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侯爵令嬢アリアレインの追放  作者: しろうるり
第2章:侯爵令嬢アリアレインの帰還

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侯爵令嬢アリアレインの軋轢(1)

 マレス侯爵公邸、次期女侯爵の執務室。

 その入口の扉を開け、祐筆と二言三言、言葉を交わしたアーヴェイルが、奥の執務机に座るアリアレインを振り返った。


「王都から使者が戻った、とのことです、アリア様。お会いになられますか?」

「会いましょう」

「閣下の執務室に、既に呼ばれている、と」

「わかりました。旦那様、あなたも一緒に」


 椅子から立ち上がりながら、アリアレインが言い、アーヴェイルははい、と応じて扉を開けた。


「しばらく、お父様のところへ出向きます。緊急の用があれば呼びに来て」


 次の間に控える祐筆たちに声をかけて、アリアレインは廊下へと出た。


「朗報だとよいのだけれど」


 アーヴェイルと連れ立って歩きながら、アリアレインが呟く。


「朗報でしょう」


 それが当然、というように、アーヴェイルが応じた。


「閣下とアリア様が、あのような形であちらの体面を立たせたのです。そうでなくては」


 アーヴェイルが付け加えた言葉に、アリアレインが小さく笑う。


「あちらもそう思ってくれるかどうかは、別のお話よ?」

「はい。しかし、彼らも半年前とは違います。アリア様もそう仰ったではないですか」

「――そうね、確かに」


 新たな国王、エイリークの名で届けられた書状。アリアレインもアーヴェイルも、それをじかに見ている。その背後にあるものを推測してもいる。何がどのように変わったのかまでは定かでないが、サンサールの国王と宮廷は確かに変わりつつある。


「そうであるからこそ、アリア様もあのような手を打たれたのでは?」


 国号と、そして支配者の称号のことを、アーヴェイルは言っていた。


「伝われば効果はある、と思っていたのは事実よ。伝わる可能性も低くはないと考えてもいたけれど」

「では、そのとおりになった、ということです。アリア様の考えたとおりに」


 広い侯爵公邸とはいえ、内部を歩くのにそれほどの時間はかからない。短い会話を交わすうちに、ふたりは侯爵執務室の前に着いている。部屋の扉を守るように立つ従士のひとりが一礼し、扉を叩いた。


「閣下、お嬢様と若旦那様がお見えです」

「おお、待っていた、通してくれ」


 従士がかけた言葉に、部屋の中からランドルフの声が応じる。従士がもう一度礼をして扉を開けた。


「サンサールとの交渉の件であろう、アリア? 今ちょうど報告を受けていたところだ」

「はい、お父様」

「アーヴェイル、そなたも座れ。アリアと一緒に聞いておけ」

「はい」


 ふたりはちらりと視線を交わし、小さく頷き合った。ランドルフの態度を見れば、使者が持って戻ったのは悪い報告ではない。ふたりが同じテーブルに着くのを待って、使者が手に持った書面を繰り直した。


「わたしたちへは、全部でなくていいわよ。掻い摘んで教えていただける?」

「は」


 使者としてサンサールに出向いていたのは、年配の祐筆のひとりだ。祐筆の中でも次席に当たる。その役目はもはや文書の作成や管理に留まらず、侯爵家の家政や領政の全般に及ぶ。

 では、と前置きして、祐筆がひとつ咳払いをした。


「結論から申し上げますと、サンサール王国は交渉に大筋で合意しています」


 それを聞いたアリアレインとアーヴェイルが、もう一度視線を交わして頷く。


「付帯された条件もございます。たとえば、実際の交渉の設定は、捕虜の解放を進めることが確認されてから、と。次の返還船を少なくとも1隻増やし、その分の捕虜をコルジアに送り届けたのち、具体的な交渉の日程を詰めよう、という条件を提示されました」

「お父様はどのようにお考えでしょうか?」


 尋ねたアリアレインに、ランドルフは問題なかろう、と頷く。


「元々、捕虜は早期に戻すつもりでいたのだ。まずは交渉のテーブルに着かせることが肝要だろう」

「わたしもそのように思います」

「アーヴェイル、そなたは?」

「私にも異論はありません、閣下」


 ランドルフに水を向けられたアーヴェイルが、一礼して同意を示す。


「ならばよい。そのほかの条件はどうなっておるかな?」


 ランドルフが報告の続きを促した。ここから先はまだ、ランドルフも報告を受けていないらしい。


「ほかの条件ですと、交易に関する税の取り決めや、品目ごとの最低限の交易量の設定などが」

「それについても問題なかろう。具体的な条件は、交渉の場で詰めればよい。アリア、アーヴェイル、そなたたちはどう見る?」


 そうですね、とアリアレインが首を傾げる。そのままの姿勢でほんのわずか考えて、アリアレインは首を振った。


「わたしからは、特に意見はありません。お父様の仰るとおりかと」

「重要なのは、サンサールとの間に交渉を持っていると示すこと、と見ております」


 アリアレインは直截に。アーヴェイルは少々持って回った言い方で。それぞれに、賛同の意を示している。


「まさに、だな、アーヴェイル」


 アーヴェイルの返答を聞いたランドルフが、満足そうに頷いた。


「条件の折り合いがつかなければ、マレスとサンサールが直接話をするという選択肢もある、と示してやらねばならん。要はそこだ」


 その意味で『交渉を持っていると示すこと』は重要なのだった。


「まあ、実際には難しいかとは思いますが……」


 濁した語尾。アーヴェイルの視線の先に、その理由がある。己自身で断ち切った左腕の先には義手があり、その義手には手袋が嵌められている。サンサールの国王、当時の王太子が放った刺客からアリアレインを守るために、アーヴェイルは左腕を犠牲にした。

 無論、アリアレインもアーヴェイルも、一方的な被害者であったわけではない。アリアレインの謀略によってサンサールの国内は大混乱に陥った。混乱によって害を被った者は数多い。騙して糧食を奪い、糧食を運んだ船はマレスの港に抑留された。攻め寄せた王国軍の先鋒部隊は丸ごと捕虜とされ、いまだに労役に従事させられている者たちもいる。

 ひとつの国であったふたつの領域であるから、急に分かたれれば歪みは生まれる。だがそもそも、急に分かたれたこと自体もまた歪みのひとつでもあるのだ。経緯はともあれ、一度は互いを敵として扱った間柄。争いは終わったわけではなく、一時の休みを得ているだけ。平和的な共存というよりもそれは、互いに背を向け合うことで、相手の姿が目に入らないようにしている、という状態に近い。

 そのような状態から、すぐに手を取り合っての交易、というのは、あまりに都合の良い夢想と言えるのかもしれなかった。


「恨みもわだかまりも消えはしないが、共通の敵がいるのならば手を結ぶこともできる。それが示せればそれでよい」


 ランドルフの言葉は、マレスの立場の要約でもある。


「他は許せても、わたしには許せそうにないのよね、ひとつだけは」

「良かった、とは決して申せませんが、悪いことだけかと言われると――」


 アリアレインの言葉に、アーヴェイルがふたたび語尾を濁す。

 起こり得べからざる追放の処断であり、そしてその後の混乱ではあったが、アーヴェイル個人にしてみれば、それはアリアレインと結ばれる契機でもあった。

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