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侯爵令嬢アリアレインの追放  作者: しろうるり
第2章:侯爵令嬢アリアレインの帰還

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内大臣ルドヴィーコの苦悩(1)

 サンサール王国内大臣ルドヴィーコ・フォスカールは弱り果てていた。

 サンサール王国から独立を果たしたものの多くの問題を抱えることになったマレス同様、マレスに離脱されたサンサール王国の側でも、様々な問題が生じている。サンサール王国にとってのマレス侯爵領は従来、東方の防壁であると同時に、穀物と羊毛を産する地でもあった。最大の穀倉地帯は王国北西部のブロスナーではあるが、マレスもまた食料の供給地のひとつであり、毛織物の原材料としての羊毛を供給している。

 昨年の秋、マレス侯爵の離反により、それらは王国から切り離された――そもそもの原因は当時の王太子、現在の国王にあるのだが。


 食料の不足は生じていない。幸いなことに、昨年の秋の小麦の収穫は多く、市中に出回る量も平年を下回ることはなかった。今年の春や秋の収穫はまだ見通せないが、備蓄も相応の量がある。ただ、先行きの不安からか、食料品の価格は徐々に上がっている。幾度かの布告と取り締まりによって、極端な買い占めや売り惜しみによる食料価格の急上昇は避けられている。そのことについて、ルドヴィーコは大きな不安を抱いていない。

 ルドヴィーコの頭を悩ませていたのは、それ以外の問題だった。


 毛織物やその加工品である様々な被服は、国内においても、そして国外への輸出品としても、サンサールの産業の重要な地位を占めているといってよい。毛織物にせよ羊毛にせよ、その供給が絶たれている。高品質をもって知られるマレス産の羊毛も毛織物も、今やマレスから送られてくることはない。そして、原料がなければ、いかに腕利きの職人を抱えた工房であっても、何かを生み出すことはできない。

 材料については、備蓄か、あるいは従来から細々と行われていた他国からの輸入に頼るほかはなかった。それでさえ、わずかな輸入品はあっという間に買い上げられ、価格の高騰を招きつつある。

 無論、どの工房にも相応の備蓄はあるから、すぐに工房が潰れる、ということはない。だがそれは、時間の問題でもある。ルドヴィーコも、そして他の大臣たちも、その点についての見解は一致していた。であるから、ルドヴィーコが中心になって、手を打ってはいる。国外を含めて材料をかき集め、価格の暴騰に至らないよう、公定の価格で市場に卸している。莫大な赤字を生む施策。だが、その施策がなければ、王国はより大きな混乱に陥る。ゆえに実施する以外の選択肢はない。即位して間がない国王エイリーク・ナダールも、ルドヴィーコも、諸卿も、その認識は一致していた。主導する部署も明らかだ。商部省以外にない。

 一致しないのは、誰が、つまりは執政府のうちどの省がこれを補佐するか、という点である。内務卿と財務卿のそれぞれが商部卿を取り込むべく工作を重ねていた。混乱を嫌った国王は、内大臣ルドヴィーコに差配の権限を預けた。執政府内で複数の省が絡む施策であるから、特定の省に縛られない内大臣が適任、というのが表向きの理由である。

 もとよりルドヴィーコは、国王の婚約者の父であり、その忠誠は執政府の誰もが知るところだった。国王の信任も篤い。一旦は辞退したルドヴィーコだったが、国王から重ねて命じられ、娘からも請われれば受ける他はなかった。

 当然のように、内務卿と財務卿の双方が、今度はルドヴィーコを取り込まんと活動を始める。宴席への誘いに始まり、付け届けや新たな利権の提示に至るまで、およそ考えうるあらゆる方策をもって。


 宴席に誘われれば断らず、ただしいかなる言質も与えない。付け届けは送り返し、さほど高価でないものは受け取った上で同程度の返礼を贈る。利権の提示はやんわりと牽制しながら断りを入れる。そのようにして、ルドヴィーコはどちらの派閥からも距離を取っている。はなはだ迷惑なことに、第3の派閥として、ルドヴィーコ自身を担ごうとする一派まで出てきていた。

 半年前のルドヴィーコであれば、間違いなく領地へ引っ込んで中央との関わりを最低限にしていただろう。そうしないのは、己の娘が国王の婚約者であるから、という理由に尽きる。ルドヴィーコの見る限り、諸卿のなかで自身の権勢の確保を第一義としない者はいない。国王には、本心から忠誠を誓う重臣がいないのだった。そのような立場にある国王のもとに愛娘クラウディアだけを残して所領へ戻れるか、と問われれば、答えは否だ。

 家族のため、あるいは領民のためであれば、ルドヴィーコはどのような苦労も厭わない。まことに不敬なことではあるが、ルドヴィーコは、国王を家族のうちに数えていた。己の娘を通じて。半ば無意識に。


 そのような経緯で、ルドヴィーコはここしばらくの間、胃の痛むような思いをしながら職務に当たっていた。内務卿と財務卿、どちらの派閥にも与しないということは、どちらの派閥からも均等に恨まれる、ということでもある。

 どちらとも距離を取りながら、どちらにも必要なだけのよい顔を見せ、己を担ごうとする貴族たちを慎重に避け、執政府の各部署とは緊密な関係を作り上げる。綱渡りのような平衡感覚と慎重さを要する付き合いは、まさに政治に他ならない。ルドヴィーコ自身はまったく望んでいないにもかかわらず。

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