侯爵令嬢アリアレインの武略(5)
ゆっくりと30を数えるほどの間があり、群衆がざわつき始める頃、アリアレインが再び口を開く。
「マレス侯爵の定めた法を侮り、交易を害し、領民を害してその財貨を奪う海賊は、領内の平穏と領民の安寧を害するものである。そして今、申し開きなくお前たちが認めたとおり、お前たちは海賊である。したがってお前たちは、領内の平穏と領民の安寧を害するものである」
一拍置き、アリアレインは告げた。はっきりと一語一語を区切る、念を押すような口調だった。
「すなわちお前たちは、マレス侯爵領の敵であり、マレス侯爵の敵である」
海賊たちの命運は定まった。侯爵領と領主の敵、という称号は、その称号を付された相手を叛逆者として扱う、という宣言に他ならない。叛逆の首謀者たちに与えられる刑は、ひとつしかない。
「よってわたし、マレス侯爵息女アリアレイン・ハーゼンは、侯爵から負託された権限のもと、次のとおり宣告する」
殊更に声を張り上げたわけではなかったが、硬く冷たい声は、はっきりと、その場にいる全員の耳に届いた。
「お前たちを、絞首刑によって処断する。遺骸はひと月の間、港で晒す。また、お前たちに従った下級船員たちは、左腕に『海賊』、右腕に『徒刑』の焼印の上、10年間の重徒刑に処す」
淀みも躊躇もなく言い切ったアリアレインは、傍らに立つアーヴェイルを振り返り、頷いてみせた。アーヴェイルが控えていた従士と刑吏たちに、アリアレインの署名が入った判決書を手渡す。
その様子を確かめたアリアレインが、短く命じた。
「ただちに刑を執行しなさい」
それを合図に、引き据えられていた船員たちが縛られたまま両脇を刑吏に固められ、引き立てられてゆく。行き先は、広場の片隅に設えられた絞首台だった。諦めたようにおとなしく歩く者もいれば、腰が抜けて引きずられるように連れて行かれる者も、そして何かを喚きながら暴れる者もいる。
広場に集まる群衆が、口々に罵りの声を上げる。引き立てられる海賊たちに石を投げようとする者もいた─刑吏が危険に晒されるがゆえに制止されてはいたが。マレスの街に住む平民たちにしてみても、このところの海賊騒ぎで何らかの害を被った者は多い。そういった者たちも数多く詰めかけているのだから、ある意味で当然の成り行きではあった。
ひと騒ぎののち、絞首台に上らされた海賊たちに、教会の司祭が最後の祈りを与える。祈りが済むと目隠しがされ、手足が縛られ、首に縄が掛けられた。絞首台の上から刑吏の取りまとめ役が、アリアレインに確かめるような視線を送る。
手振りと頷きで、アリアレインはその視線に答えた。刑吏たちが次々に海賊たちを絞首台から突き落としてゆく。だが、海賊たちの足も身体も、地に触れることはない。伸びきった縄が絞首台を軋ませ、不規則に揺れる。その動きが全て止まるまで、四半刻を要しなかった。
※ ※ ※ ※ ※
活気が戻りつつあるマレス港の岸壁に、2隻の快速船が繋がれている。ほんのわずか前までは海賊船として海を荒らしていた船だった。そのような目的に使われる船だけあって、相応の長さの航海に耐え、少々荒れた海であっても乗り切れるだけの頑強な作りになっている。
「これを使うのか、アリア?」
「はい、お父様」
2隻の船を前にマレス侯爵ランドルフは簡潔に尋ね、アリアレインもまた簡潔に応じた。
「コルジアまでは片道5日から6日。元々、時間を稼ぐために1隻の船で往復させる方針でおりましたが、状況が変わったとなれば」
「確かにな」
マレスは、サンサール王国との交易の再開に乗り出そうとしている。互いの体面のために整えねばならない部分はあった。だが、実利が――というよりも、実際に生じてしまっている不利益が、交易の断絶を続けることを許さない。
一度袂を別った間柄であるから、関係の修復には相応の段取りが要る。マレスが用意したもののひとつが、捕虜の早期返還だった。海賊から奪った船を、アリアレインは、そのように使おうとしている。
「大司教猊下には仲介を依頼しております。教会を通じて、ということであれば、少なくとも対話の席には着けるかと」
アーヴェイルが常のとおり控えめな態度で告げる。ランドルフがうむ、と頷いた。
「それでよい。他に提示する条件は、アリア、そなたが案を出せ」
「はい。オルディア書記官にも諮ります」
「よろしい」
答えたランドルフは、小さく笑みを浮かべる。もはやいちいち名前を挙げるまでもない、と扱われている娘婿も、それが当然というように頷いた。
「よく相談しろ。サンサールとの交渉が成らねば、その先が難しくなる」
海賊を片付け、サンサール王国との関係を再構築する。それが、タリム・マガンとの交渉の要点となるだろう。ひとつの問題は決着がつきつつあるが、それはあくまでも、マレスが抱える一連の課題に解決の糸口が見えた、ということでしかない。
だが、道筋と糸口が見えたならば、アリアレインが解決をもたらすことを、ランドルフもアーヴェイルも、疑ってはいなかった。




