない……」


 ヴィレイアは涙目で呟いた。


 朝食から僅か二時間後、彼女の見つめる先では、ゲッセンタルクが穏やかにポスワルナの勇者組合の首長と歓談している。


 リベルの思うところとしては、


(あの人、なに考えてんだ……)





 ――時はこの更に一時間前に遡る。



 食堂から、総勢十二名の勇者とバンクレットを連れて出たゲッセンタルクは、最初に言った。


「わかってくれると思うが、四箇月後の選挙は私にとってのみならず、今やきみたちにとっても重要なものだ。私が落選すれば、後釜に座るのが誰であれ、ヴァフェルムとフィアオーゼにとっては私よりも有難い人間になるからな」


 リベルとしても、ゲッセンタルクが敗れた後、その後釜に座る人間の能力面こそ不知であれ、その人物と再び協力関係を築ける自信はなかった。頷く。


 全員が頷くのを見届けてから、ゲッセンタルクは言った。


「つまり、私がこの組合の首長に与える印象は極めて重要だ。ここの首長は私に投票するかどうか決めかねているから。わかってくれるね」


 再び、全員がこくり。


 ゲッセンタルクは微笑したが、相も変わらず灰色の目の表情が読み取りづらく、笑みはどこかちぐはぐだった。


「では、頼む。このあと首長の前で口を利くのは、バンクレット将軍、きみと――ヴィレイア、きみだけだ」


 アーヴェイが「またかよ」と呟いたが、リベルは懸命にそれを宥めた。


義兄(にい)さん、公平に考えて、俺たちはちょっと柄が悪いです」


 斯くしてゲッセンタルクは勇者たちを引き連れ、悠々と組合の中を移動した。

 食堂を出て、かつての玄関広間、現在の勇者組合のホールを通り抜ける。


 〈フィード〉前に屯する勇者たちが、「見ない顔だな」と言わんばかりに彼らをじろじろと眺めた。

 リベルがそちらに警戒の目を向けたのは、「陽精を盗んだのは白い髪の法術師」という文言に扇動されて、目立つ髪色のヴィレイアに、何か危害を加えようとする者がいないかと危ぶんだためだった。

 だが幸いにも、向けられたのは視線だけであり、リベルは思わずほっと息をついた。


 ホールを抜けた先の大階段には、革命前には恐らくは豪華な絨毯なども敷かれていたのだろうが、今ではその影すらなく、覆いもない剥き出しの段がすり減っている。


 階段を昇り切ったところに、既に待ち構えている数名があった。

 身形から明らかに勇者ではなく、組合の職員としても、普段接する職員たちとは雰囲気が違う。


 リベルは普段の癖で思わずエルカの半歩後ろに下がり、エルカから「正気か」という目で見られた。


 決まりの悪さにリベルは少しばかり赤くなったが、そうこうしているうちにゲッセンタルクは当然の顔でその一同に合流している。


 そして当然のように奥へ向かって進み始め、滑らかに雑談が開始された。


「寒くなってきましたな」だの、「冬場は不傷石の相場が上がりますから……」だの、そういった会話が交わされた後で、一人が礼儀正しいながらも訝しげな目でリベルたちを見た。

 視線をゲッセンタルクに移し、遠慮がちに微笑む。


「――閣下。この……()()()()()()は、どなたでしょうな?」


 ゲッセンタルクは爽やかに微笑んだ。

 そしてあっさりとヴィレイアの肩に手を置くと、言い放った。


「ああ。彼女は懇意にしているエーデルの()()()()だ。ヴィレイアという。

 護衛がてらにポスワルナを見たいと頼まれたのだよ。構わないだろう?」


「――――!?」


「!?」


 その場の全員が愕然とする中、ヴィレイアがにっこりと微笑んで、「ご紹介に与りました、ヴィレイアです」とはきはきと名乗り、右手を差し出して一歩前に出た――





 ――ということがあったので。


「いや、おまえは普通に乗っかって挨拶してたじゃん。そのあとも雑談して」


 紹介のあと、リベルが心底感心したことに、ヴィレイアは堂々と議員と組合の重鎮による世間話に参加し、これから本題の会談が行われるのであろう上階の部屋まで、愛想よく同道してみせたのである。


「だって――」


 と、ようやくゲッセンタルクの隣をバンクレットに代わり、引き下がってきたヴィレイアは囁き声で。


「そうするしかない空気だったじゃない。あそこで、『え、なんのことですか?』って言う勇気はなかったというか……」


「まあ、そうか……」


「ああいう場だと、こう振る舞いなさいと言われたらそうするのが、小さい頃からの癖というか――あ、ごめんなさい、そんな顔しないで、しないで」


 幼いヴィレイアに彼女の家族がどれだけの役割を押しつけていたのか、一瞬でそのことに想像が至って怒髪天を衝かんばかりになったリベルの腕を掴み、ヴィレイアが「しーっ」と彼を宥める。



 ゲッセンタルクたちは、大きな円卓に着いて、先ほどよりもやや真剣な表情で何やら会話を続けている。


 組合側にも(へりくだ)る者はおらず、選挙を前にした議員と投票者の微妙な力関係を、リベルであっても感じ取られるところがあった。



 リベルたち護衛一同は、部屋の広さもあって円卓から離れ、扉付近で待機している形だ。


「マジであの人、なに考えてんだ……」


 リベルがごく小さな声で零すと、ロイが言い辛そうにそっと口を挟んできた。


「――選挙前だからじゃないかな」


 リベルは朱色の瞳を瞬かせる。


「というと?」


「いや、私も選挙と結びつけて考えるのは初めてだけれど――昔から数年に一度くらい、組合の人間が妙に特等勇者に気を遣い出す時期があるんだよ」


 リベルは()()とこずに首を傾げる。

 それもそのはず、彼が勇者になったのが六年前――ちょうど前回の選挙の直後だったのだ。


 ヴィレイアもきょとんとしており、ロイは苦笑して、小声でアーディスを呼ぶ。


「ねえ、アーディス?」


 ロイとアーディスは――年齢も近く、鉱路の中での立ち回りも似ているからか――以前から気の合う様子を見せている。


 呼ばれたアーディスは、しかし苦笑した。


「いや、そう言われてもな、ロイ。ダイアニではこいつが久々の特等で、俺がこいつ以外で最後に見た特等は、俺がガキの頃に亜竜に挑んで欠けたからな」


 こいつ、と示されたのは言わずもがなのリベルだ。

 一方リガーが、興味津々といった小声でロイに尋ねた。


「フロレアにはヴィレイアちゃん以前にも特等がいたわけか? アーヴェイだって特等目前だったんだろ? フロレアは豊作だなあ」


 アーヴェイが得意そうにヴィレイアと目を合わせて尊大な笑顔になる一方、ロイが微笑んだ。


「私がまだ若い頃に欠けてしまったけれどね。恐ろしく頑丈な人で、一時期その人の勇者隊にいたから、私よりメメットの方が――」


 そこまで言って、ロイは言葉に詰まった。

 彼が息を吸い込み、俯いて、アーディスに無言で肩を叩かれてから、顔を上げる。


「……いや、すまない。とにかく、特等勇者がいたんだよ。それでふと、数年に一回、あの人に組合職員が媚びる時期があったなと思い出してね」


 リベルはそっとヴィレイアの顔色を窺った。

 メメットの名前を聞いて、ヴィレイアの瞳に褪せない苦痛が浮かんでいる。


 それを拭えないことをもどかしく感じながら、リベルはわざとらしくも軽い語調で呟いた。


「――そう聞くと、思ってたより特等勇者って少ないんだな」


「だからおまえが昇格したときは、散々大騒ぎして祝ってやったんだろうが」


 アーディスがきっぱりと突っ込み、控えめな笑い声が勇者の間で上がった。





*◇*◇*





「首尾は上々だった」


 ゲッセンタルクが満足げに唸るように言い、返答の義務感に駆られたリベルが、「それは良かったです」と返す。


 一方ヴィレイアは、あのあとも「特等勇者だ」という触れ込みで組合内のあちこちに連れ回されたこともあり、どっと疲れた顔をしていた。


「……あの、私に身分を詐称させたのは、一体どういうおつもりでしょう……?」


「そうだよ」


 アーヴェイが不愉快そうに声を荒らげた。


「ヴィリーを見世物みたいに引っ張り回しやがって。ヴィリーはあんたの玩具じゃないぞ」


「アーヴェイ、気持ちはわかるけど、堪えて!」


 ロイが慌ててアーヴェイを黙らせに掛かり、ケルクにまで「でも、父さん!」と喰って掛かられてたじたじと頭を抱える。



 ――処はポスワルナの駅である。


 駅舎の奥まった一画で、勇者組合を出たゲッセンタルクがすぐに馬車を走らせて駅に到着すると、リベルたち諸共に、すぐに案内された一室だ。


 ゲッセンタルク曰く、


「この後、逓信組合の議員――お互い、四箇月後の身分はわからんが――と、会う予定だ」


 ということらしい。


「勇者組合は逓信組合の協力がなければ駅を使えん。逓信組合は勇者組合から不傷石を一定数、商会を介さずに相場より安く譲られて、燃料を確保できている。

 この協力関係が我々の友情の賜物だと示しておいて、双方何ら損がない。だからこそ、予定が合えば必ず会うようにしている」


 との説明を受け、「議員って案外めんどくさいんだ」とアガサは呟いていた。



 ――ヴィレイアの悲痛な視線を受け、ゲッセンタルクはむしろ訝しげに瞬きした。


「詐称?」


「詐称ですよ!」


 ヴィレイアはとうとう叫んだ。


「今の私は四等勇者です! ご存知でしょう!」


「もちろん知っている」


「だったらどうして!」


「ところできみ、特等勇者に昇格しなさい」


 あっさりと言われ、ヴィレイアはその場にへなへなと崩れ落ちた。


 リベルはおろおろしてしまう。


 ユーズがエルカに、「特等勇者ってどのくらい凄いん?」とこそこそと尋ね、エルカはエルカで、「なんか凄いらしいけど、リベルがなれたわけだから……」と、常識から懸け離れた回答をしている。

 見かねたアガサが説明に入り、ユーズどころかエルカもジャスもトートも、ふむふむとその説明を聞いている始末。


 ヴィレイアは額を押さえている。


「――あの、ゲッセンタルクさま。特等勇者というものは、ある日突然、『よし、なろう』と決めてなれるものではないんですよ……!」


 ゲッセンタルクはにべもない。


「他の者ならな。きみなら違う」


「試験の日程もありますし――」


「きみ、目の前にいるのを誰だと心得ている?」


「預託金も――」


「ああ、後で送金しておこう。――エヴァルー、手配を忘れるな」


「御意に」


「一足飛びに特等になれるはずないでしょう!!」


 ヴィレイアが叫び、ゲッセンタルクは苛立ちの眼差しで彼女を見下ろした。


「きみ、一から十まで説明しないとわからないか? ――いいかね、私がわざわざ特等勇者を必要としたのは、勇者にとって『特等勇者』というのは特別なものだからだ。組合の首長からすれば、組合に持ち込まれる資源の質を担保し、他の勇者の士気を上げる特等勇者は得難い存在だ。わかるかね」


「ですが――」


「その上で、私が特等勇者と親しいのだと示せば、心情としては組合首長の損得の天秤は私に傾く。わからないかね」


「ですが、私は四等なんです!」


「だから特等になれと言っている。彼らにきみを紹介した私の言葉を虚言にする気か」


「虚言なんですよ! わかります!? 今日、いま、この時点で私は特等勇者ではないんです!」


「些細な誤差だ」


「強引すぎます!」


「強引でもなんでも構わない。――いいかね、私が焦っているように見えるとすれば、それはきみのせいなんだぞ」


 ヴィレイアは床を叩いて叫ぶ。


「リベルの方が向いてます! 実力ならエルカです!」


「ヴィレイア。きみのことを馬鹿だと思わせないでくれ」


 ゲッセンタルクの表情はぴくりとも動いていなかったが、その瞳からありありと呆れた感情が伝わっていた。


「エルカは論外だ。いつ私の手を離れることになるかわからない。

 彼にこれ以上のストレスを与えるな」


 エルカが驚いたようにゲッセンタルクを見た。

 薄青い瞳を見開き、虚を突かれている。


「……え?」


 ゲッセンタルクはそれには気づかず、手厳しく続けていた。


「リベルも避けたい。何しろバンクレット将軍の息子だ。微妙な立場といえる」


 バンクレットがなんとも言えない表情を浮かべる。


 リベルは咄嗟に、「じゃあ、俺に他に戸籍を用意してくれれば」と言い掛けたが、正体のわからない塊が喉につかえたようになって、その言葉が出なかった。


 ヴィレイアは両手で顔を覆い、しばらくじっと考えてから、ややあってのろのろと立ち上がろうとした。

 リベルが反射的に手を伸べ、彼の手を借りて立ち上がる。


 ぱんぱんと膝の埃を払ってから、ヴィレイアは濃緑の瞳でゲッセンタルクを見つめる。


「……手駒に特等勇者がいた方が都合がよろしいんですね?」


「その通り。あとは名前を貸してくれればそれでいい」


 ヴィレイアは唇を噛んでから、頷いた。


「まあ……預託金も払ってくださるのでしたら」


「ヴィリーじゃなきゃ駄目なんですか。うちのアーヴェイも実力は特等相当ですが」


 ケルクが不機嫌にそう言ったが、ゲッセンタルクは面倒そうに応じた。


「一つ、フロレアの組合はまだ機能を取り戻していない。二つ、ヴィレイアならば特等勇者に上がるにも、才能を見せれば確実だ。他の誰もそうではない」


 ヴィレイアがリベルを見上げ、彼が憂慮の表情で眉を寄せているのを見て、ぎょっとした様子で囁いた。


「――リベル? まずいことがあるかな?」


「いや……」


 リベルは息を吐く。


 特等勇者になれば資源税も相当に掛かるようになるが、それに拘泥する気はなかった。

 ただ、


「特等勇者になると目立つから。――陽精のことで、おまえが変なことされなきゃいいんだけど」


「心配要らない」


 ゲッセンタルクが短くそう告げた。


 ヴィレイアが前髪をいじって顔を顰める。


「――にしても……また試験か」


 リベルはにやっと笑った。


「ああ、あれ怠いよな」


「どこの組合でも同じか」


 ユーズがまたエルカに、「試験って何されるん」と尋ねる。

 エルカも曖昧に肩を竦めた。


「俺が三等に上がったときは、なんか簡単な問答を延々と――」


 リベルはここぞとエルカのそばに寄った。

 会話の糸口が見つかったようで嬉しかった。


「二等に上がるときも一等に上がるときも同じようなもんだったよ。ちょっとずつ時間は伸びていくけど。特等に上がるときだけ、過去の探索について訊かれたな」


「そうなの? あれ、何を見てんの?」


「さあ……」


「主には()()()だ」


 意外にもゲッセンタルクが答えた。

 彼が時刻を確認しながら、気のない、唸るような声で言っている。


「勇者組合は歴史が長い。如何に加護があっても、堪え性がない勇者は長くは()()()()と理解している。試験中に短気を起こす者は昇格しない。

 多少計算が出来る者には延々と簡単な計算をさせたり――きみたちならさしづめ、銃弾の残弾の例え話でもされたかな。あとはひたすら沈黙する時間があった?」


 リベルは思わず大きく頷く。

 周囲の一等勇者たちも頷いていた。


「そうそう」


「まさにそんな感じ」


「ちょっと待って、みんな計算させられてなかったってこと? 永久に終わらない計算地獄で気が狂いそうになったのは私だけ?」


「いや、僕も計算はさせられた」


「私も」


「あと、すごく精霊について訊かれた――」


「法術師に対してはそうだな」


 ゲッセンタルクはぶっきらぼうに認めた。


「法気の量は即ち法術への造詣の深さだ。そこを測る」


 ヴィレイア、ケルク、リガーが、「なるほど」と頷く。

 リガーが、「頓珍漢なこと訊いてくる奴がいて苛ついたな」と述懐。


「過去の探索について根掘り葉掘り訊いてくるのは?」


 リベルが思わず深堀りして尋ねると、意外にもゲッセンタルクはあっさりと応じた。


「我らが組合の職員は、ただぼんやりと毎日過ごしているわけではない。日頃から勇者の様子には目を配っているし、評判にも敏感だ」


 エルカがリベルを振り返り、にやっとした。


「確かに、おまえ、ダイアニでは組合の人からも熱い目で見られてたよな」


「やめてくれ……」


 リベルは顔を覆う。

 そうしながらもエルカとの間で、気安い会話が成立していることに安堵している。


 リベルのその安堵には気づかない様子で、エルカが小さく声を上げて笑う。


 ゲッセンタルクが続けている。


「つまり試験の問答で、組合側が把握している評判と本人の話に乖離がないかを見ているんだ。こちらも人を見る目がある者を宛がうから、虚偽の申告は大抵見抜ける。特等を打診する者となれば、評判としても極めて優れた勇者だ――」


 ゲッセンタルクがリベルを見て、微笑した。

 やはりちぐはぐな印象を受ける、その笑み。


氷王(ひおう)の単独討伐然り」


 リベルは顔を顰めた。


 彼が氷王を単騎で討伐したのは、まだ二等勇者だったときのことだから、そうするとリベルは、一等に昇格したそのときから、いずれは特等に指名される候補になっていたということになる。


 リベルはヴィレイアを見た。


「おまえは――まあ、影兵霊と契約してるだけで十分か……」


「アーヴェイ? あんたは何をしたんだ? 打診が来る寸前だったんだろ?」


 アーディスが尋ねる。


 アーヴェイが「何だろね」と首を傾げる一方で、ヴィレイアとケルク、ロイが、わいわいと言い出し始めた。


「――あれじゃない? 獅鷲が集団で営巣してるところに一人で突っ込んで、けろっとして帰ってきたやつ……」


「あれは、〈焔王牙〉を貸してもらってなかったら危なかったぞ」


「あの、すごく雷を落としてきた蛸みたいなやつの単独討伐じゃないの? 足場が悪すぎて、僕らは応援しかしてなかったし」


「ああ、あれね。最後には谷底に真っ逆さまで、ロイがめちゃくちゃ悔しがった、あれね」


「だってあれ、確保できればそりゃいい武器が出来たよ……。

 ――でもそれより評判が良かったのは、あのやたらと哀れっぽい声で泣く半人半魚を一掃した、あの件だったでしょ。あれ、わかってはいても騙されて、水に引き摺り込まれる人が多かったから――」


「その後でアーヴェイが吐いた暴言で、褒めてくれた人みんな敵に回したけどね」


 アガサが首を振った。


「……聞いてるだに人間じゃないわね」


 ヴィレイアがゲッセンタルクに目を向けて、首を傾げた。

 そして、物は試しと思ったのか、ふと尋ねる。


「――そういえば、鉱路の危険度って、どうやって評価してるんです?」


 鉱路には危険度ごとに甲種から癸種の区別がつく。

 一般には、「獅鷲より厄介な生き物がいるならば甲種」とは言われていたが、危険度評価の詳細は、勇者にとっては謎に満ちていた。


「ああ――」


 ゲッセンタルクはちらりとエヴァルーを見てから、あっさりと口を開いた。


「幾つかの要素があるらしいな。生存率や、鉱路で遭遇したという生物の質や、あとは資源の平均金額」


「生存率?」


「きみたち、探索に向かうときは保険に入るために徽章を見せるんだろう――」


「見せますね」


「そのときに、無作為に何人かの名前を控えておく。そのあと、生還して組合に資源の換金に来る者を待っておく。十人のうち八人が生還すれば安全な鉱路だが、十人のうち二人しか戻らなければ危険な鉱路だ。もちろん、標本にする勇者は各等級から平等に取る。一等勇者が生還できないなら、それは四等勇者が五人生還できないより危険な鉱路ということだ。それを生存率といっているらしい」


 らしい、と伝聞で語るところが、如何にも実務に携わっていない議員らしかった。


「あとは鉱路でどのような生物に遭遇したか――これは組合職員が情報を収集する。

 それから、持ち帰ってきた資源の平均金額が高いほど、()()鉱路だ。良い鉱路ほど危険らしいな?」


「それはまあ、そうですね」


「それらの要素を組み合わせて危険度を評価しているようだな」


 リベルは瞬きした。


「――そういうこと、俺たちに話しちゃっていいんですか? 訊いておいて何ですが」


「今さらきみたちに、何を隠し立てするという」


 ゲッセンタルクは愚問と言わんばかりに切って捨てる。


 ヴィレイアは不思議そうに彼を見ていた。


「――いきなり私を特等として紹介したときは、気の狂った人と握手してしまったかと思いましたが――」


「ヴィリー!」


 ロイが泡を喰う。

 ヴィレイアは「ごめんごめん」と彼に目配せしてから、言葉を締め括った。


「――組合としては一勇者には黙っておくべきだろうことも話してくださって、私たちと尊重し合おうと仰ったことは嘘ではないんですね。

 握手したのが正しかったのか間違っていたのか、こちらははらはらしますけれど」


 ゲッセンタルクは唸るように笑った。


「間違っていなかったと最初に保証したはずだ。だが常に私を疑うのは正しい。勇者たるものそうあるべきだ」


「よくわかんない人だな……」


 リベルは思わず呟き、そして意図せずそれがゲッセンタルクの耳に届いてしまった。

「ほう」と面白そうに見られ、リベルは決まり悪さに赤面する。


「いや、あの……」


「これでも五十一年生きている。きみにすぐに底を看破されるほど、浅い歳の重ね方はしてこなかったつもりだ」


 ゲッセンタルクはそう言いつつ、ひらひらと手を振った。


「きみね、私を人間と思うからいけない。私もそうだし、ヴァフェルムもそうだし、フィアオーゼは最たるものだが、――議員のことは人間ではなく、損得を見て身の振り方を決めるだけの、一種の装置のようなものだと思いたまえ。

 安心しなさい、今のところ私の損得の天秤は、きみたちに大きく傾いている」


「――――」


 何とも答えあぐねるリベルたちを他所に、ゲッセンタルクがまた時間を確認した。


 それから息を吐き、勇者たちを見渡す。


「――逓信組合の議員が到着する予定まで、まだ少し時間がある。――申し訳ないが、エルカ、少し外に出ていてくれ。

 本題になる話を済ませてしまおう」





























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― 新着の感想 ―
更新ありがとうございます。リベルと親父さんやエルカとの間にある溝が読んでいてつらいです。どちらの心情も、埋めようともできない事情も理解できます。丸い形に着地できる時が来ることを願ってます。 とても面…
更新ありがとうございます。 ゲッセンタルク、口は悪いけど当たり前のように放つ言葉の中に所々実直さが見えるのが個人的に好みです。 これからの更新も楽しみに待たせていただきます。
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