侯爵令嬢アリアレインの武略(2)
「とすれば、残るのは危険の方よね」
「考えられるのは、商船に護衛を乗せるための財政的な支援か、あるいはマレス近海の哨戒の頻度や密度を上げていくか」
いずれにしても相当な出費になることは間違いがなかった。
「常設の海軍があれば、とは思うけれど」
「せめてマレスの近海だけでも、守れるようにしておく必要があるかもしれません」
言うまでもなく、戦える船乗りを育て、組織するには長い時間がかかる。
「航路を決めて、そこを重点的に守る、という形がいいのかもしれないわね」
「はい。しかし、熟練の船乗りであっても、常に正しい航路を取れるとは限りません」
風向きや海流で船は流されうるし、そういったものがなくとも海上で己と目的地の位置を常に正しく把握し続けることは難しい。ある島を別の島と見誤る、などということは日常的に発生する。結局のところ、問題は物理的に解決するほかないのだった。
「確実に勝つためには、十分な数の船か、あるいは十分な数の兵や従士を乗せられる船が要るわけじゃない?」
「そうなりますね」
「それで、昼間に正面から近付くと逃げられる」
「はい」
「夜だとどうなるかしら?」
「難しいかと。月が明るければどうにか、というところかとは思いますが、その場合は見つかりやすい、ということに。それに、島に近づけば浅瀬も多くなります」
座礁などしてしまえば、海賊と戦うどころではない。それでなくとも最初から島にいる海賊の方が周辺の水域について多くを知っていることは明らかで、つまりは地の利が相手の側にある、ということになる。
アリアレインが小さく息をつく。不満そうな表情だった。
「……困ったわね」
「船で海賊船を狩る、と考えるから難しいのかもしれません」
「どういうこと?」
「人だけではなく、獣や猛禽、虫も狩りをします」
「続けて」
表情の変わったアリアレインに、アーヴェイルが頷く。
「獣であれば、たとえば狼は群れで狩りをします。吠え声で仲間同士連携しながら獲物を追い詰める」
「そうね」
「猫や豹は、相手に忍び寄り、跳びかかって狩ります」
「ええ」
「鳥を捕まえる類の猛禽は、速度で相手を上回ることで。梟などは、音を立てずに飛べる翼を持っています。虫であれば、たとえば蜘蛛などは罠を張って待ち構えます」
「結局、どうやって自分の武器の届くところに相手を入れるか、というお話なのよね」
「はい」
「それで言うと、まず狼は、わたしたちには難しいわよね。それだけの船はないし、何かで合図をしながら追い詰めなければけないから」
「タリム・マガンの軍船ならばそれができる、ということなのかもしれません」
アーヴェイルの言葉に、ふ、とアリアレインが息をつく。
「――そうね。猫や豹、それから梟も難しい気がするわ。森や林、茂みがあれば隠れようもあるけれど、海の上で船が隠れるのは難しい」
「たしかに、仰るとおりかと」
「船をかけられる網なんてないし、速さで上回るのも厳しいわよね。――あ」
アリアレインが、何かに気付いたように顔を上げる。
「どうなさいましたか?」
「獲物のふりをして相手をおびき寄せる虫って、いたわよね」
「――はい」
「彼らの獲物のふりをしてみましょう。羊の皮を被った狼になるのよ」
※ ※ ※ ※ ※
「よい手なのではないかと」
アリアレインに部屋に呼ばれ、計画の大枠を聞かされたスタインは、そう言って頷いた。
「できれば、あちらの船を沈めずに押さえたいところですね」
「あら、なぜ?」
「被害の出方を見る限り、彼らは交代で海に出ていると思われるからです。船ごと」
「どういうことかしら?」
首を傾げたアリアレインに、スタインが身を乗り出す。
「船も船乗りも、ずっと海の上にいられるわけではありません。水や食糧を補給しなければいけませんし、それらがどうにかなったにせよ、港に帰れなければ心身がもちません」
「それは、たしかにそうでしょうね」
従士たちや騎士たちでさえ、休みなく任に就けるわけではない。たとえば、巡察の任務であれば、しばらく巡察を行ったあとは街や拠点に戻り、休みを与えなければならない。どうしても疲労は蓄積するし、そうなれば普段しないような間違いをすることもある。
「しかし、海賊からの被害は時期によってあまり上下がありません。じわじわと同じような被害が出続けている。たとえば3隻がどこかの根城に潜んでいたとして、その3隻が一斉に海に出て、一斉に休んで、となれば、ある程度の周期をもった被害の増減というのがあるはずなのです」
「逆に言うと、そういう上下が見えないから、常にいくらかの船が海に出ていると考えられる、ということね?」
「はい。1隻いたならば、他に1隻2隻は同じ根城を使っている、と考えてよいかと」
「あちらの船を押さえて、海賊どもが使っていた根城を突き止められれば……?」
「ええ。修理や補給、乗組員の休養で港から出ていない船が、そこにいる、ということに」
ああ、と頷いたアリアレインが、笑顔を浮かべた。なにかの気配を察してその顔に視線を向けたアーヴェイルは、それとわからないほど小さく息をつき、正面に座ったスタインは思わず背筋を伸ばした。
倒すべき敵を見つけたときの笑顔だった。
「オルディア書記官、船を1隻借り上げましょう。従士を乗り組ませます」
「は。閣下にお伝えして、借りる先には諸々の保証をしたうえで、ということになりましょうが」
「ではそのように。アーヴェイル、船に慣れている従士の当たりはつく?」
「従士隊長に確かめてみましょう。十分な数が集められるかどうか」
「あとはそうね、レダンにも使いを出して。あちらからも従士を出してもらった方がいいと思うの」
「はい」
その点について、アーヴェイルにも異論はない。マレスの港を拠点にして活動する船だけではなく、数は少なくはあるが、レダンを拠点に交易を行う船にも被害が出ている。
「それから、オルディア書記官」
「なんでしょうか、お嬢様?」
「あの海賊、どのくらいの数がいるのかしら」
「船の数で申し上げれば、20内外というところかと」
「海に出ていない船も含めて?」
「はい、含めて」
「わかりました。下がっていいわ。お父様によろしく伝えておいて」




