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量産勇者、自由を掲げよ。  作者: 陶花ゆうの
10 傷になり得るものと思うな
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02 気の置けない……

「やあ、諸君」


 と、勇者組合推挙の議員、ゴール・ゲッセンタルクが言った。



 ――リベルからすれば、「地味だな」と思う陸艇だった。

 同時に彼は、いつの間にか自分がそんなことを考えるようになったことを自覚して、なんとなくぎょっとしたのだが。


 乗り込んだのは、通常の旅客用の陸艇と変わらない造りの、小型の陸艇。

 リベルたちがよく乗せられていた軍部の陸艇のように、革張りのソファが座席になっていることもない。


 ただし簡単なテーブルが幾つか造りつけられていて、ゲッセンタルクはそこで広げた書類に目を通しているところだった。

 書類には当然ながら文鎮が置かれて、飛行中の陸艇の中で書類が舞う事態が防がれている。



 目も上げないゲッセンタルクに対して、そのそばに座っていた人物がさっと立ち上がっていた。


 エルカは既にそちらに駆け寄っている。


「親父さん!」


 飛びついたエルカを受け止めて、バンクレットは相好を崩した。


「やあ、エルカ」


 それからバンクレットはリベルとヴィレイアに目を向けた。


 ヴィレイアが笑顔を見せたのに対して、リベルは素早く目を逸らせている。


 そのことに面差しを曇らせたものの、バンクレットはすぐに気を取り直した様子で、エルカに尋ねていた。


「エリジアは元気かな?」


「元気だよ。エーデルで、リーゴたちの面倒見てくれてる」


「リーゴたちはエリジアの料理が気に入っただろうか」


「嬉しそうに食べてますよ。メジムももうすっかり元気。

 ――親父さんは……」


「軍人としての処分は裁量を待っているところだ。身柄はゲッセンタルク閣下の食客兼護衛扱い」


 エルカはほっとした様子で顔を緩ませた。


「なるほど、それで軍服じゃないわけだ」


 バンクレットは軍服ではなく、かっちりとした詰襟の服装に身を包んでいる。



 リベルはその格好に、むしろ困惑を覚えて唇を噛んだ。


(……この人は軍人だ……)


 思えば、議員に真っ向から反旗を翻したのであれば、処分が「裁量待ち」になり得るだろうか。

 即座に欠落刑なり何なり、重い罰が下されそうなものだ。


(それが、すぐに下されないってことは……)


 覚えず、リベルはヴィレイアの左手をぎゅっと強く握り締めていた。



 エルカが何か言おうとして、黙り込む。

 リベルは彼が何を言おうとしたのか、正確に推し量ることが出来た。


 ――バンクレットの副官、オーガスタ・ノートン中佐の安否は杳として知れない。

 彼が無事であるのだとすればそれは、彼が敵になったということだ。

 そして彼が味方であれば、それはノートンが既に欠けたか、あるいは今後人質として利用される可能性があることを示す。


 バンクレットもこれまで、悪い知らせを後回しにしたいのか、あるいは他に考えがあるのか、ノートンの名前を出していない。


 エルカもまた、これまで、何度もノートンの名前を出そうとしては口を噤んでいる。

 今回もそうだったのだろう。



 陸艇の客室内には、もちろんのこと他にも人がいた。


 ゲッセンタルクの側近に当たる人々だろうが、特に挨拶もなければ挨拶を求めることもなく、自己紹介もなければ自己紹介を求めることもない。

 中の一人はゲッセンタルクと差し向かいの席に座っており、何かの計算を猛然とこなしているところだった。


 陸艇に乗ったはいいものの、どうすればいいのかと困惑している勇者たちに、このときゲッセンタルクが初めてちらりと目を上げた。


「――何をしている。好きに座りなさい」


 総勢十二人の勇者たちが、もたもたと席を選んで腰を落ち着ける。


 エルカは当然のようにバンクレットの隣に座った。

 頻りにバンクレットに話し掛けている彼の顔から、ここ数日消えなかった険が薄らいでいるのを目の当たりにして、リベルは鳩尾を殴られたような衝撃を受けた。


 これまではいつも、誰よりエルカが心を割き、気に掛け、そばで最も開けっ広げに素を見せるのはリベルのはずだった。


(エルカは優しいから、他のみんなのことも気にしてるのはわかってる。けど――)


 明らかに今のエルカは、意識しているのではあれしていないのであれ、リベルのそばよりもバンクレットのそばを落ち着くと判断している。

 そのことを突きつけられる度に、リベルは衝撃を受けている。


 ヴィレイアのほっそりとした指が、気遣うようにリベルの手の甲に置かれた。

 リベルははっとして彼女に目を向け、誤魔化すように微笑む。


 ヴィレイアはなお気遣わしげにリベルを見つめてから、改めてゲッセンタルクの方へ身を乗り出した。


「――ゲッセンタルク閣下、鉱路で私たちを拾うために、探索に出るよう仰ったんですね? 鉱路を経由してしまえば、逓信組合でも私たちがどこにいるか追跡できないから。

 でもそれならそうと言ってくださらないと、行き違いになっていたら――」


 ゲッセンタルクは書類から目も上げなかった。


「鉱路探索は勇者組合の管理下だ。以上。自明のことで私に返答させようとしないでくれ。時間の無駄だ」


「――――」


 ヴィレイアは落ち着くために深呼吸を挟んだ。


 リベルがヴィレイアの手を揺らして注意を引き、ぼそりと囁く。


「誰かさんが俺から逃げるために採った手段()と同じだな?」


 リベルから好意を告白されたヴィレイアがホテルから逃げ出し、鉱路を経由して行方を晦まそうとしたことを、リベルははっきり覚えている。


 ヴィレイアが気まずそうに目を伏せ、上げっぱなしになっていた前髪を、深緑のリボンを下ろしてから撫でつけつつ、極めて小さな声で言った。


「……つまり議員さんでも、私と同程度のことしか思いつかないってことよ」


 リベルは咳払いした。

 そして、今度は自明のことではないことを尋ねた。


「……あの、議員? どこに向かうんですか?」


 陸艇が離陸する。

 臓腑が浮き上がる不快感がある。


 ゲッセンタルクは気のない声で言った。


「厄介な天命契約を結んだ人間の耳に入るところで、私にそれを言わせようとするな」





 ――そうは言ったものの、エルカがそもそも同行しているのである。


 行先を彼に告げないというのは、ゲッセンタルクが返答を面倒に思ったがゆえの方便だったのだろう。

 そうでなければゲッセンタルクは、エルカに目隠しと耳栓をするよう要求していたに違いない。



 陸艇が着陸したのは夜になってからだった。


 駅には、陸艇が駅舎に激突するのを防ぐための明かりが灯っている。


 広い発着場に陸艇が着陸し、機関部で使()()されている欠け人が不傷石の燃焼を止め、プロペラが停止する。



 陸艇から出てすぐに、ヴィレイアが「ああ」と声を上げた。

 きょろきょろと周囲を見渡して言う。


「――ポスワルナだ」


 リベルは驚いた。


 ポスワルナはエーデルやダイアニと並んで勇者組合の力が強いとされる都市だが、リベルが訪問するのは初めてだ。


「なんでわかる?」


 ヴィレイアは可憐な花貌を顰めた。


「来たことあるもの」


「いつ?」


 瞬きしてリベルが問うと、ヴィレイアは目を泳がせた。

 後続にいるロイとケルク、アーヴェイを少し気にして横目で振り返ってから背伸びし、リベルに囁く。


「……〈鉱路洪水〉のあと――あなたと出会う直前に」


 リベルは片手で自分の赤錆色の前髪を掴んだ。

 ――迂闊だった。


「……ごめん」


 嫌な記憶を想起させてしまい、苦虫を噛み潰したかの如き渋面になったリベルに、ヴィレイアは微笑んで彼と腕を絡ませた。


「あのときからずっと、助けてくれてありがとう、私の幸運の勇者さま」



 ――さて、勇者組合には既に、議員がこの町を訪う一報が入っていたらしい。


 時間帯もあり閑散とした駅の待合には、勇者組合の人間と思しき人々が集まっていた。

 発着場から駅舎に入ったゲッセンタルクを見分け、彼らが一斉に議員を迎えるべくこちらへ向かってくる。


 それを見て、ゲッセンタルクは引き連れた勇者たちを振り返り、これは初めての、慈悲深いまでの笑顔でリベルたちを見渡した。そして、言った。


「――頼みがあるのだが、いいかな?」


 リベルたちは顔を見合わせる。

 エルカとジャス、トート、ユーズの顔は相当に懐疑的で警戒心に満ちていた。


 眉を寄せながら、リベルは応じた。


「……大したことじゃないなら」


 うん、と頷いて、ゲッセンタルクは言い放った。



「喋るな」



「――――」


 口を噤んだヴィレイアが、握手する相手を間違えたかもしれない、という表情を浮かべたのを、リベルは見た。





*◇*◇*





「ゲッセンタルク閣下は非常に口が悪い――いえ遠慮なさらない――いえ堂々とされた方ですから、」


 穏やかに微笑みながらそう言ったのは、初老の男性だった。


 地味な意匠だが上質な、詰襟のかっちりとした服装。

 背筋はぴんと伸びているが背丈が低く、リベルより頭半分ほど下に彼の頭のてっぺんがある。

 髪はしっかりと分けられ、撫でつけられていた。


「要らぬ反感を買うこともございます。付き合うには、一に我慢、二に我慢。三度に一度は物申す程度でよろしいでしょう」



 彼はゲッセンタルクの秘書、エヴァルーと名乗った。


「ヒショってなに?」と言い放ったエルカに、バンクレットが、「側近の文官のようなものだよ」と教えたのは余談である。



 駅で待機していた馬車にゲッセンタルクと勇者組合の重鎮とみられる男性が乗り込み、あれよあれよと別の馬車に乗せられて、リベルたちはポスワルナの勇者組合に連れられた。


 ちなみにだがゲッセンタルクたちが乗った馬車は、ポスワルナのホテルに向かったらしい。


 ポスワルナの勇者組合は、革命前には貴族の邸宅であったものを転用しているらしかった。

 エーデルの組合ともダイアニの組合とも大きく異なり、広い中庭を備えた広大な屋敷が組合になっている。



「北翼が勇者かたがたの宿ですから、そちらをお使いください。組合の職員には私から話しを通しておきますから」


 エヴァルーが穏やかに言って、リベルとしてはこの穏やかさこそが彼がゲッセンタルクのそばに仕える理由のような気がしたが、それは言わなかった。


 ヴィレイアがそっと尋ねる。


「……あの、閣下から私たちのことを、どうお聞きされてます?」


 エヴァルーは微笑んだ。


「私は閣下から、あなたがたに不自由させるなと命じられております。それで十分では」


「すごくすごく説明不足な気がする……」


 ケルクが呻いたが、エヴァルーは申し訳なさそうに肩を竦めただけだった。

 時刻を見て、彼はのほほんと笑顔を浮かべる。


「――どのみち、この時間ですからね。お部屋を決めていただいて、お食事もされて、ごゆっくりお休みめされませ。閣下もあなたがたとお話されるのは明日になりますでしょう」


 探索終わりにそのまま陸艇に詰め込まれ、疲労していたのは全員が共通のことだった。

 勇者たちは目を見交わして、「確かにそうか」と頷き合う。



 リベルたちは不慣れな組合の中をおっかなびっくり進み、現地の勇者と数回遭遇し、その度に「見ない顔だな」と言わんばかりにじろじろと見られた。


 アガサがユーズの手首を捉まえ、「喧嘩しない喧嘩しない」と呪文のように呟いており、リベルは意外な彼女の面倒見の良さに、何度目かわからないが驚いていた。


 そのうちにリベルたちは、全く偶然にも、元ラディスの傭兵、現在はポスワルナの勇者として暮らす数名と再会した。

 彼らはてっきり、エルカがわざわざ会いに来たと思ったらしい。

 踊り上がった彼らの誤解を解く際に、エルカは少々気まずそうにしていた。


 とはいえ、彼らが嬉々として組合内を案内してくれたがために事は滑らかに進んだ。


 食堂――元々は貴族の屋敷の大広間だったと思われるが、今やその面影はない――で食事をする際に、ポスワルナ在住の元傭兵たちが、「そういえば、あの〈フィード〉の伝言はなに?」と尋ね、ジャスとトートが掻い摘んで事情を説明する。


 エルカはその間、疲れたように目を閉じていた。



 その後に宿になっている区画に案内され、リベルたちは適当な部屋に分かれて泊まった。


 ヴィレイアは、エーデルと比べても勇者組合の宿の設備が充実していることに頻りに感動している。

 大きな盥とまとまった数の不溶石、不傷石があり、その気になれば湯浴みが出来るようになっていたのだ。


 ヴィレイアが、「こればかりはどれほどの反対に遭おうとも、万難を排して遂行する所存」と言わんばかりの顔で湯浴みを主張し、さもありなんとリベルは頷き、支度を手伝ってやる。



 ヴィレイアが嬉しそうに長い髪を解き、梳って身を清めている間に、リベルは部屋を見て回っていた。


 決して広くはない部屋だったが、壁は重厚な石造り、窓は大きく、よくよく見れば窓枠には、かつての貴族の栄華を思わせる精緻な彫刻が残っている。


 ただし片側の壁だけは、他の内装とはちぐはぐに見える木の板になっており、どうやらこれは、元々は大きな一つの部屋であったものを、勇者組合が宿として使う際に無理に区切ったものであるようだった。



 ヴィレイアが身綺麗になった後に、リベルも簡単に髪と身体を洗う。


 リベルがいつもの癖で脱いだ靴を投げると、ヴィレイアから抗議の声が上がった。


「靴は投げないでって言ってるのに!」


「ごめんごめん」


 身綺麗にして幾分かさっぱりとした気分になったリベルが、先に寝台に腰掛けてぷらぷらと脚を揺らしていたヴィレイアの隣に腰掛けてみると、彼女の髪はまだ濡れていた。


 熱精や風精と契約を結んでしまえば、簡単にこの程度は乾かせるはずだったが、どうやらリベルに甘えたい気分であるらしい。

 それを察して、リベルは苦笑。


「濡れたままにしてると身体が冷えるよ」


 言いながら、長い艶やかなヴィレイアの白百合色の髪を撫でる。

 柔らかい髪を指で梳きながら、簡単な魔法で彼女の髪を乾かす。


 指の間をさらさらと零れていく髪に、リベルはいつものことながら驚嘆した。


「本当に綺麗にしてるよな、おまえ」


「綺麗にしておく方が、私は人生が楽しいからね。――好き?」


「どっちが? 綺麗な髪が? 髪を綺麗にしておくおまえが?」


「どっちも」


「後者の方が好きかな」


 ヴィレイアがくすくす笑う。

 リベルは髪をひとすじ取り上げて、そこに軽く口づけした。


「こないだ、目立つから染めようかなって言ってたけど――」


「んん、陽精のことでは恨まれてると思うしね」


「――勿体ないと思うなあ……」


 リベルがしみじみと呟くと、ヴィレイアは嬉しそうに笑った。


「じゃあ、ゲッセンタルクさんがどのくらい頑張ってくれるか、ちょっと様子見しようかな」


 思わず、大きく頷くリベル。


「それがいい」


 リベルの指が繰り返しヴィレイアの髪を撫でる。

 ヴィレイアは心地よさそうにリベルに凭れて、されるがままになっている。


 そのうちに疲れが出てきて、リベルはヴィレイアをそっと促した。


「――もう寝よう。それか、俺に話しておきたいことがある?」


 ヴィレイアは笑って首を振り、いそいそと壁際に寝そべったが、いざ同じようにしたリベルが――これはすっかり癖で――彼女をぎゅっと抱き締めると、ふと不安そうに囁いてきた。


「……ケルク、思ってたより怒ってるよね? 最近まで、私たちが何の事情も説明してなかったこと」


 リベルは唸った。


「――そう……だろうな。ケルク義兄(にい)さんだけじゃなくて、アーヴェイ義兄さんも」


「私たちに口止めしてた人間が敵だったっていうのが、本当にむかつくんだけど」


 ヴィレイアはリベルの鎖骨の辺りに頬擦りして、懸念を籠めて呟いた。


「許してくれるかなあ……」


 答えようにも言葉が見つからないリベルに向かって、というよりは独り言ちるようにして、ヴィレイアは囁いた。


「……これからは、ちゃんと話すようにしないとね……」


 その語尾が寝息に変わり、目を閉じてすうすうと眠りに落ちたヴィレイアに、リベルは微笑む。

 彼女を起こさないよう注意しつつ、額に口づけた。


「……おやすみ、ヴィリー」





 翌朝、リベルがぐずぐずと寝台に留まったのは、特に起床時間を指定されていなかったからだ。


 普段であれば、彼は夜明けと共に起き出し、さっさと身支度を整える。

 しかしそこにヴィレイアが絡むと、リベルのその習慣は呆気なく崩れ去るのである。


 ヴィレイアと二人で、ただのんびりと過ごしている時間が幸福で、芯から寛いでしまってなかなか動き出せなくなる。



 が、この日はその時間が強制的に遮られた。



 突然ノックの音が響いたかと思うと、無遠慮に扉が開けられたのだ。


 ちなみにいうと、勇者組合の宿においては、扉の鍵は最初からつけられていないか、過去に勇者の誰かが壊しているか、そのどちらかであることが多い。



 扉が開けられるや否や、リベルは反射的にサイドテーブルから銃を取り上げ、身を起こしながら扉に銃口を向けている。


 その銃口の先に、紫色の猫目を丸くしたアガサがいた。

 彼女が軽く両手を挙げる。


「……ごめん。その、あんたは朝が早いから、てっきりもう大丈夫かと……」


 リベルは舌打ちして銃をサイドテーブルに置いた。


 他の時間帯にヴィレイアと親しい距離にいるところを見られたのであれば、彼は大いに赤面していただろうが、朝のこの時間だけは別だった。

 リベルはヴィレイアとのんびりと朝を過ごすことを(こと)(ほか)気に入っている――ややもすればその時間を神聖視しているほどで、感情はその時間を邪魔された苛立ちが先に立った。


 リベルは溜息を吐いて寝台に座り、足で靴を探る。

 シャツの開いた襟元から手を入れて、鬱金香が彫刻された首飾りの位置の歪みを直す。


「――なに」


 言いつつ、毛布を寄せてヴィレイアを隠す。

 ヴィレイアの方は真っ当に真っ赤になりつつ、じたばたと起き上がろうとしているところだった。


「リベル、襲いに来た人だったらノックはしないだろうから、銃を向けるのはやり過ぎだと思うの……」


「だから撃たなかっただろうが。敵だと思ってたら撃ってるよ」


 リベルは言い返し、「で?」とアガサに目を向ける。


 アガサは両手を挙げたまま、言った。


「昨日の……誰だっけ、エヴァルーって人か、あの人が、そろそろ起きてくださいって言ってて……」


 リベルはまたも舌打ちし、がしがしと赤錆色の髪を掻いてから頷いた。


「あー、わかった。どこに行けばいい?」


「食堂……」


「わかった。ドアを閉めて」


 断固として不機嫌にそう言ったリベルに、アガサは心からの声音で言っていた。


「……うーん、相手が男だったら、万が一にもヴィレイアの寝顔を見るだけで撃たれるんじゃないかって話になって私が来たわけだけど、正解だったわね……」





 身支度を整えて食堂に向かったリベルたちだったが、すぐにとんぼ返りすることになった。

 エルカたちがまだ起床しておらず、「起こしに行って来い」というわけだ。


 エルカは普段、リベルよりも更に朝早くに目を覚ます。


 珍しいこともあるものだとヴィレイアと言い交わしつつ、昨夜のうちにエルカが泊まることにしていた部屋の扉を叩く。

 返答がないので慎重に扉を開け、リベルは顔を強張らせた。



 床の上で、エルカとジャス、トートが、互いに蹴り飛ばし合ったような寝相で眠りこけている。

 どうやら寝台から寝相の悪さで落下して、そのまま床の上ですやすやと眠ってしまったものらしい。


 毛布が掛けられてはいたが、それも蹴り飛ばされており、今はバンクレットが困り顔でそれを見ていた。



 扉を開けたリベルに気づき、バンクレットが「しー」と仕草で示しつつ、ごくごく小声で言う。


「昨夜、すぐに眠ってしまって、今もこんな調子で。疲れていたんだろうけれど……」


 リベルは無意識のうちに、足音を立てて部屋に踏み込んでいた。


 途端に三人が身動ぎし、がばりと起き上がる。

 なお、エルカがじゃっかん手間取ったのは、腹の上にトートが脚を載せていたからだった。


「なに? なに?」


「朝になったの?」


「ちょ、蹴るのやめろって……」


 わたわたと立ち上がる三人を後目に、リベルはバンクレットに向かって、低い声で囁いていた。


「……何もしてないですよね?」


「…………」


 バンクレットが悲しそうに眉を寄せる。

 ヴィレイアがさすがにリベルの手を引いて咎めたが、リベルはそれにも構えなかった。



 ――普段は警戒心が強すぎるほどのエルカが、軍人の前でここまで無防備に眠りこけていた。


 それがひたすらに怖かったのだ。



 エルカは立ち上がりながら、盛んに目を瞬かせ、「リベル?」と彼に呼びかけている。

 起き抜けで、リベルとバンクレットの遣り取りには気づかなかったらしい。


「リベル? どうした? 何かあったか?」


 リベルは深呼吸してから、寝ぐせがついたままになっているエルカの、睡眠でやや気力を回復したことが窺える、きょとんとした表情を見た。


「――いや。昨日の、エヴァルーさんが来てて、食堂まで来てくれって呼んでるよ」


「ああ――」


 エルカは伸びをした。

 シャツが持ち上がって、腹筋が少しだけ見えた。


「――そういうことね。それ、俺も行って大丈夫なのかな?」


 リベルは苦労して微笑を浮かべた。


「全員が呼ばれてるから、いいんじゃないか」


 エルカも微笑する。

 彼らしくない、皮肉げな色で。


「――了解」


























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