サンサール国王エイリークの政略(2)
「……あ」
「どうした?」
小さく声を漏らしたルドヴィーコに、国王が訝しげな視線を向ける。
「陛下、こちらを」
ルドヴィーコがいささか太い指で差したのは、文末の署名だった。
マレス侯国 侯爵 ランドルフ・ハーゼン
そう記されている。
「……侯爵?」
「少なくとも、そう名乗っております。王国の王ではなく、『侯国』の侯爵だ、と」
その意味するところは小さくはない。
王国の王であれば、実際のところはどうであれ、格としては目の前の国王と同じ。対等の存在として扱わざるを得ない。あり得ない話ではあるが、「皇帝」であれば相手が格上ということになる。だが実際には、王国ではなく侯国を号し、その主として「侯爵」を自ら名乗っている。
交渉相手としては対等。だが、儀礼上は対等でなくとも構わない。マレス「侯爵」はそう言っている。明言こそしてはいないが、ランドルフ・ハーゼンは、ここで侯爵を名乗ることの意味を理解できないような相手ではない。つまり、理解した上でそのように名乗っている。
今回だけの、あるいはサンサールとマレスの間だけの話ではない。他の王国との関係においても、儀礼上、下に扱われても構わない、ということだ。たとえば、いくつかの国の君主が、あるいは使節が集まる場の席次や入退室の順序、謁見の際の儀礼や敬称に至るまで。
「……どういうことなのだ?」
眉根を寄せた国王が、呟くように言う。不機嫌というよりもそれは、理解できないものを眺める表情だった。
「わたくしめにも、何とも……。それだけ、我らとの交易の再開を望んでいる、ということでもございましょうが」
「そこまで追い詰められている、ということか?」
「それは何とも。油断のならぬ相手でございます。弱みを敢えて見せている、ということも」
国王が息をつく。表情は不機嫌さに傾いている。見せた弱みにつけこんだはずが、思いがけない形で噛み付かれた過去を思い出したのだった。
「しかし、事実として、あちらは侯爵を名乗っております。元を辿れば王国の一貴族領であったことを認めていることに」
「やはりわからん。そうまでして一体……」
顔をしかめ、首を傾げた王が、唐突にああ、と頷いた。
「いかがなさいましたか、陛下?」
「わかった。おそらく、だが」
「どのような……?」
「余とそなただけであれば、侯国の侯爵である必要などなかろう。だが諸卿はどうだ。ブロスナー侯や伯爵、子爵たちは。あるいは騎士たちは」
ルドヴィーコにも、国王の言わんとするところが掴めてきている。
「マレス侯は、余に大義名分を用意したのだ。膝をついてみせるから交渉に乗れ、と」
追放の処断を下した相手と、それを匿った父。本来ならば、国王とは交渉の席にさえ着けない。たとえお互いがそのために苦境にあっても。サンサール王国側からの交渉の申し入れは論外として、マレス側からの申し出であっても、何がしかの大義名分――言葉を変えれば「言い訳」が要る。サンサール王国にとって、マレスの関係とはそのようなものだ。
お互いに実利があるとしても、それだけで動くわけにはいかない。それは王と王室の権威に傷をつけることになりかねないことであるから。
だが、相手が「己が一段下でよい」と言ってきたならば話は変わる。
王がそれに乗ったにせよ、それは弱腰ではなく、寛大な王の姿勢、ということになる。臣下に向けてそのような主張ができる。臣下としても受け入れやすくなるだろう――国や王室の威信が揺るがないのだから。
「では、陛下、いかがなさいますか……?」
尋ねながら、ルドヴィーコには漠然とした危惧がある。相手のつけた道筋にそのまま乗ることを、国王が望むはずがない。たとえそれが渡りに舟という提案だとしても――いや、だからこそ、より一層腹立たしいものとして拒むのではないか、という危惧が、ルドヴィーコにはある。まだ暑い時期でもないのに、自然と額に滲み出てきた汗を愛用のハンカチで拭う。
「乗らぬ選択肢などあるまい」
苦々しげな表情と声。明らかに不機嫌でありながら、国王はそのように即答した。
「一段下でもよいと言っておる上に、条件として捕虜たちの早期解放も考える、と言ってきている。これ以上の条件など、そうそう望めまい。騎士や従士、兵たちも、故郷へ早く戻してやれよう」
「は、仰せのとおりにて」
小さからぬ安堵を覚えながら、ルドヴィーコは一礼した。
「それにだな、ノール侯」
「は」
不意に投げかけられた国王の声に、ルドヴィーコは慌てて顔を上げる。
「ここで交渉を断れば、結局のところ、あの商人どもの食い物にされることになるのだろう? であればまだしも、この話に乗った方がよい」
国王は変わった。ルドヴィーコは改めてそう思う。あの追放者の叛乱をきっかけにして。
「御意にございます、陛下」
もう一度頭を下げたルドヴィーコは、気付いていない。確かに契機はあの追放者の叛乱だ。だが、王の変化に与えた己の影響の大きさを、ルドヴィーコは認識していないのだった。




