内大臣ルドヴィーコの苦悩(2)
宮廷内部の勢力争いと綱渡りだけであれば、ルドヴィーコはどうにか乗り切る目途を立ててはいた。慎重に動かなければならず、それ自体が厄介な問題ではあったが、手に余るというほどではない。ルドヴィーコの胃痛を悪化させたのは、それに付け加えられた新たな懸案だった。
先日、王都の外港コルジアに来航した船――南洋の王国、タリム・マガンからの船である。正確には、その船でやってきた使者、タリム・マガン第3王子ルハーム・アルダヤールの提案が新たな懸案となっている。
『タリム・マガンは、サンサールと他国との間の交易を仲介することができる』
それが、ルハームの提案だった。無論そこには条件がある。タリム・マガン商船のサンサール王国各港への入港許可、税制上の優遇措置、他国商船の参入に当たっての締約国の承認などなど。ルハームは自身も交易に勤しんでおり、長く逗留することはなかった。提案とその条件だけを提示し、既にコルジアの港からは去っている。
サンサール側としても即答が可能な話ではなかった。一旦提案を受け取った上で、更なる協議と条約の締結はタリム・マガンの本国で、と決まっている。
「ノール侯、そなたが仕切れ」
執務室で概要を説明された国王エイリークは、あっさりとそう告げた。
「わたくしめが、でございますか? 条約ならば外務卿が適任かと存じますが……」
「ただの条約ならば、まさに。だが、ことは職人や商人たちにも深く関わる。例の施策をどう続けるかにも関わってくるだろう」
ルドヴィーコの抗弁を、国王は一蹴した。例の施策――羊毛や毛織物の輸入と公定価格での放出という施策。他国からより安価に買い付けができるのならば、そのような無理をせずに済む、あるいは無理の程度が小さくなる、という話になる。
「たしかに仰せのとおりではございますが……」
「少なくとも商部省とは詰めておく必要があろう。実際にそれを条文に仕立てるのは外務省だ。省をまたぐ施策の調整は内大臣、そなたに任せておる」
ルドヴィーコの内大臣就任以来、宮廷と執政府では、たしかにそれが慣習のようになっている。ルドヴィーコとしても、そのようなやり方の有効性は認めざるを得ない。常であれば、複数の省にまたがる施策は『どちらがどこまで責任を持ち、施策を主導するか』で大いに揉める。それが執政府の、あるいは宮廷の中での、諸卿――各大臣の権勢に直結しているからだ。省同士が何らかの調整を行おうとすれば、必然的にそうなってしまう。だが、内大臣が間に入れば『王陛下が特にそのように命じて内大臣に任せた』ということになる。形としては。そのような形、建前が、双方の省と大臣に、引き下がる理由を作ってくれるのだった。
ルドヴィーコはそのようにして、実権を握る内大臣になった。ルドヴィーコとエイリーク、ひいてはサンサール王国にとっての幸運は、当のルドヴィーコに権力志向がないことだった。ルドヴィーコは元来、他人を押し退けるような性質ではない。また、己に権限が集中することも好まない。それは純粋に、権限の重さや周囲からの視線に対する恐怖によるものだったが、行動としては『必要な権限を必要な間だけ保持し、ことが済めば借りた権限をもとのところへ戻す』というものになる。
疎まれ、恨まれることもないではないが、基本的に面倒を引き受ける役回りになるから、それは概ね最小限と言える範囲に収まる。誰の損にもならない話なのだ。ルドヴィーコ自身を除いては。
「人の配置……をするほどではないな。外務卿と商部卿には余から話せばよかろう。そなたから協力の要請があれば聞くように言っておく」
「は。まずはあちらが提示してきた条件の精査を。その上で、どのような条件であれば受け入れられるかを考えることになりましょう」
内心で弱ったとは思っていても、近々義理の息子になる国王の指名とあっては断ることもできない。ルドヴィーコの返答を聞いた国王は、任せる、と頷いたのだった。
※ ※ ※ ※ ※
「このままでは少なからず……」
まる1日後。商部省から連れてこられた書記官は、困り顔でルドヴィーコに告げた。
「問題がある、というのかね」
「はい。付帯された条件のうち、特にこの組み合わせが問題です」
『サンサール王国とタリム・マガン王国は、あらかじめ指定した国との交易に関する協定を結ぶ』
『両締約国は、あらかじめ指定した国との交易について、両締約国の商船が参入することを認める』
『あらかじめ指定した国との交易について両締約国以外の商船を参入させるときは、あらかじめ両締約国の合意を必要とする』
ルドヴィーコが頷いて先を促す。
「指定する国、というのは今後具体的に取り決めますが、まず考えられるのはマレスです。外務とのお話は……?」
「いや、まだだが。まずは具体の内容を詰めんことには」
「おそらく、この『国』という表現がまずい、という話になるかと」
「あー……」
理路を察したルドヴィーコの口から、呻くような声が漏れた。




